地霊小節の火句も終わろうとしており、ミクニがカン・バルクに帰還して1節程経っていた

イル・ファンへと向かう為に機会を窺っていたが、如何せん隙が見つからない

現にミクニは謁見の間の傍にある部屋にウィンガルと共にいさせられている

ウィンガルだけならまだいいが、謁見の間では民の言葉を聞き入れているガイアスと四象刃の1人ジャオがおり、プレザも城の中にいる

逃げ出す隙を狙っている素振りを見せないように心がけていたため、帰ってきた当初よりはマシにせよ、これでは抜け出し難い


(…せめて、ガイアスとウィンガルのどっちかが城にいなければ、抜け出せるのに)


最も監視が厳しく、手強い二人がどうにかして欠けてくれないかと思案していれば、謁見を終えたのかガイアスが現れた

彼はウィンガルと二人で話した後、ミクニへと目を向けた


「…これからある者が謁見へとやってくる。ウィンガルも同伴させる故に1人で待っていよ」

「1人で?」

「一つ言っておくが、くれぐれも変な真似はせぬことだ」


まさかの逃げ出す好機が訪れたかと思ったが、見抜いたようなガイアスの視線に渇いた笑みを浮かべてしまう


「…そんなに私は信用ならないの?」

「念を入れておくことにこしたことはない」


周到過ぎて困る、と内心呟けば、謁見の者が見えたと兵士がガイアス達を呼びに来た

ウィンガルを伴い、この部屋から消えるガイアスの背を見送ったミクニだったが数分経った頃にそっと廊下を覘く

兵士の姿はそれほどなかったが謁見の間とは違う道にいる


(…プレザが戻ってきたらあれだし…まずは謁見の様子を知ってからか)


自分を1人にしてまで会うべき者ならば、いつもより時間が掛るとは思うが、一応確かめておくべきだとミクニは謁見の間へと向かう

すぐに目的の扉が見えて、ミクニは気配を消して聞き耳を立てる

人の耳には小さくてよく聞こえないモノではあったが、始祖の隷長としての能力によりミクニには造作もなく聞こえてくる

耳を澄まし、すぐに終わらないようならこのまま抜け出す事を考えていたが、届く内容に意識が持っていかれた


「……どういう、こと…」


(なんで?)


「ミクニ?」


足元が冷えていく感覚に唖然としていれば、背後から呼ばれる

反応して振り向けば、プレザが立っていた


「貴方此処で…いえ。今はいいわ」


慌てた様子のプレザは、今は問わないと言い、ミクニが退いた扉を押しあけて中へと入っていった

彼女が何故そんなにも急いでいるのか気になったが、ミクニの足は後を追えずにいた

扉が開け放たれ、壁が無くなったことで声がよく聞こえてきたが、それ以上耳にするのをやめるように踵を返し、足早に戻る


(どうして、)


誰も居ない部屋に入り、しばし立ち尽くしていたミクニだったが、自分以外の気配が生まれたことで思考を浮上させる

視線を滑らして身体の向きを変えれば、謁見の間から戻ってきたガイアスが傍に寄って来ていた


「ガイアス」

「先程、ラ・シュガルがハ・ミルを襲い、村人を攫ったという連絡が入った」


普段の表情でいたミクニの眉が少し上がる

犀利な瞳の奥で燃える怒りの色を捉え、その意味を言葉にして問う


「戦争を、始めるの?」

「ああ…準備が整い次第、ラ・シュガルへと攻め込む」


戦争の空気が既に漂っていたことで、恐らくそれ程準備に時間は掛らないだろう


「俺はこれより戦争に向けて、各部族へ指揮をだす」

「そう…」

「何も言わぬのか?」

「言ったら何か変わる?戦争をやめる?」

「…民を手に掛けられた以上、許すことは出来ぬ」


ミクニ1人の言葉で変わるような問題ならば、口を出しただろう

争うべきでないのならば、諌める言葉を連ねただろう

けれど、民を手に掛けられた王に対して戦争を改めよと言えようか?

このまま黙っていれば、ア・ジュールの民が手に掛けられるだけなのだ、言えるわけがない


「…激しい戦になるだろう。その間ミクニ。お前はこの城で大人しくしていろ」

「やっぱ、そう言うんだね」

「お前が関わる必要はないことだからだ」

「………」


そう言われるのがわかっていたミクニは、表情を崩すことはなかった

動作も言葉も出さず、ただガイアスの瞳と交差させる

紅の奥を探る様に一心に見上げていたミクニだったが、意を決したように口を開く


「…一つだけ、いい?」

「なんだ?」

「…、死んではいけないよ?」

「俺は死にはせん」

「それなら、いいんだ。生きてくれるなら」


ガイアスの力も、その意志も知っている故にそれを問うつもりはなかったが、しっかりと彼の口から聞けた事でミクニは瞳を細めた後、背を向けた


(……ガイアス、)


部屋に戻る道を歩む中、扉を挟んで聞こえた言葉を想い出す

あの時聞こえたガイアスの声がミクニの心に小さな澱みを生まれさせていた


“マクスウェル。ラ・シュガルの研究所からカギを奪ったな?それをこちらに渡せ!”


恐らく、マクスウェルとはミラだろう

ならば、ガイアスと謁見していたのは、ラ・シュガルから指名手配をされているミラ達であり、カギとはクルスニクの槍を起動させるためのもの


(何故、あんな声をしていたの?)


自身の代りに精霊を解放するためにカギを必要にしているだけとはミクニには思えなかった

表情はわからなかった分、ガイアスが必要以上にカギを求めているような印象をあの声色から抱いてしまった


「…ガイアス、君は…」


だからこそ、本当ならば問うはずだった


―――クルスニクの槍をどうするのかを


「馬鹿みたい…どんな意味であれ、その前に私が破壊すればいいだけなのに」


生まれる疑心を拭うように言い聞かし、ミクニは首を小さく振ると目前に迫った戦争へと思考を変える


「戦争で使われる前に、私の手で片づける」


(戦争は止められないにせよ、あれだけでも…)

(そうすれば、少なくとも精霊は救われる)

(黒匣の驚異が人々を襲う事はない)


「それでクルスニクの槍による危機は去るのだから…」


(…そう、全部)


クルスニクの槍を己の手で消滅させるという目的以外を頭から消し去る

そうする事で、疑心の向こうにあるモノを遠ざけた



耳を塞ぎ、やかな崩壊の音に気付かないようにした



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