激戦と化したファイザバード沼野の奥にて、繰り広げられている交戦

槍を破壊するために道を突き進んできたミラ達は、その者と刃を交えていた

たった1人であるにも関わらず、彼―――ガイアスの力に彼らは押されていた

圧倒的な剣戟を繰り出す彼の気迫は正しく大国を担う王に相応しい

そして、その力が衝撃波となり彼らを襲った


「くっ……大した強さだ…」


何とか持ち堪えるものの息を乱しながら、ミラが剣をしっかりと握る


「お前たちも、さすがと言っておこう…だが!」


表情も呼吸も崩すことなくガイアスが、刃へと意識を集中していく


「クルスニクの槍は必ず手に入れる!」


揺るぎない声と共に彼の身体から今までにない程の力―――マナが立ち昇り、渦巻く


「さらばだ!」


己の道を遮る存在を排除するために強力な力の波動が膨れ上がる

ガイアスの意志の如く、鋭く紅い閃光が放たれ、人の姿を消し去った

その刹那、ガイアスの表情が微かに歪む


「っ……!」


光が晴れ、ゆっくりと景色が露わになる

あるはずのない人影が存在していた

ガイアスの力をまともに受けたはずのミラ達の姿は健在だった

だが、ガイアスにとって問題はそこではなかった


「何故だ…!ミクニ!」


ミラ達の盾となる様に立ちはだかっている存在は、紛れもなくミクニだった

ガイアスを含めミラ達が驚きを見せる中で、ガイアスの力を受け止めた剣をミクニはゆっくりと下ろす

ガイアスの声にミクニはすぐさま答えなかった

咄嗟の行動であり、明確な意味はないに等しかった

意識が鮮明になり、ガイアスがミラ達に手を掛けるのを捉えた時、考えるよりも早く、身体が動いていた


「…ガイアスにミラ達を殺してほしくないから…そして、槍のことを聞いていたから」

「……お前も俺の野望を欲と思ったか?」


心を落ち着かせるように間を置いてガイアスの視線に対峙した


「ガイアスの民を想う気持ちに欲はないことはわかってる。その強い想いに私は共感している」

「ならば、わかってくれ。俺は、槍を手に入れなければならない!」


ガイアスの強い意志がぶつかってくるのを、ミクニは始祖の隷長としての瞳に代えて受け止める


「民を守るべき王として、力は必要なのは確かだよ。でも、あれはマナを糧にする。君の民を苦しめる。もしも、使う時が来た時どうするの?」

「……危機に瀕すれば、民も理解してくれよう」

「確かに己らを守るためならば、民はマナを捧げる事を承諾するかもしれない。けれど、精霊はどうなる?」

「…っ」

「彼らだって生きていて、この世界の一部…私にとっては精霊も大切な存在。ガイアスの民を守るために必要な力だとしても、精霊にとって脅威ならば、私は槍を見過ごすことは出来ない…!」


