独
薬品の独特な臭いが鼻に届き、腕に小さな痛みと共に血流に何かが入り込む
その直後、手足に冷たいモノが取り付けられると閉ざされていた視界が明けられた
明けた視界で確かめれば、自身の手首と足首に枷が嵌められており自由に身動きが取れないようにされている
「これがガイアスの女か。ジランド」
「左様でございます、陛下」
鎖の音を立てながら、自分を見下ろす影を見上げた
ジランドと呼ばれた男は、ミクニを此処まで連れてきた男で間違いなかった
そして、額に深い傷を負った男はラ・シュガルの王ナハティガルだろう
「あのガイアスの女なだけあり、いけ好かん目をしておるわ」
「褒め言葉として受け取っておくよ。ナハティガル」
「っ、貴様!」
「ふん!その強がりもすぐに変わろう…やれ!」
畏怖という色など持ち合わせない目でいれば、ナハティガルが合図を出し、薄暗かった空間が明るくなる
よく見えなかった彼らの背後の景色が鮮明になり、輪郭だけだった機械が露わになった
複雑そうな機械の群れに、8つほどのカプセルに似たモノ
そしてそのカプセルの中に浮かぶのは、紛れもなく人だった
その様に峡谷での黒匣を重ねた時、機械の稼働音が大きくなった
「っ――――!」
機械に繋がれた人々から通常ではありえないマナが放出されるのがわかり、それが木々が地面から栄養分を集めるように一本の柱に集まり、何処かへ流れていく
「やめろ!!それ以上やれば死んでしまう――――くっ!!」
金属の音を鳴らして鎖を引き千切るように肢体を動かすが、ミクニの身体から力が抜ける
けれど、その違和感は次に目に飛び込んできたモノで忘れてしまう
「そんなっ、…」
悲痛な悲鳴が上がり、瞳を見開いた顔でもがき苦しむと、人だった彼らは次々と霧散していった
身体を構成するために必要なマナさえ強制的に吸引されたのが原因だろう
「少しは怖気づいたか?」
人の命が目の前で失せた事に何とも思っていない声にミクニは穏やかな色を消し去り、瞳を向ける
「…多くの人の命を費やしてまで、何故クルスニクの槍を使う?お前のしていることは、道理に反している」
「小娘が知ったような口を!民など所詮、儂の野望のために使われる存在よ!」
「ふざけたことを言う…野望を抱くのは自由だ。だが、その業の重さを理解しているのか?喩えお前が王であろうと、その業は消えはしない。死ぬまで…いや、死んでも尚、付き纏う」
「戯言を!」
全てを見通す瞳を自身から遠ざけるようにナハティガルの剛腕がミクニの頭を押しつける
枷を嵌められる時に筋肉を弛緩させる薬でも打たれたのだろう
それにより筋肉が思うように働かないミクニは、ナハティガルに頭を垂れる形となった
「戯言だと思うなら聞き流せばいいだろう?けど、聞き流せないのはわかっているからだ」
「っ…!始めろ!」
力任せにミクニは地面へと叩きつけられる
強い衝撃と痛みが襲い、瞼が何かで濡れだした
額を切ったとわかり、手で拭おうとするがその前に身体を抑えつけられ、機械が繋がれる
「それはあの機械と同じモノですが、如何せん身体に負担が掛るものです」
「説明なんていいから、さっさとやればいい」
恐怖を煽ろうとするジランドに不敵な笑みを向ければ、彼の表情が苦々しく変わり、研究者に合図を送った
それによりミクニに繋がれた機械が稼働し始め、負荷が掛り出す
鈍い痛みが次第に大きくなり、電流が身体を駆け巡りだした
「この女のマナの数値は?」
「そ、それが……」
「どうしました?」
「マナは僅かに出ているのですが、本来の霊力野からではなく…」
訝しむ声を耳にしながら、ミクニは痛みに耐えてマナの流れに集中する
“明星なしで実行するつもりか?”
