重い頭を持ち上げると動物でも見るかのような視線を受けていた


「―――もう意識が戻りかけているとは…」


霞んだ視界だったが真正面に佇む男をジランドだと認識する

体の意識が正常になろうとしているのに気付き、ミクニは反射的に腕を伸ばし、相手に掴みかかろうとした


「ああっ――――!!」


だが、それを阻む様な膜に触れた瞬間、ミクニの体に激痛が奔る

悲痛な声を漏らしたミクニの姿にジランドの表情が密かに歪んだ


「無駄な抵抗はよしなさい。常人とは少し違うようですが、その球体の中では貴方はどうすることも出来ませんよ」


自分の動きを封じていた枷はなく、その代りに透明な球体の中に自分が浮いている事に気づく


(体がおかしい…)


その中で自分の掌を見つめる

無意識に自身の体を守る様に覆っていたマナの膜がなく、僅かに体からマナが遊離しているのがわかる

マナを吸収されているのだと理解し、すぐさまマナを操ろうとするが力が働かない

それどころかマナが抜けていく量が増えていく


(…エル?…なんで声が聞こえないの?)


確かにいるはずなのに、友の声は届かず、飾りの術式も反応しないため明星も取り出せない


(この技術…昔、エステルがアレクセイに、)


自身が置かれている現状に友であり、仲間であった少女―――エステルの事が思い浮かび、ミクニは辺りを見渡す

頭上で青い石が見え、あれにより力が封印されていると予測した


(…なら内側からじゃ、どうにもならないか…)


せめて明星があれば打ち消せられただろうに、と抵抗を示さずに力を抜く

アレクセイがエステルを捉えていたものに似た球体と、大精霊を封じる程の強力な術式に抵抗は無駄だとわかった


(それに力を無暗に使えば、マナを奪われるのが落ち…)


冷静な判断力で少しでもマナを奪われないためにも動きをやめる


「それでいいのです。ア・ジュールを葬るための燃料として、貴方はそこで大人しくしているといいのですよ」


動きと同様に思考もどうでもよくなったように何かを考えるのをやめようとするが、ジランドの声に反応してしまう


「ア・ジュール王も今頃は嘆いているでしょう。自身の女が…いえ、飼っていた被験体が己の民を殺すかもしれないのですから」 


嘲笑われたような気がしたが、身を切裂くような重圧により確かめる事は出来なかった

それによりもう一度意識が消えればよかったのに、頭は痛みで朦朧とするどころか嫌なくらいに鮮明になる


(…なんで考えるの…)


頭の中で行き交いだす事柄に、歯を噛みしめる

意識が落ちていたことで忘れていたはずなのに、ジランドの言葉だけで頭にはガイアス王の事が満ちていく


(…、ガイアス…)


ガイアスが槍を求めているかなんて、直接聞くまで事実かはわからない

だから気にする必要なんてないはずだった

だが、そこで思う

何故自分はガイアスが槍を求めていないでほしいと思っているのか、と

精霊が死ぬから?人が犠牲になるから?多くの命が費えるから?

ガイアスには、そのような道を進んでほしくないから?

確かにそれもある

でも、違うのだ


(君は…ナハティガルの言うように、私を…)


燃料と称された時、胸が乱れた

そう表現されたことではなく、誰にそう見られているかが問題であり、苦痛だった


(…っ…何を私は…それでいいじゃない)

(燃料として見られたって…)

(所詮、私は人ではなくなった身)

(…何を期待していた)

(そうだよ…望んでいたじゃない)

(…ガイアスの気持ちが変わることを―――)


心を砕くような痛みの理由を否定する

でも、痛みは遠のくどころか締め付けを増し、囁いてきた


“本当は望んでいた”

“変わらない事を”

“信じてみたかった”

“縋りたかった”


自身に優しく触れてきてくれたガイアスの行為が過る

人として見てくれるガイアスのことは好ましかった

彼を含めた四象刃もそうだったが、ガイアスは少し違った

最初はそんなつもりなかったし、特別に感じるつもりなどなかった

でも、彼との時間を重ねていくうちに自分の心が暖かくなっていた

忘却するかのようにしてきたその感覚は、“ユーリ”と過ごしていた頃を思い出させるものだった


(わたしは…、うけいれたかった…)


知らないふりをしてきたそれを認めた瞬間、ガラスが割れる音が鳴り、胸を突き刺す

ガイアスの気持ちが本当かわからないのでは、それを認めたところでミクニを苦しめるだけだった


(でも結局は…こうなんだよ)

(全部、偽りだったんだよ)


ガイアスがくれた言葉が次々と浮かんでは、消えていく

だが、それらが全て浮かんでくる中で、ミクニはある事に気づいてしまう


(ああ…そうか)

(馬鹿だな、私…)

(偽りも何も、ないじゃない)


消そうとした言葉が柵と化して、ミクニの頭から全てを追い出す

ガイアスがくれた温もりも、視線も、優しさも、情も、何もかも

たった一つ、言葉という文字だけを残して―――



(…ガイアスは一度も、私を“好き”などと言ってない…)



表面上だけの文字から付きつけられた事実―虚偽―にミクニは自分を嗤った




中身の無い言葉が息の根を殺すように、首をめる



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