数十隻もの空飛ぶ戦艦が頭上を横切ってゆく


「な、何あれ……」

「こわいよー!めっちゃこわいよー!」

「空を駆ける船だと……」

「…あれ全部が、黒匣だっていうの…?」

「ついにやった。くくくく……」


震えあがった声が空の機械に吸い込まれていき、ミクニが憎むように睨んでいると、この空間には似合わない笑い声が槍の方向から聞こえた


「くはははは!」

「ジランド!どうなってる」

「あれが、ジランド!?」

「あいつが…?」


明らかにナハティガルの傍に仕えていた時と違う表情

自分を捕らえようとした時―――セルシウスを召喚した時に垣間見せた空気だった


「ジランド……お前!」


何か関係があるのかアルヴィンが許さないとばかりにジランドへと銃口を向け、引き鉄を引こうとするが、それは不発に終わる

氷の塊が彼を襲い、一瞬垣間見えた朧の存在をミクニは確かに捉えた


「ハ・ミルをやったのは貴様らか?」

「そう俺の精霊、このセルシウスがな」


氷が弾け、ガイアスが問う

ジランドは懐からあの機械を取り出すと、あの時と同様に召喚の紋が浮かび上がり、彼女が―――セルシウスが現れた


「精霊セルシウスだと……?そのような名、聞いたことも……」

「セルシウス!」

「………」

「何を吠えてやがる。それにしても、あれ程の傷が治ってるとはな!それもてめーの力か?」

「ジランド!セルシウスを解放しろ!」


背後でミラがセルシウスの存在に戸惑いの言葉を漏らすのも構わず、ミクニはセルシウスに訴えかけるが、ジランドが皮肉気に嘲笑う

話しても無駄だと思い、ミクニが一歩踏み出そうとするが、その前に隣の存在が動いた


「我が民を手にかけた挙句…ミクニをあのような目に遭わせたこと…許しはせん!」


ガイアスが構えを取り、彼の怒りのように力が立ち昇るが空からの砲撃でその行動は阻止される

爆風が巻き起こり、視界が煙で霞むがミクニは天空から視点を逸らさずにいた

そして煙が落ち着く中、ミクニが見たのは真上に止まった戦艦から急降下してくる複数の影

その者達が近づいてくるにつれて不快感が増していく

不快感が募り、ミクニが弓を出現させるがその手を掴まれた


「今は落ち着け」

「けど…っ……」

「この距離ではこちらが不利だ」


(わかってる…わかってるよ…そんなこと…)


歯を噛みしめガイアスの言葉で行動を抑えはするが、身体に纏わりつく不快を払うようにミクニはガイアスの手を振りほどく


「…ミクニ…」


哀愁を帯びたガイアスの声にミクニは反応せずに、微精霊の命が削られてゆく音による悔しさと葛藤する


(やめて…やめてよ…っ…)


黒匣の波動に取り囲まれ、マナの乱れがどうしようもなく気分を害してくる

ひ弱な微精霊達の声に耐えかねて精神を閉ざしても、黒匣の姿に叫びが浮かぶ


(…彼らを、助けないといけないのに…)


目前で起こっていることだというのに何も出来ないでいれば、ミラの言葉が脳に留まった


「貴様がナハティガルに黒匣を伝えたのか?」


(…黒匣を…伝える?)

(空から来たといい…黒匣は、此処ではない何処かで生み出された技術…)


この世界には何処か不釣り合いな黒匣が別の場所―――例えば、もう一つ知らない世界、または国の技術だとしたら、しっくりする

それをもっと追究していけば、恐らくは全ての事柄が繋がってくるのだろうが、それを考えていく程の時間も心の猶予もミクニにはなかった


「その女は殺すなよ。台無しになる」


獲物のようにミラを見ていたジランドの視線がゆっくりとミクニへと移り、彼は続けた


「それと、そっちの女も捉えろ。あの女を調べれば、今進められている技術を安定させる術が見つかるかもしれねぇ」

「装甲機動兵、前へ!」


その指示を聞くと、滑る様に丘から降りてこようとする

ミクニは剣を逆手に持ち直すと、弓矢でミラ達に向かおうとする敵兵を貫いた


「っ…!ミラ!みんな!」

「今は自分の事を考えろ!」


少し離れた場所にいる彼らの加勢に行きたくとも、周囲は取り囲まれ、別の部隊がミクニとガイアスを襲う

ガイアスの言葉の通り今は駆けつける暇はなく、ミクニは己に飛びかかってきた相手の攻撃を弓で受け止め、躊躇なく切り捨てた

精霊の命を消費して放たれる黒匣の攻撃に、ミクニは表情を消し、その瞳に果てしない怒りを秘めて、黒匣だけでなくそれを扱う者達の命も次々と滅していく


(何故、何故、こんな技術を)

(…いったい、何度味わえばいいの…)


腹の底で渦巻く激情を伴いながら刃を振るっていれば、背後で爆音が上がる


(ミラ達が…!)


