あの男に欺かれたと気づくのに時間はそれ程掛らなかった


「…やっぱり貴方はそうなのね、アル」

「城へ戻るぞ、プレザ」


山に降り積もる雪を眺めるプレザがウィンガルの声で意識を持ち直し、振り返る

その表情は普段通りであり、ウィンガルは何も問うことなく共に道を引き返してカン・バルクへと帰還した

戦争への準備に向けてすでに街の緊張感が高まっており、四象刃である彼らの姿を見つけて街の者の声が上がり、兵士が敬意を払う

それを受けながら、ウィンガルは城へと入ろうとしたが背後の声に歩みを止める


「お願いです!どうか…どうかア・ジュール王に!!」


いたのは1人の男であり、まず目がいったのはその服装だった

この地域に来るには、些か軽装過ぎ、男は寒さでか震えている


「陛下に何用だ?」


戦争に向けて王への謁見はしばらく無理だ、と兵士が男を下らせようとしていたがウィンガルが止めに入る

それにより男が蒼白した顔をあげてウィンガルを見上げた


「息子を、皆を助けて下さい…っ」

「…どういう事だ?」

「村が…ハ・ミルが襲われっ…!」

「貴方、ハ・ミルの人なのね…!でも、どうやって此処へ?」


ハ・ミルが襲われたという情報はすでに入っていたが、ほとんどの者がラ・シュガル軍に攫われたと聞いている

ならば、この男は難を逃れてここまでやってきたのかと思うも、そうではないことはすぐにわかった


「ラ・シュガルの軍に連れて来られ…俺たちを人質に女性を脅して…」

「女性?」

「その女性が“私の事は心配するな”と伝えてくれと…」

「…誰だ」

「よ、よくわからない…ただ“ア・ジュール王の女”だと言われていた…」

「っ―――――」

「それって…」



ウィンガルの脳裏にミクニの顔が浮かんだ

ガイアスの女として思い当たると言えば、彼女しかいなかった

峡谷の件といい、ミクニがラ・シュガル軍に狙われているのは確実だった

そしてその理由は、その力よりもガイアスの女だと言う事をウィンガルは察していた


「ウィンガル!!」


胸がざわめきだそうとした時、プレザが叫ぶように呼ぶ

それと同時に耳障りな音が響いた


「ひっ!!い、いやだ!!俺はまだ、――――、」


(っ……)


一瞬だった

咄嗟に条件反射で飛びのいたウィンガルの視界に映ったのは、激しい爆発

男の顔が恐怖で歪むのを壊すように、爆発の音が上がり、男が地に臥した

突然の出来事に辺りが騒がしくなり、ウィンガルの目前で酷い臭いと共に煙が上がる

足元で雪が赤く染まる中、ウィンガルは戸惑う素振りなど見せずに周囲を探った

その時、不審な影を捉えてウィンガルは颯爽に行動すると、刃を引き抜きその影の腕を斬りつける

血が舞うと雪の上に何かが落ち、ウィンガルはそれを―――起爆スイッチに刃をつき立てて破壊した


「ラ・シュガルの回し者か…?あいつを何処へやった?」

「っ………!!」


冷たい切っ先を、腕を抑える相手の首に添える


「…答える気はないか。なら…」


兵として訓練されている相手が簡単に口を割らない事を察すると、ウィンガルは刃に力を入れ、肉を切裂く感触を味わう

自身の体に相手の血が勢いよく飛んでくるがそれを気にするでもなく、ウィンガルは絶命した相手に背を向けた


「……貴方らしくないわね。何も吐かさずに殺すなんて」

「吐かした所でたかが知れている」


何か言いたげなプレザの言葉を聞かないように、ウィンガルは足早に城の中へと入る

心臓の鼓動が体に響く中、耳に慌てた声が入り込み、ウィンガルの脳内に留まった


正確には、その者たちが呼んだ名に―――


「ミクニがどうした?」

「っ!ウィンガル様にプレザ様!そ、それが―――」


ミクニの部屋の前で慌てた2人の女官が口を開き、自身らに起こったこととこの部屋の主について話し出す

何でも急に眠気が襲い、他の女官に起こされてすぐさまミクニの部屋へと向かったが、彼女の姿が見当たらないと言う

同時に眠りに落ちる前に一緒にいた女官の姿もないらしい


(やはり、あの者が言っていたのはミクニか…)


