ミクニの部屋には、関りのある女官が来ていた

戦えない女性に手を出せない事を知っているガイアスによる差し金だろう


「ウィンガルとプレザが負けたの?」

「ええ。先程、兵士の人達がそう話していたのを聞きました」


話し相手も兼ねた彼女から城の外で起こっていることを聞いていると、何者かを二人が取り逃がしたと言う

相手はミラ達で間違いなく、それ程の実力を付けたのだと知りミクニは内心感嘆する


「それで、二人はその人たちを追いに?」

「そうみたいです…兵士達を連れて出ていったそうですから…」

「そっか」


その答えを耳にしながら、啜っていた茶を置く

ガイアス、そしてジャオは戦に向けて準備をしており、ミクニに注意を向けている余裕はない


(時間の猶予もない今、チャンスを逃すわけにもいかないか)


「あの、ミクニ」

「うん?」

「…抜け出すつもりですか?」


ガイアスの指示もあってそう言ってきたのか、彼女の質問にミクニは顔を向ける

怖がらせるつもりはなかったが、彼女はミクニと視線が合うと瞳を伏せた


「…そうしないといけないから。出来たら、黙って見逃してくれないかな?」


椅子から立ち上がっても、彼女は小さく肩を跳ねさせるだけだった

彼女が立場上責められないためにも、身体を縛ろうとミクニは彼女へ近づく


「わかりました…けど、条件があります」

「条件?」


彼女の身体へ手を伸ばそうとした腕が止まり、ゆっくりと彼女が顔をあげた


「…私を連れて行って下さい!」

「……え?」

「私…抜け道を知っているんです」

「それを教えてくれるってこと?」

「はい…それに態々見逃すくらいならば、少しくらいミクニの役に立ちたいんです」

「でも…」

「お願いです!」


抜け道があるのならば、そこを通っていった方がいいだろう

けれど、ミクニはそれを受け入れる事を躊躇する

それでも彼女は頭を下げてまで頼んできて、しばらく黙った後、ミクニは受け入れる事にした





彼女が持ってきてくれた女官の服を着こみ、彼女の後ろを歩んで出来るだけ兵士が少ない道を進んだ

時折、自分に気付きそうになられるが、女官の服装により何とか免れる

しばらくすると、庭に出て生い茂った城壁に向かえば蔦の絡まった扉を見つけた

ミクニもその扉の存在は知っていたが、少しだけ記憶にある扉と違う


(…厳重に鍵が施されているはずじゃ)

「こっちです」


何重にもされていた鍵の姿は見当たらず、それに不審を抱くも目の前を歩く彼女は先へと進んでいき、用済みになった女官の服を脱ぎ、ミクニも何も言わずに後をついて行く

城壁の外に出ると断崖が周囲を取り囲んでおり、カン・バルクを守っているようだった


「此処から降りていけば、モン高原に出られます。私について来て下さい」


切り立った崖に怖気ることなく女官の彼女は、ある道へと入る

城から死角になったそこには、自然に出来た道と言うよりも、人の手で出来た道があり、確かに高原へと続いているようだった

周囲を見渡しながらミクニは彼女に続いて高原へと足を着けると歩みを止める


「…どうしたんですか?」


彼女が不安げに聞いてきたが、それに答える前に武器を取り出し、弓を構えた

突然の行動に彼女は小さな悲鳴をあげたが、それを無視するようにミクニは自身が歩んできた道へと矢を向けて放つ

力を込めた矢の衝撃により小さな雪崩が起きると、城へと続く道が崩れていく


「これでこっちから追われることもないし…敵に利用されることもない」

「…そうですね」

「それで…どういう事なの?」


彼女に身体を向き直せば、彼女は必死に取り繕おうとしているが顔を引き攣らせているのがわかる


「君が通った道、やけに兵士の数が少なかったよね?予め、兵士の動きを把握しておいたの?」

「仕事上…兵士の動きは自然にわかります」

「じゃぁ、扉の鍵は?私が知らないと思ったんだろうけど、知っているんだ。あの扉、封鎖されていたはずだよ」


鍵だけじゃない

錠をされているとはいえ、あそこの塀には見張りの兵士が立っているはず

どのように考えても、一介の女官1人がどうにかできるととは思えなかった

不審を感じさせる彼女を探るためにも同伴させたミクニは一歩彼女へと歩みとろうとしたが、横から襲ってきた攻撃に阻止される


(っ……これは、黒匣?)


