「もー!なにあれー!」


去り際の四象刃を含めたガイアスの態度が気に入らないように少女が不満を露わにしていた


「ごめんね。彼らの態度については、私が謝るよ」

「いや。ミクニが謝ることではないであろう。それに…君は私を庇ってくれたのだろう。感謝している」


ミラの言葉に返事の代りに微笑みを返すもその心情は複雑なものだった

マクスウェルを非難するガイアスの言葉を否定したものの、あくまでもミクニが庇ったのは“マクスウェル”という存在であり“ミラ”自身ではなかったからだ


「ところでミクニ…そいつは何者だ?」


ミラを初め、周りの視線がミクニの隣に向かっている

言わずとも、そこにいるのは翼を携えた存在であるエルシフルだった


「翼が生えてるー!」

「人、ですか?」

「…いや。この者から感じるのは精霊だ…」

「彼の名前はエルシフル。ミラの言うとおり精霊だよ」


明らかに人でない様子のエルシフルにミラは瞳を閉じて彼から感じる精霊の力を感じ取っていた

ミクニが素直に頷けば、若干驚きの声があがる


「びっくりー!」

「ミクニは精霊とお友達だったんですね!」

「だから君は、精霊が大事だったのか…」

「まぁ、そんなところかな」

「ミラとミュゼと同じ…精霊?」

「…ミュゼ、というのはその人?」


進んでこの会話に入ることなく見物しているような女性へと視線を向ける

ミクニとエルシフルが顔を向ければ、彼女は頬笑みを湛えた


「まさかこんな所で精霊と会うなんて思いもしませんでした」

「私もだ…何故精霊が人間と共にいる?」

「その人と共にいる貴方が言うのですか?」

「私はミクニのために存在している」

「1人の人間のために?変なことをいうのですね」

「…それで君は何故此処にきてるの?」


ミュゼもエルシフルの存在に訝しんでいるのか、二人で腹の探り合いをしそうな雰囲気にミクニが入り込む


「私はミラの姉ですもの」

「「…姉?」」

「はい」


微笑んだままそう発したミュゼに二人は呆気に囚われてミラを見る


「うむ。私には覚えがないがそうらしい」

「ですが、私達は同時に誕生した精霊なのは事実です」


精霊がいう姉妹とは、人間の姉妹とは違う

ミュゼの言うとおり、誕生した時期が同時期であるために言っているのだろう

だが、そこに疑問が生じる


(ミラの姉だというのに、ミラは知らない?)


ミラがマクスウェルと仮定した場合、彼女も少なくとも二千年以上前から存在したことになる

そしてミュゼが姉だとした場合、何故二千年以上会っていなかったというのに今現れたのだろうか?


「ミラが知らないということは、一度も会っていないんだよね?」

「ええ。話すのは今回が初めてですわ」

「…何で今になって会いに来たの?」

「マクスウェルであるミラの強い想いが私を此処に呼んだのです。それに精霊として黒匣を見過ごすことは出来ません」


確かに強い絆で結ばれていたりすれば意志疎通が出来たりする

現にエルシフルとミクニがそうであり、ミクニの危機にはエルシフルは現れる

だが、それはエルシフルがミクニの傍にいるからである

知りもしない存在をミラの想いが召喚出来るとは到底思えなかった


(黒匣を見過ごせないなら、可笑しい)

(二千年前に黒匣が現れたのなら、その時にミラの元に行っているはず)

(ミュゼが戯言を言っているだけとも考えられる…けど)


ミュゼに探るような視線を送った後、再びミラを見つめる

精霊ではなく人の姿を持つミラにミクニは今まで考えていた仮定を胸の中で呟く



―――ミラは、マクスウェルではない



仮定と称すも、事実のように思ってしまうそれ

確かにミラは、四大精霊を従えていたのだろう

マクスウェルとしての記憶も持っているのだろう

彼女は自分がマクスウェルだとしての自覚を持っているのだろう


でも、それは事実ながらも偽りなのではないか?


例えば、そう

“マクスウェル”がある目的で“ミラ”を創ったのならば、多くの疑問が消え失せる

“マクスウェル”ならば、簡単とは言えないものの、その気になれば人間の身体を創り、その中に精霊の意志でも宿せるだろう

己の記憶を植え付ける事もまた…

そうだとすれば、彼女がマクスウェルとしての力がないのも、セルシウスを知らなかったのも理解できる

そして、“テルカ・リュミレース”と“リーゼ・マクシア”の間にあった疑問も消えてくる


「不思議に思っているのか?安心しろ。私もそう思っている」

「え?…まぁ、とりあえずはミュゼがミラの姉ってことにしておけばいいか。私にはわからないし」


じっと眺められていた事で首を傾げるミラにミクニは、その考えを見せないようにミュゼのことを表面だけ受け入れたことにする


(…ミラは…)


何らかの目的で“ミラ”は“マクスウェル”の代役をさせられている

それが事実であり、それを知った時に彼女はどう思うだろうか

マクスウェルとして誇りを持っている彼女を思うと、ミクニは胸が痛む


“…ミュゼ。何か知っているだろうけど、話さないだろうね”

“だろうな……それにしてもマクスウェル…理由があるのだろうが”


自身と同じ結論に辿りついており、ミラを最初に出会った時からマクスウェルではないと疑っていたエルシフルは、別にマクスウェルがいると確定させているのだろう


“四大に聞くしかないね。マクスウェルのこと…この世界と私達の世界のことも…”