「っ…陛下には伝えたのか?」

「いえ、今から伝えに行こうかと」

「ならば、俺が伝える。お前たちは仕事に戻れ…わかっているだろうが、くれぐれもこの件は他言するな」


釘を刺し彼女達を下らすと、プレザがウィンガルに話しかけてきた


「ウィンガル、消えた女官て…」

「恐らくラ・シュガルの差し金か何かだろう」

「それじゃ、ミクニはその女官に誘導されて行ったのかしら?」

「いや…あいつは馬鹿だが、それなりに頭は回る。誘導されたとしても、態とそれに乗ったのだろう…っ、馬鹿な奴だ」


苦々しく最後の言葉を零せば、それを聞きとったプレザが居た堪れないように口を開く


「…心配なのね…ミクニの事が」


違う、という言葉は声にならず、ウィンガルは胸にこみ上げる苛つきに眉を顰める

峡谷の件といい何故ミクニはこうなのかと考える

峡谷では他人を助けるために毒を受け入れたといい、それが要因で大怪我を―――もしくは命を奪われていたかもしれない

そして今回は、知りもしない者を盾に取られた事で敵国に連れて行かれたという顛末

ウィンガルが知っているだけでもミクニの行動は危ういものであった


(自己犠牲が出来て満足か?)

(正義のつもりか?英雄気取りか?)


今すぐにその行動について咎めたい程に腹立たしかったが、何よりも己を咎めたかった


ミクニという存在の行動を把握していたのにも関わらず、何故自分は傍にいなかった?


最早マクスウェルらの事など、今のウィンガルの頭にはなかった


ガイアスの女として連れて行かれたのだ

すぐに殺されはしないだろうが、槍の糧とされるだろう

もしくは暴行を受け、屈辱を与えられているかもしれない


(…ミクニ、――――っ)


そう考えるとウィンガルの頭が割れるように痛み、軽い吐き気が襲ってきた


「ウィンガル!」

「…、なんでもない。気にするな…」


突然襲ってきた衝動が不安を駆り立てる

ミクニがそのような事に陥っていると考えると、いつもの意地など忘れて、助けに行かなければいけない衝動に駆られた


「陛下の元に知らせに行くぞ」


だが、すぐに衝動は消え去り、ウィンガルは胸に広がろうとした感情を抑えてプレザと共に王の元へ足を向ける

部隊の隊長格に指示を出していたガイアスはジャオと共にいた

ウィンガルとプレザの存在に気づき、二人の視線がこちらに向く

王の威厳を身に纏う彼にウィンガルはミクニの件を伝えた


「―――…何処までも卑劣な…ナハティガル」


王としての顔が崩れる事はなかったが、ガイアスの瞳が揺れ、奥底で燃える怒りが膨れたのをウィンガルは感じる


「プレザ。アグリアに連絡を。戦争で使われる前に槍を破壊せよ、と。それとミクニの件も伝えよ」


戦争が始まる今、槍はこちらにとって脅威となる

そして、ハ・ミルの者が捉えられたのは槍のマナを補うため

ア・ジュールの民にこれ以上の被害を出さないためにも、その判断は正しいだろう

だが最終的な引き鉄は、恐らくミクニ

ガイアスにとって、ミクニという存在が大きくなっているのをウィンガルは知っている

もしも彼が民を守るべき王でなければ、単独でラ・シュガルに乗り込んだだろう



ウィンガルが一瞬、そう考えたように…――――




燻るだけの焔々をで閉じ込めるが、消える事はなく



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