黒匣を持つ敵兵を退けながら、凍てつく空気の中を歩み続ける

見慣れた極寒地帯は吹雪いており、体力を容赦なしに奪われると思うもウィンガル達は平然であった

その原因は彼らを守る様に張られた精霊術であり、ウィンガルの目前を歩く人でない存在―――ミクニに召喚された精霊エルシフルによるものだった

その姿へウィンガルは気に喰わないように視線を注ぐ

ファイザバード沼野でガイアスに対して放った言葉もあり彼に対して好ましくない印象を持っていたのもあるが、何よりも気に喰わないのは彼の主に対してだった


(馬鹿な奴だ)


ミクニの能力は並はずれているのは知っている

また、あの姿ならば通常の比ではない力があるのだろう

そうは思うも、1人でジャオを助けに向かったミクニの行為にウィンガルは愚かだとしか思えなかった


(何故お前はそうなんだ…っ)


無茶な行動を起こすミクニに対する苛立ちを面に出さないように雪道を進んでいると、幾人かの人影が目に入る

空からやってきた敵の一味かと思うも、彼らは見慣れた姿をしていた

黒匣の気配を感じ取れるエルシフルにより、彼らがガイアスに仕えるア・ジュールの兵士だと察する


「陛下!それにウィンガル様達も!!」

「御無事でしたか!!」

「ああ…お前たちが此処にいるということは、城はどうなっている?」


ア・ジュールの王と四象刃の姿に気づき、数名の兵士が駆けよって敬礼してきた

ウィンガルは彼らが城に戻らずに此処にいる事から、ある予想をして状況を聞く

すると、その予想の通りにカン・バルクは占領されているという情報を聞かされた


「…街の者達はどうなっている?」

「情報によれば民間人への目立った被害は見られません。ですが、城に残っていた兵士達のほとんどは捕捉されているとのことです」


ガイアスに民のことを伝える兵士の話を聞く最中、それに興味がないように羽根が動く

それにより彼のことを知らない兵士が戸惑いの色を見せた


「お前たちは気にするな。今のところ害は…っ」

「ウィンガル?」


ウィンガルの言葉が途切れたことでプレザが訝しむが、ウィンガルは答えることなく一点を見つめていた

ウィンガルの異変に隣にいたガイアス達も視線を変えようとし、エルシフルが動きだそうとする

それを合図にウィンガルは、己の足を走らせていた

浅い雪道を踏みしめ、足音を鳴らして捉えていた一点へと近づく

ウィンガルの足音に気づいてか、兵士の傍に寄っていた影が動いた

相手が振り向こうとするが、それよりも早くにウィンガルが肩を掴む


「―――ミクニ…っ」


背中に流れる柔らかな髪色が揺れ、驚きに満ちた表情が飛び込むと緑掛った瞳がウィンガルを映す

紛れもなくウィンガルが掴んでいるのはミクニだった


「…ウィンガル……無事みたいだね」


一瞬戸惑いを見せたかと思うと、それを潜めてミクニはカン・バルクで過ごしていた時のように頬笑みを浮かべる

ファイザバード沼野で見た焦りと怒りが入り混じった空気などなかったように心配してくる顔にウィンガルは眉を寄せた


(何が無事だ…)


「カン・バルクだけど、今、」

「どういうつもりだ…?」

「…何が?」


普通にカン・バルクの状況を口にしようとしたミクニの声を遮れば、白々しくミクニが首を傾げる

その態度に苦々しく思い、それが面に出ているのだろう

ミクニの背後で兵士が狼狽えていた

後方からガイアス達が駆け寄ってくるのがわかっていたが、ウィンガルがミクニから意識を逸らすことはなかった


「ファイザバードでの件を言っている…1人でジャオの元に行ってどういうつもりだ?」

「ジャオを助けるのに理由なんかいるの?」

「俺が言いたいのは、1人で向かったことだ」

「なら、どうすれば良かったの?ジャオを見捨てればよかった?」


ウィンガルが口にする内容にミクニは笑みを消し去り、何処か冷たさを感じさせる口調で言う


「そういう問題ではない!あの状況下では、お前も死んでいたのかもしれないのがわからないのか!?」

「…私はあんなものに殺される程、柔じゃない。現に生きているし、ジャオも助けた」


ジャオを助けたのだから何も問題はないとでも言うような顔を見せられて、未だに掴んでいた細い肩に対して無意識に力が入る

それによりミクニは一瞬口を止めるが、すぐさま淡々と続けだした


「それに何で私の命をとやかく言うの?ジャオと同様に私も置いていけば問題ないじゃない。ウィンガルが優先すべきことは国であり、ガイアスでしょ? 」


ミクニの言葉の通り、ウィンガルが優先すべきことは国を導くガイアスだった

今まで多くのことに対してそのようにしてきた

だが、


「別に私のことなんて――――っ…」


それ以上言わせないようにウィンガルの右手が動き、ミクニの声を途切れさせる

代りに響いたのは、頬を打つ高らかな音だった


「ふざけるなっ!!!」


(それ以上お前は言うな…)


何時までも続くかと思われるほどの一瞬の静寂の後に、ウィンガルが吠える


「ガイアスが本気でジャオを置いていったと思っているのか!?」


次第に赤らんでいく頬

それを招いた自身の掌を握りしめ、ウィンガルは周りの目を気にすることなく言葉を吐いた


「今回の件と言い、何故お前は自分の身を蔑ろにする!!」


(俺が……ガイアスがどれだけお前の身を按じていたと思っている…っ)


「それ以上、ミクニに何かしてみろ…私はこれ以上黙っておけない」


ウィンガルの行為を許せないとばかりに第三者がミクニを掴んでいる腕を掴む

それを辿れば、ミクニに仕えるエルシフルの敵意が込められた青い瞳と交差した


「大丈夫だよ、エルシフル」


凛とした声で制され、エルシフルが不服そうにウィンガルを掴んでいた腕から力を解いた

そのままウィンガルは腕を下ろすと、ミクニへと目を向ける


「……―――っ」


至って冷静に見える表情がそこにあり、何もなかったようにミクニがウィンガルを見上げていた


(何故…そんな表情でいる)

(本当にどうでもいいのか…)

(お前は…自分の身を考えていないのか?)


平然としていたミクニの感情を読み取れない顔―――まるで死という概念を何とも思っていない顔に、ウィンガルは苛立ちを覚えるしかなかった



皮膚の下に流れるの如く、目視できない意味合い


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