ファイザバードの上空に留まっていた戦艦が何かを見つけて飛んでいき、戦乱が僅かに静まる

ガイアスが空飛ぶ船が向かう方角に訝しんでいると、少し離れた脇道から人影が現れた


「アグリアか」

「っ…!」


少なくなったとは言え、周囲に空から現れた敵が蔓延っている場所を気にするでもなく何かを捜すように駆ける赤

赤い服を身に纏う少女は紛れもなくガイアスの側近の1人―――アグリアだった

ガイアスの声だとわかりアグリアは肩を跳ねさせると、ガイアス達の元へ駆け寄る


「無事か?」

「大丈夫です」


慕うガイアスから労りの言葉を貰えてアグリアが視線を逸らすが、その時に何かを捉え、彼女は瞳を見開く


「な、なんだよ!?そいつ!」

「私のことかい?」


変な物でも見るように指を差してくるアグリアに向けて、あの場から去ってから初めて異形の者が声を出す


「…ミクニの精霊、のようよ。直接聞いていないからわからないけれど、そうなのよね?」

「ああ。私はミクニの精霊だ。ミクニにはエルシフルと呼ばれているよ」

「はぁ!?あの化石の?てか、あいついねぇーじゃねえか!それにおっさんも」


プレザの問いにエルシフルは穏やかに答えた

その姿をじっと捉えていたアグリアは周囲を見渡し、その精霊の主、そしてジャオがいないことに気づく


「ジャオは陛下のために敵兵を阻むために残った…それを助けにミクニは向かった」

「っ!…はっ…んじゃ、おっさん死んだわけかよ!ついでにあの化石も…」

アグリアの言葉が止まる

ガイアスの視線に気づいたためであり、彼女は何処か不満げにそっぽを向いた


「生憎だが、ミクニは死なない。お前たちの仲間であるジャオも間に合っていれば助かっているだろう」


そう断言するミクニの精霊の言葉を耳にした後、ガイアスは来た道を振り返る


「…マクスウェルのこともある。一度あの場所へ戻るぞ」


戦艦が姿を消した今ならば、捜索も少しならば可能という判断で道を引き返す

湿気に満たされた道を進んでいるとプレザが何かに気づいた


「そういえば…私達の周辺、地盤が安定しているわね」

「ババアがやってんじゃないのかよ?」

「私がやっているなら、こんな話しないわよ」

「…お前か?」


ウィンガルの視線が向かった先には、エルシフルがいた

彼はウィンガルに続いてプレザ達の視線を受けながら、何でもないように言う


「足場が悪いと不便だと思ったからな」

「余計な事だ。お前の力などなくとも俺達にも出来る」

「生憎、お前たちがよくても私が困る。ミクニと約束したからには、私は無事に送り届けなくてはいけない」

「…勝手にしろ」


自身らに向けた敵意のある視線が未だに気に食わない様子のウィンガルだったが、ミクニの名に何処か苦々しくなる


「精霊が精霊を使役しているってことは、やはり貴方は大精霊クラスなのかしら?」

「元の世界では、一応大精霊の一つに数えられる」

「ああ…そういや、化石のやつって違う世界だっけか?」

「大精霊だと、違う世界でも微精霊を従わせられるのね」


異世界でも大精霊の力は通じるという言葉にエルシフルは口元に笑みをつくるだけだった

その後、プレザとアグリアと共にエルシフルが様子を窺う為に少し先へと行くと、ガイアスはウィンガルに意識を注ぐ


「あの精霊をどう思う?」

「今はそれ程感じられませんが、少なからず我らのことが気に入らないように思えます」

「我ら…というよりも俺であろう。あの時の敵意は俺に向けられていた」


プレザ達に対して普通に話しているが、エルシフルの声は淡々としたものであった

精霊に人間の概念を当て嵌めても意味がないだろうが、ミクニに対する彼には明らかに感情が存在しているように感じる


「…ですが、何故陛下に…?」

「…ミクニ…かもしれんな」


ガイアスの言葉にウィンガルは眉をあげるが、その発想に共感しているのか彼は何かを考える素振りをみせる


(…ミクニに触れていた時の精霊はまるで…大切な者に触れるかのようだった)


主であるためか、それともミクニであるためか

どのような想いにしろ、あの精霊はミクニを大事にしている


(そう。あれは大事なものを傷つけられたような目)

(憎悪だ…)


まるでミクニを守るための憎悪を込めた瞳

そこから浮かぶ事柄にガイアスは無意識に掌を見つめた


“触らないで”


拒絶を示し、ガイアスの手を払ったミクニ

少なからず其処には脅えがあるように思えた

それはジャオを見捨てた己に対してか、それとも…――――


「陛下」

「…あれは…」


ウィンガルの声で思考がとまり、道の先でプレザ達が留まっていた

何かを見下ろしており、アグリアがそれを踏みつけている


(…確か…ジュードと呼ばれていた者か)


