ジャオを抱えて教会に近くに降り立ってすぐの事だった

運よくア・ジュールの兵士と出会い、彼らと共にジャオを教会へと運びこんだ

自身のことを知らないことで最初のうちは警戒されたものの、ジャオを助けた身であるため少しだけ受け入れられた

そのまま兵士と共にカン・バルクの状況を把握していると、半身とも言うべき気配が近づいているのがわかり、後に彼らと再会した

最初に駆け寄ってきたのはウィンガルであり、彼が苛立っているのが伝わってきた


(何故、怒ってるの?)

(ジャオを置いていったのなら、私も置いていっても問題ないでしょ?)

(私は兵士でも、民でも…何でもないのだから)

(それとも…利用したいから?)


平静を装うが口から出る何処か刺々しい言葉に自分でも気づいていた

感情を殺そうとしても知らないうちに感情に惑わされている自分がいる

そうやって言葉を紡いでいれば、いつしか声が止まっていた

一瞬、何が起こったのかわからず、耳鳴りがすると遅れて頬がじわりと痛みだす


(ウィンガル…)


珍しく激情を面に見せる彼が其処におり、自身に対して怒りをぶつけてきていた

それを浴びながら、ミクニは自身がウィンガルに打たれた事を漸く理解する


「―――何故お前は自分の身を蔑ろにする!!」


(…それがどうしたの?)

(君には…君らには関係ないことじゃない)

(君らの国のことに私が関係ないように)


ウィンガルの表情はまるで自分が辛いとでも言っているようだった

それに対してミクニは何かを言うことなく黙視していれば、羽根が舞う

エルシフルがウィンガルを睨みつけているのがわかり、ミクニは閉ざしていた口を開き、精霊を宥めた

ウィンガルを見上げると、彼はミクニの顔が気に入らないように顔を顰める


「……俺への失望の表れか?」


直後、ウィンガルでもエルシフルでもない声が降りかかり、ある視線を強く感じ取った

その視線の持ち主により、近くにいた兵士が遠のいていくのがわかる


「どういうこと…?ガイアス」


視点をゆっくりとずらすと紅と出会う

揺るぎのない瞳にその意味を問うてみる


「そのままの意味だ。その態度は、取り繕ったものだ。それは俺が原因なのだろう?」


(ああ、気づいているのか)

(…無視しとけばいいのに)


平静の意味を見抜いているような声だったが、ミクニは肯定も否定も並べずにガイアスを見上げていた


「…俺がジャオを置いていったことに落胆しているのか?」

「……そうだね。でも、王としてガイアスが下した答えなら、私は何も言わない。私が口を出すことじゃない」


(それが王なんでしょ?)


ウィンガルと同様にガイアスに対しても端的に言葉を並べる

必要以上に踏み込まないようなミクニの平静さに、ガイアスの眉間に力が入った


「……なら…精霊か?」


その単語により、意識せずとも身構える

ガイアスが口にしようとする話題が浮かんだ


「ガイアスが精霊をどう思っていようと構わないよ。人だから、精霊なんて関係ないんでしょ……」



(君には関係ないよね)

(ガイアスは人だから)

(ガイアスは人間の王だから)

(人以外の存在なんて…)


「聞け。ミクニ、俺は―――」


(何も言わないでよ)


精霊についての会話を望まないミクニは、ガイアスの声を耳に入れないように口を開いていた


「―――俺は精霊も守る」


ガイアスのその一言で瞳を見開き、口を閉ざす


(何を言ってる?)

(精霊を守る?)

(馬鹿な事…言わないでよ)


偽りという色など見せない眼差しが向けられている

だが、その瞳を見たくないようにミクニの瞳が鋭くなった


「簡単に言わないでよ…っ。そんなこと信じられるわけないじゃない…!」


(槍はどうするの?)

(なんのためにそう言うの?)

(…私を信用させるため…?)

(私を…精霊達を…燃料にするため…?)


押し殺していた感情が高ぶり、声を荒げる

取り繕っていた表情が崩れ、感情に呑まれてしまうのがわかった

それ以上感情に呑まれる事を拒み、ミクニはガイアスから離れようとする


「待て!ミクニ!」


ミクニの細い手首をガイアスが掴む

それを感じ取った瞬間、ミクニの神経が拒絶するように震え、払いのけた


「もう…やめてよ…っ…」


(触れないで)

(もう、言わないで)


呼吸が苦しいように紡げば、ガイアスの手は伸びてこなかった


「…ごめん…この話は、今は終わりにして……」


それだけ言い残すと、己を気遣う精霊を伴ってミクニはガイアス達に背を向けた



平静が取り払われ、疑心暗を生ず


  |



top