精霊の事までは意識していなかったのか、それとも最初から精霊はガイアスにとって民のためならばどうでもよい存在なのか、彼はミクニのその視線を浴びるだけだった


「……ガイアスにとっては“人”以外はどうでもいいの……?」

「ミクニ…」


微かな囁きを拾えたのはミクニの近くにいたミラとジュードくらいだった

凛々しい横顔であったがその切ない声にジュードが名を呼ぶ


「久しぶりだね、ジュード君。そして皆。身体は平気?」

「僕達は平気だよ!それよりも、庇ってくれたミクニの方が!」

「私は大丈夫。だから、体力は温存していて」

「でも!」

「いいから」


ガイアスの力というよりも、それ以前からの怪我が完治していないミクニを癒そうとジュードが構えを解こうとするが、ミクニが止める


「ガイアスと関係があるようだが…先程の会話といい、私達に加勢してくれるのか?」

「…そうなるだろうね」


前を見据えたままミクニは少し悲し気に言うと、下ろしていた刃を構える


「ただ、君たちは槍をお願い」

「どういう意味だ?」

「ガイアスは私1人で相手をする」


その意志を表現するようにミクニの身体から光の粒子が立ち昇り、彼女が負っていた傷や爛れに集中していき、痕もなく消していくと、力となり刃に集っていく

その様子からミクニが本気だとわかり、刃を振るうことなくいたガイアスが再び刃へと意識をやった


「…退くつもりはないんだね、ガイアス」

「俺は…王として退けぬ!」


お互いの力が高まりだし、二つの間で共鳴するように高い音が鳴り、地面が振動する

自身にマナを多量に与え、ミラ達と刃を交えた後だと言うのに、対峙するガイアスの力は色褪せていなかった

けれどミクニは怯むことなく、ガイアスと同等の力まで高めていく

そして、お互いにお互いを想いつつも、その気持ちを探る余念などなく、その表情に二人は自身らの気持ちを見せることもなく、力をぶつかり合わせようとした、その時だった


「何者だ!」

「っ!…だれ…?」


二人の対峙を阻止するように風を切裂く音が届き、二人の意識はそちらに向かう

ほぼ同時に二人に投げられた刃を高めていた力を消し、ガイアスとミクニは振り払った

空を仰げばワイバーンが飛来しており、ミクニが訳がわからずにいると、その背から人が降ってくる


「そこまでだ!」

「イバル?何故ここに……」

「え?ミラの知り合い?」

「ミラの巫女だよ」


現れた少年をミラは知っているようで、首を傾げているミクニにジュードが苦笑い混じりに教えた

それならば、先程の行動はどういうことだ、とミクニは更に首を傾げた


「てことは、ミラの味方だよね?…なんで、私に向けて刃を?」

「…それは…顔を知らなかったから…かな?」

「イバルだからね…」

「バホ―なんだよ!」

「……そう」


ティポの“バホ―”発言に、つまり彼はちょっと頭が弱いのかと思っていると、イバルという少年は何かを取り出す

傍らでミラが頭が痛いとばかりに頭に手をやっているのを横目に、彼の発言からミクニはその手に持つものは“カギ”ではないかと推測した


「はははっ!どうだ偽物!お前との違いを見せつけてやる!」

「待て!今起動したら―――!!」


勝ち誇った笑みを浮かべた少年を止めようと叫ぶが、それは少年の耳には入らずに彼は槍の方へと向かってしまった


「どうだジュード!この俺が本物の巫子だっ!四大様のお力が、今甦る!」

「馬鹿か!!槍にはマナを吸収する能力が働いているのに!!」


槍が起動したことで歓喜しているイバルに対し、ミクニが声を荒げれば周りが動揺の色を見せる

自身のマナを奪う為にカギがなくとも槍のその力は働いていた

そして今もその機能は作動されたままだと知っているミクニが駆けつけようとしたが、最早遅かった


「っく…う…」


背後で呻き声が上がりだし、ミクニにも負荷が掛り出す

マナを操る術を封じられていない状態のミクニにとっては、負荷のみだったが背後を振り返れば、自分以外の人間からマナが流れていくのが目に見えた


「みんな!…ガイアスっ!」


苦しみ喘ぐ姿が飛び込んだ途端、ミクニは明星を掲げ、念じた

ミクニの身体と青い刃から光が漏れ、ミクニを中心に術式がミラ達の、そしてガイアスの足元に広がる


「っ…あ、あれ?…身体が…」

「これは…マナの吸収が治まった…?」


槍の影響が消え去り、ジュード達が各々の身体を見つめ返し、足元に広がる光の術式を見やると視線を前方へと向けようとする


「っ―――ミクニ!!」


術式を展開している人物にガイアスが駆け寄って行くのをジュード達の瞳は捉えた


「ガイアス…」


スゥっと自身を包んでいた淡い光が治まり術式を消し去る

ミクニは自分を呼んだ人の無事な姿に安堵し、小さく笑みが浮かぶ

だが、それはすぐに消えた

膨大なマナの塊が閃光となって空を貫くのを、視覚よりも早く、マナの流れで察する

それは天へと伸び、厚い雲を貫くと、何かとぶつかって壊したような音を世界に響かせた


「え…」

「…っ…」


煤のようなものが落ちてくる中で誰もが視線を奪われる


(何が起こった?)

(何故、空へ?)


理解しがたい後景に立ちつくしていれば、次には激しい突風が襲ってきた

けれど、それは一瞬の事であり、ガイアスに守られるようにミクニは彼の腕の中にいた

突風が治まるまでの数秒間、ガイアスの紅が意識を通わせるようにミクニを捉える


(……、ガイアス…)


言葉を交わすことなく過ぎていくと、二人は風が止んだことで空を仰いだ


「そうか…そういうことだったのか!槍は兵器などではなかった」


この状況を理解しているような声に問いたい気持ちが生まれようとしたが、ミクニは動くことはなかった

身の毛がよだつ感覚に襲われたミクニは瞳を見開き、その後景を映す

割れた雲の隙間から何かが落ちてきた

それは騒音を鳴らし、戦場である沼野を炎の海へと変えていく


「…どういうこと…?」


遠く離れたところで人々の悲鳴が聞こえ、精霊が息絶えていくのを耳にする中、ミクニの視界に広がったのは上空を埋める船―――飛空艇の類だった

明らかにこの世界の技術と思えないそれらに、ミクニの胸はざわめき、訴える



その者達は、始祖の隷長を―――精霊を、世界を、破滅に向かわせる存在だ、と



続いて浮かんだのは“排除”と“守る”という使命であり、複雑な想いがミクニの意識を巡る


それはきっと、この世界と己の世界を繋ぐ答えが導かれかけているためだった



繰り返されるを断ち切ることは出来ぬのか



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