顔の向きを変えれば、峡谷で襲ってきた輩と同様の武器と格好をした者たちがおり、周囲を取り囲む


「この女が、例の?」

「…はい…」


静まった平原に雪を踏みしめる音が響くと、潜んでいた兵士と共に現れた馬車から1人の男が現れる


「…ミーリア」

「っ…ごめんなさい」


その男に近づいていく彼女の背に名を言えば、彼女は一瞬歩みを止め、囁くように一言そう言った

雪の音でよく聞こえなかったが、その一言に込められたモノを少しだけ感じ取り、ミクニは何も言うことなく、控えていた一台の荷馬車に乗っていく彼女を見送った


「それで、私に何か用?」

「この状況で怯まないとは、さすがはア・ジュール王の妾と言うところですか」


その一言で大方を把握する

ガイアスの女だと思われ、彼の足元を掬う為に自分を人質に取る気なのだろう


「残念だけど、私はガイアスの女ではないよ」

「貴方がそう言っても、こちらには情報が入ってきているのです。ガイアス王は、貴方に御熱心だと」

「喩えそれが本当であっても、私を人質か何かにしたところでガイアスには意味はないよ」

「それは後でわかることです。さぁ、お前たち!あの女を捉えなさい!」


余裕を持った表情で言えば、男が兵士に指示を出し、一斉に黒匣を稼働させた

毒の影響もないミクニはすんなりと攻撃を交わすと、敵から距離を置き、自身を狙っていた銃口を矢で塞ぐ

それによって出来た隙を狙って倒していっていると、その様子を離れて見ていた先程の男の声が聞こえる


「連絡には入っていたが、これ程とはな……だが、いい実験相手になる」


口調が変わった男の声を背で受け止めながら、黒匣を壊すために兵士を葬っていたミクニだったが背後に生まれた気配にはっとした


(この気配は―――っ)


「さぁ、お前の力を見せろ!セルシウス!!」

「なっ―――…!?」

「はい。マスター」


振り仰いだ時、青い紋章から人の形が形成されていく

その様にミクニが瞳を見開いていると、その瞳を貫くように氷の刃が吹雪と共に飛んできた

すぐさま身体が反応をして、身を切裂く刃の群れを剣で打ち落とそうとするが、その代わりにミクニを護る様に紋章が浮かんだ


「…エルシフル…」


輝く羽根が舞い、氷塊を砕いた音が響く

人でない気配とミクニの危機を察して現れたエルシフルが、そこにいた


「―――ミクニ。平気か?」

「うん、大丈夫だよ」

「それなら良かった…それで、どういうことだ?あれは精霊セルシウスか?」


隣に移動してきたエルシフルが指し示す先には、褐色の肌に氷のような髪を持った女性がいた

彼女から感じるのは正しく大精霊のものであり―――姿は違うが、ミクニの知っている氷の精霊セルシウスと同じだった


「なんだそいつは!?まさか…精霊かっ?…セルシウス。お前ならわかるだろう?」

「……」

「聞いているのか!セルシウス!!」


セルシウスに視線を注いでいれば、同様に彼女もミクニから視線を外さずにいる

けれど、それに気を悪くした男がセルシウスの頬を打ちつけ、彼女の身体が少しよろめく


「っ!?セルシウスに何を!!」

「あっ?貴様には関係のないことだろうが。さぁ、さっさと答えろセルシウス!」

「…精霊で間違いありません、マスター」

「早く答えりゃ、いいんだよ」


表情を変えることなく男の問いに答えるセルシウスの姿に、ミクニは顔を顰める


「セルシウスの攻撃を難なく防いだ様子から大精霊クラスだろ?俺が知っている限りじゃ、“こっち”には四大精霊くらいしかいないはずだがな」


(こっち?)


「しかも見た限りじゃ、通常の召喚じゃねえ。お前、何者だ?」

「答える義理はないよ」

「まぁいい。例の件が終えた後にでも、お前の身体を調べればいいんだからな」

「生憎だけど、私とエルシフルに敵うと思うの?」

「ふん!俺様の作戦がこんなんだと思ってんのか?」


精霊を従えている事で強きになっているのか、それともこれが男の本性か

鼻で笑った男は、待機させていた兵士を馬車へと向かわせ、誰かを連れてくる


(…兵士じゃ、ない…それに子供?まさか、)