“大丈夫だよ、エル。だからじっとしてて”
不安げなエルを抑え、マナの流れを読み取ると、ミクニは己の体内に眠る力に働きかけた
直後、ミクニの身体は熱を発し、同じ空間に設置されていた機械から音が上がる
「っ!何事ですか!?」
「わかりません!マナの流れが乱れ…マナを吸引する機械が次々と損傷しています!」
「なっ!?」
「マナが異常数値を…っ!これは!!」
「槍が起動をしているだとっ!?」
低迷していた数値が一気に飛び上がったのを捉えると、モニターに映していたクルスニクの槍が突如作動し始めた
カギがない今、それはありえない出来事であり、ジランドは焦りを見せたがすぐさまミクニを振り返る
その怪しむような視線を余所に、ミクニはクルスニクの槍の力に抗い、マナを操る
(そこにいるのなら、力を貸して)
マナを伝い、槍に捉えられている精霊たちに訴えると、言葉は聞き取れないが微かに声が聞こえ出す
そのまま槍から捕捉されている精霊たちを解放しようと試みるが、あと一歩のところでそれは阻止された
「すぐに止めろ!このままでは、槍に影響が出る!」
「っ……」
身体に纏わりついていた痛みから解放されたミクニだったが、次には髪を掴まれて安息をつくことを許されなかった
「貴様、何をした!?」
「………」
ナハティガルの問いに無言でいれば、頬に平手を喰らい、耳鳴りがする
「まぁ、よい。答える気がなくとも、貴様が槍の糧になる運命は変わらぬのだからな」
「そう…」
「だが、お前の返事次第では温情を与えてやってもよいぞ」
「陛下!?」
「貴様が儂の下に来るのならば、命は助けてやる」
「…つまり、自らあんたの道具になれってこと?」
「そうだ。それに自身の女が自ら儂の元に降ったと知れば、ガイアスも一層悲痛になろう」
ナハティガルが言った意味が簡単にわかり、ミクニは当然の如く切り捨てる
「冗談じゃないよ。それに、君には言っていなかったけど、私はガイアスの女じゃない。だから意味なんてない」
「残念だったね」と小さく笑んで言い放てば、ナハティガルは口を閉ざしてミクニを見ていた
けれど次の瞬間、彼は鼻で笑いミクニの髪を離すと口を開く
「なるほどな。そういうことか」
「…何が?」
「クルスニクの槍を手に入れようとするガイアスの意図がわかったと言ったのだ」
ミクニの瞳が微かに揺らぐと、ナハティガルは愉快そうに続けた
「先程のマナの量といい、貴様がいれば民の犠牲はなくて済むのだろう?さすがは“民を守る”と言うだけあるわ。まさか、このような燃料を用意しているとわな!」
相手の言葉が重く圧し掛かり、胸がざわつくと、ミクニの瞳が鋭くなった
「ガイアスは、クルスニクの槍など使わない!」
「何を言っている?現にガイアスは、この研究所にスパイを潜り込ませて好機を窺っておるわ」
「それは破壊するためだよ!」
「もしや貴様…自身が燃料にされるはずがないと言いたいのか?」
「…ガイアスは、あんたとは違う」
「ならば問うてやろう。ガイアスの女でないのならば、貴様は何故匿われる必要がある?」
それは私が人でないから
けれど、そう答えたところで自身が燃料でないと否定できるものではなく、むしろ肯定しているようでミクニは口を噤む
「 憐れな女よ 」
憐れと言われるような表情をしているのだろうか?
筋肉が麻痺しているためなのか、ミクニは今自分がどのような顔をしているのかわからなかった
いつもならば、毅然として「それが事実でも、どうでもいい事だ」と言い返しているはずなのに、何故だか否定となる証拠を捜そうとする自分がいる
欺かれる事や、人として見られないことなど慣れているはずだった
なのに、どうして心中が落ち着かないのだろうか?
―――全部、ウソ
無意識に浮かんだフレーズに魘されるように、体内に打ち込まれた薬でミクニの意識は掻き消されていく
最後に想ったのは、この世界に居場所をくれた王の事
孤独であることを望んでいたのに、いつ間違えた?
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