彼らの悲鳴が鳴り渡り、視界の端で彼らが風圧で飛ばされるのが見えて、はっとした


「ガイアス!ミラを!」

「っ…」

「ジランドの目的はミラ。なら、ミラを守らないといけない!」

「お前も狙われているのだぞ!」


殺しはしないようだが、ジランドはミラを捕らえようとしている

そしてそれを阻止しなければいけないことは明らかであった

ミクニはガイアスにミラを頼もうとするが、彼はミクニ自身も狙われていることを再確認させるように言ってきた

だが、その心配を両断するようにミクニは敵を払う


「私は自分の身くらい、自分で守れる!」

「エリーゼから離れろ!」


ガイアスとてミラを敵の手に渡すわけにはいかないとわかっているのだろう

彼はミクニの強さをその目で確認すると、切羽詰まったように声を出し敵の方へと走っていこうとするミラの方へと向かった

その様を最後まで確認することなく、ミクニは弓に矢を番える

向かってくる敵に矢を深々と射り、時には巧みに弓を盾の様にして、右手に持つ刃で胴を断つ


「陛下―――!」


敵を葬る最中にガイアスが複数の敵を同時に相手にしているところが目に入る

矢で援護をしようとするが、その代りに黒い風がガイアスと敵の間に入った

その後に続くように遠距離型の敵兵が水の精霊術で倒れた


「ウィンガル!それにプレザ!」

「生きていたか…」

「無事かしら?ミクニ」


見慣れた、けれど久しぶりの姿がそこにはあり、奥の方にジャオらしき影も見られた


「ジャオも…アグリアは?」

「貴方のことを聞いたんだけど?まぁ、無事そうだしいいわ。アグリアは遅れて此処には合流出来ていないだけよ」

「つまり、皆無事なんだね」


それを確かめると、ミクニは未だに周囲に広がる黒匣の気配を見渡す


(ミラは、此処から離れたようだけど…)


マクスウェルである彼女の姿はなかったが、離れた先にはジュード達が未だ残っている

彼らはもちろん、ガイアス達を此処から無事に逃がすには黒匣を扱う敵をどうにかしなければいけない

だが、それ以上に周りに浮かぶ黒匣を排除したかった

始祖の隷長としての性、聞こえる消失の音、過去の後景が激情となってミクニを焦らせ、苦しめる


“ミクニ、私を…”


その心を和ませるような穏やかな声が直接脳に響く

あの術式から解放されて以来、自身を気にかけていた存在の声が鮮明に聞こえたのは、己も彼を求めた証だった


「ミクニ…―――!」


隣に佇んだミクニが攻撃の意志をやめたように弓を仕舞ったことに気づいたプレザだったが、次にミクニが剣を地面に突き立てて起こったことに瞳を見開く


「これは、クルスニクの槍を封じた時の…」

「相手の様子が…!黒匣が使えなくなっているのか?」

「貴方、こんなことも出来たの…?」


複雑な術式が足元に展開され、それがクルスニクの槍によるマナの吸収を封じたものと同じだとガイアスは察する

それにより黒匣が作動しなくなり相手が怯む中、ウィンガルは周辺の敵を一掃していき術式紋の中心にいる人物を見やった

プレザの声に応えることもなくミクニは明星に意識を注ぎつつも、体内のマナの流れを感じ取る



《 天、地、人その源流、命数を掌握せす王威 》



指先で宙に美しき古代語で友を呼びだす道を刻み、言霊にマナを込めて紡いでいけば、それに反応するように新たな術式が展開されてゆく



《 我が呼び声に応えよ 出でよ “ オリジン ” 》



術式紋が完成し、“万物の根源”の名を鳴らせば、空中に眩い光が奔り、紋章が浮かび上がった


「あれは…」

「これってもしかして…」

「…精霊か…」


包み込む様な穏やかな光が生まれ収束していくと、其処に存在していたのは、黄金と純白が特徴的な美しき存在


“ ミクニ ”


憎悪、疎ましさ、憤怒、痛み、苦しみ、焦り


ミクニを取り巻こうとする目に見えぬ穢れを浄化するように、3対の神々しい翼をはためかせて、源の大精霊は主の前へ降り立った



深淵なるに堕ちないように私が手を伸ばそう



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