「アグリア」


宥めるように呼ばれると、アグリアは大人しくプレザの背へと隠れる

地面に倒れ伏した少年から視線を外し、ガイアスは一歩後ろに佇むウィンガルに意識を向けた


「マクスウェルはいるか?」

「……いえ、1人のようです」


周囲を見渡したウィンガルの言葉を耳にした後、ガイアスはエルシフルと目が合う


「…同じ精霊ならば、居場所はわからないのか?」

「近くに強い精霊がいるならばわからなくもないが、近くにはいない…それに彼女は、…黒匣の兵器がこちらに向かって来ている」


言葉を区切り、エルシフルはガイアスの背後を指差す

直後、プレザ達が敵の影を捉えた


「面倒だ。身を隠せ」


気づかれて仲間を呼ばれに行かれれば面倒な事になるため、一時的に近くの木の群れに紛れる


「マクスウェルを見たか?ただの女にしか見えなかったな」

「あんな女が断界殻を創りだしたとは信じられんよ」

「断界殻……?」


聞き覚えのない単語を脳に留めつつ、ウィンガル達と共に敵兵の不意を突く

ガイアス達の力に瞬時に倒された敵から先程の“断界殻”という意味を聞きだすためにアグリアが尋問しだした


「…マクスウェル……断界殻……創る……」


その言葉の意味を探る様な囁きはエルシフルからであり、彼は天を仰いでいるようだった

だが見られていることに気づいてか視線をすぐに戻し、口を開く


「崩れる…此処から離れた方がいい」


地面が揺れ動きだしたことで地盤が酷く不安定になっていることを理解した

小さな呻き声が意識の落ちているジュードから届くが、彼は大穴に呑まれ消えてしまう


「……生きていれば、必ず俺の前に現れよう。その時、俺の役に立ってもらうだけだ」


エルシフルはその大穴の上を優雅に泳ぐように浮かび、微かに指先から光を穴の底へと離した後、面をガイアスに向ける


「冷たい物言いだな」

「陛下だから別にいいんだよ。文句あんのか!」

「別に人間同士のことに私は干渉するつもりはない。ただ、お前は所詮、民のことしか考えていない人間だと思うとミクニが不憫でならない」

「何であの化石が不憫なんだ!大体、陛下は、」

「よい」


エルシフルに対してアグリアが突っ掛かろうとするのを制し、他の二人にもじっとしているように目配せさせる


「お前が言いたいのは“精霊”のことか?」

「察しが良いな。お前の思想ではミクニは傷つく。あの子は人間のことも想ってはいるが、同時に私達精霊を想う心がある」


“―――けれど、精霊はどうなる?”


精霊を想うミクニは、人と同じ、いやもしかしたらそれ以上に精霊を大事に想っていた

それを知っていたはずだと言うのに、答える事の出来なかった自分

精霊がどうなってもいいと思っていたわけではない

だが、民を思うあまりに精霊のことを疎かにしていた節があったのは否定できない

理由はどうあれ、精霊に対して何も答えなかった自身にミクニは幻滅したはずだろう


「お前は俺が精霊のことを考えていないと言うのか?」

「事実、ミクニの問いに答えられなかっただろう?」

「確かにそれは否定しようがない。だが、精霊を好き好んで犠牲にするつもりなど毛頭ない。俺は、――――」

「―――精霊も守ると言うのか?精霊を見ることも、声も聞けない人間の身で」


ガイアスの思考を読んだようにエルシフルが言葉を発する


「…そうだ。俺はリーゼ・マクシアの弱き者を守ると誓った身。喩え見えなくとも、俺のやり方で守ってみせる」

「リーゼ・マクシアを守る王か……確かにお前の力は特異ではあるが…」


内側を探るような視線と小さく紡がれた意味深な言葉を吐きつつ、エルシフルは続ける


「仮にお前がリーゼ・マクシアを守れる王としよう。けれど、ミクニを守ることは出来ない」

「なんだと…?」

「守るどころか、お前はミクニを傷つけ続ける。そしてお前は…」


無表情に等しい、何処か冷めた視線で、彼は言った



「―――…いずれミクニを殺す存在になり得るだろう」



憎悪が隠された突き刺さるような声が空間に響き、ガイアスは眉間に力を入れる

自身が気に入らないための言葉にしては、エルシフルの言葉が惑わしのものとは思えなかった


「王故にミクニを殺すとでも言うのか?解せんな」

「わからないのは、お前がミクニを知らないからだ。いずれ私の言葉がわかる時が来るだろう…」


それ以上答える事をやめたようにエルシフルは口を閉ざした



憎悪にめられ、言葉に隠れるモノとは


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