“…ああ”


「それにしても、貴方は強い力をお持ちなのですね」

「ふむ。確かに普通の精霊とは違うな。まるで大精霊クラスだが…」

「一応、エルシフルは大精霊だからね」


力を抑えているとは言え、通常の精霊と違うのがわかりミュゼとミラが興味深そうにエルシフルを見ていた


「……私が知らないとは…」

「私も知りませんわ」


だが、肯定されるとミラは悩ましいとばかりに考えだしており、ミュゼは微笑んでいるものの怪しんでいるのか、それとも興味をそそられたのか少し近づいてくる


「うふふ。でも、とても純粋なマナを感じますわ。貴方のような精霊を従えているなんて、この人も凄いのかしら?」

「悪いが、ミクニのマナは他の精霊には渡さない」

「…それならいいですわ。私はジュードから貰っていますし」


ミュゼの指がミクニへと伸びようとするが、それをエルシフルが止める

その行動にミュゼがきょとんっとするがすぐに笑みを作った


「ということは、ジュード君がミュゼを使役…しかも直接使役してるの?」

「はい。たっぷりとマナを貰いましたわ」

「さっきもそうだけど、何で頬を赤らめて言うの!?ミュゼ!ミラも軽蔑するような目を向けないでよ!」


直接使役という話題が浮上したことで、ミュゼは頬を赤らめ、ミラがジュードに信じられないような顔を向けている

その様子にミクニが多少憐れみをもって見守っていた


「それに直接使役しているなら、ミクニもでしょ!?」

「む?確かにそうだな…ミクニ。お前とそのエルシフルは…そうなのか?」

「直接使役ではあるかな一応」

「っ!その意味は、わかって…いるのか?」


赤面するミラにミクニはジュードのように動じることなく笑顔のまま答える


「もちろん。ねぇ、エルシフル」

「ミクニでなければ許さないだろうが…私達は長年そうしているよ」

「長年だと!?」

「…精霊の感覚って何なの?」

「疑問です…」


珍しく慌てているミラの様子で、精霊の感覚を知らない周りは疑問符を浮かべ、ジュードに至ってはため息を吐いていた


(ジュード君、どんまい)


直接使役の意味を知らないジュードの姿に心の中で励ましていると、ローエンの視線と合う


「…ところで。ミクニさんは、ガイアスさん達とお知り合いのようですがお尋ねしてもよろしいですか?」

「前に保護者がいるって言ってたでしょ?あれはガイアスなの」

「ガイアスさんの部下、ではないのですね?」

「ローエン君。もしかしてミクニ君を疑ってるのー? 」

「ミクニはミラを庇ってくれました」

「おやおや。そのつもりはなかったのですが…」

「部下ではないのは確かだよ。だからファイザバードの時まで、ガイアスが槍を求めているなんて知らなかったし…ガイアスと四象刃と関わりがあるのは事実だけど」


ローエンがミクニを疑っていると思い、エリーゼとティポがローエンに抗議する

だが、ミクニがそう説明すると、エリーゼが振り向いた


「…ミクニは四象刃の人達とも知り合いなんですか?」

「大っきいおじさんとも知り合いなのー?」


見上げてくる二人は何処か寂しそうであり、それを見た時、ミクニはプレザの言葉を想い出す


「…エリーゼは、ジャオのこと知っているの?」

「ジャオさん…私を助けてくれて……その後…」


辛くてかエリーゼが顔を伏せてしまい、ジュードが傍による


「…ファイザバードでエリーゼが攫われそうになって、ジャオさんエリーゼを助けてくれたんだ。その後、僕達を逃がすために…」

「……本当に、そうなんだね…ジャオは、エリーゼを守って…」


プレザの言葉通りなのだとわかり、今度は嬉しさよりも情けなさが襲う

1人で勝手にガイアスを非難していた自分

ガイアスがミラを非難した時、本当に自分には彼をとやかく言う資格などないのだと思ってしまう


「…ジャオさん……」


今すぐにでも落ち込んでしまいそうなエリーゼの声に、ミクニは彼女の頭を優しく撫でる


「それなら、大丈夫だよ」

「…え…?」


柔らかな声で呼べば、エリーゼが顔を上げてミクニを見た


「それってもしかして…」

「うん。ジャオは生きてる。今は意識がないけど…命は助かってるよ」

「…本当、ですか?」

「こんなこと冗談で言うわけないよ。エリーゼ」


事実だと告げれば、エリーゼの顔が明るくなり、傍にいたジュード達も一緒に表情を明るくする


「良かったねー、エリーゼ!」

「うん、ティポ!」


ジャオが生きてくれていることを無邪気に喜ぶ姿に、ミクニも自然に口元が綻ぶ中、とある子供の話していたジャオの表情を思う

その子供を自分のせいで1人にしてしまったと懺悔するように自分に話していたジャオ

詳しくは知らないが彼が苦しんでいたのは確かだった

だから、それを償う為にもエリーゼを助けようとしたのだろう


「…良かったらジャオが目を覚ましたら会ってあげて。エリーゼ」


お節介かもしれないが、そう口にする

ミクニの頼みに、エリーゼはティポと共に頷いてくれた



本性を隠す弁が枯れ落ちていき、垣間見えてくる誠という脅威



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