「こいつらはお前んとこの王様にとって大事な民だぜ?」

「攫ったハ・ミルの人…っ!?」

「おっと!変な真似はするなよ?こいつらの最後の悲鳴を聞きたくなければな!」


目眩ましに密かに術を発動させようとしていたエルシフルを目配せで制し、強制的に連れてこられた者たちを見る

子供は父親と思わしき人に抱きついたまま泣きわめいていたが、静かにしろと兵士に銃を突きつけられ、声を必死に抑えようとしていた


「こいつらの足に付いているもんが見えるか?確かお前は、マクスウェルと一時的に行動してたんだよな?だったら、見てんだろ?無残な足をよ」


その言葉で思い当たると言えば、要塞から戻ってきたミラの姿

間違えれば死んでいた彼女の姿を脅えている彼らに重ねる

彼らの足に付いているのは、呪環に似たモノであり、爆弾だろう


「…よくそんなことがやれるもんだね!敵国だとは言え、同じ人間なんだよ!」

「何とでも言いやがれ。で?大人しくついて来るのか?それとも、このボタンを押してやろうか?別にいいんだぜ、俺は。お前が抗えば、セルシウスの力がよくわかるしよ」


一か八かで相手の腕を斬り落とすには、距離がありすぎる

睨むように男を見ていたミクニは、黙ったまま立っているセルシウスに意識を向けた

どのような想いを抱いているのかわからないが、彼女の視線はしっかりとミクニへと注がれている


(セルシウス…、)


彼女に問いたい事があったがミクニは人質のためにも言葉を飲み込み、刃を仕舞う


「ミクニ!?」

「…彼らを私の行動で殺すわけにはいけない」


“それに、イル・ファンへと連れて行かれるはずなら好都合だよ”

“だとしても、危険が生じる。私は、”

“もう時間がないの。エル”

“だが、従ったところであの者が彼らを解放するとは思えない”

“…わかってる…”


「賢明な判断だ」

「ただし、子供は解放してあげて。1人くらいはいいでしょ?」


立場上、ミクニの方が不利であったが、その条件に男は嘲笑いつつも「いいだろう」と頷く


「だが、男の方だ!ア・ジュール王にお前が捉えられたのを伝えてきてもらう事も兼ねてな」

「…好きにしたらいい」


苦渋な色を出すことなく、ミクニはそれを承諾する

子供から引き剥がされた男は、必死に子供に手を伸ばそうとするが、兵に押されて雪に倒れ込む

すぐにミクニはその身体を支えるために傍に駆け寄り、足元に異常がないか確かめつつ、小さく言葉を掛けた

その後、子供を盾に取られた父親は、爆弾を解除されずに恐怖を抱いたままカン・バルクへと向かわされてしまう


「子供を人質に取っているなら、爆弾を解除しても良かったはず…」

「解放はしてやったんだ。それに、外してもらえれば問題はねえだろ」


(この男…やっぱり、)


男の思案にイヤな予感が膨れ、反抗な言葉を出したかったが子供を前にして問える事ではなかった

ミクニはただ心の中で彼の者が無事であれることを祈るしか出来ずに、湧きあがる怒りを抑える


「さて、俺は言われた通り解放をしたんだ」

「…エルシフル、戻って」

「……わかった」


快く受け入れる声ではなかったが、エルシフルは言葉通りにその場から姿を消し、ミクニは武器も共に消失させた

それを確認すると同時に、男が召喚していたセルシウスも空気に溶け込むように消えて、男の掌にあった匣にセルシウスの力が宿っていくのをミクニは捉える


(…あの石は、精霊の結晶?)


黒匣に似たモノに感じるが、兵らが使っている武器とは違っており、精霊の消失は感じられなかった


(あれが原因でセルシウスは従っているの?)


「武器まで自在に消すとは面白い…だがまずは、大人しく来てもらいましょうか」


丁寧な口調に戻した男に視線を合わすと、少しだけ息が荒いことに気づく


(…副作用、?)


その言葉が浮かぶ中、ミクニは半強制的に男の乗ってきた馬車へと乗せられた


「一緒の馬車に乗せるなんて、甘く見てるんだね」

「私に何かあれば、部下が子供を殺すまでです」

「そうだろうね」

「その余裕な顔は褒めてあげましょう。ですが、それもイル・ファンに着けばどうなるか見物です」


目前の相手の言葉など単なる戯言のように聞き流す

そのまま異国の地へと向かう馬車に揺られながら、ミクニは雪の景色を見送った



を利用し、成し遂げるために取り繕う



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