「愛らしいな」


久しぶりに見せられた反応に刺激されて、ガイアスがミクニの身体を引く

気づけば柔らかな感触の上にミクニは倒れ込んでおり、上を向けばガイアスが圧し掛かってきた

こうされることは予測していたとは言え、ミクニは眉を寄せる


「…何ですか…ガイアスさん…」

「わかっていよう」

「…ガイアスさん…落ち着きましょう」

「無理な相談だ」


危うい目をしたガイアスを諭そうとする言葉を出すが、それを無視して寝台に広がる髪へとガイアスが顔を埋めてくる

ガイアスの黒い髪が頬を撫でてきて、どうするべきかと冷静に考えようとしていれば、それを狂わす様に耳に息が掛る


「…っ……」


思わず身体が震えてしまい、その間にもガイアスの唇がなぞるように滑っていき下へと向かっていく

それがわかり、ミクニは咄嗟に手を動かそうとするが、その行動を読んでいたガイアスによって腕を封じられる


「何して…っ!?」


ガイアスに向けて慌てた声を向けるも、それを無視してガイアスが腕を捕捉していない指で胸元の止め具を器用に外していく

自身の肌が露わにされていき、その様をガイアスが見つめているのが見えて、恥ずかしくなった


(だから、こんな服嫌なのにっ)


心の内で悪態をついていれば、最後のボタンを外され、ミクニの豊かな胸の谷間が服から姿を出した


「ガイアス…っ」

「安心しろ」


(何を安心しろって言うの!?)


熱っぽいガイアスの視線を向けられ、その言葉を音に出来なくなる

そのままガイアスは露わになった鎖骨へと顔を寄せてきて、口付けを落としたのがわかった

ガイアスの息が肌を擽り、身体を疼かせる

その行為は一度で終わることなく、次には柔らかな胸の谷間へと向かった


「ん…っ!」


軽く舐められたと思えば、次には小さな電流が奔り、ミクニから声が漏れる


「何を、して…」

「今までの分だ」


己の白い肌に色付いた痕が出来ており、それをガイアスも確認すると違う箇所にも同じように痕を残そうとする

まるで会えなかった分の愛を刻むように赤い花を咲かせていくガイアスの行為に、ミクニは為すすべなく、神経を小さく反応させた


「…そんなところにしたら、見える…っ」

「抜け出した罰だと思え」

「ぅ…ッ……」


最後に見えやすい所へ一際強く痕を残すと、ガイアスが顔を上げる

自身の肌の至る所に赤い痕を散らされていることがわかり、ミクニは恥辱を受けている気分になり顔をむっとさせた

だが、それがまずかった

反抗的な視線に感づいたのか、痕を眺めていたガイアスの鋭い瞳と合い、呼吸を奪われる


「んっ…!……ぅん…、や…ぁ」


唇を塞がれた直後、すぐに生温かいものが口腔の中へと入ってこようとした

阻止する余裕もなく、呆気なく侵入を許してしまうと生き物のように犯されだし、逃げようとした舌を容易く絡め取られる


「…は…あっ…」


ガイアスの深い口付けに、甘い痺れが生まれ出し、力が抜けていく

このままでは溺れてしまいそうで、何とかしたくとも、まともに脳が働かない

それどころか、その刺激が女としての一面を呼び起こそうとしていた


「…ふ、ぁ……」

「…ミクニ」


気づくと麻痺させてくるガイアスの口付けから解放され、ミクニは甘い声を漏らし、酸素を求める


「…っはぁ……ガイア、…ス…」


この状態を招いた相手を乱れたままの息遣いで呼べば、それに答えるように身体を抱きすくめられる

圧し掛かっていた重みは消え、潤んだ瞳で探れば、紅とぶつかる


「誘っているのか?」

「…ちがう…っ」


馬鹿を言うな、と瞳を強めて否定するが、妖艶なガイアスの表情に思わず身体が固まり身構える


「心配せずとも、今日はこの辺でやめておく」

「当たり前だよ…!幾ら私でも、これ以上は…」

「これ以上続けられると折れてしまうか?」

「なっ…!それはない…っ!」

「ならばよかろう」


ミクニへの気持ちは変わらない事を示す様に、あれ以来ガイアスは毎日のように口付けをしてきた

最初は、それ自体に文句を言うつもりはなかったが、今回だけはそれに抵抗を示したくなった

長い事そういう行為から遠ざかっていたとは言え、長く生きてきた身である

それなのにたった32年という時間しか生きていないガイアスに翻弄されていた事実が出来てしまった


(…たかがキスなのに…)


「…もう、寝る…」


自分自身を罵りたくなり、さっさと寝てしまうことを決める


「だから…放して」

「何故だ?」

「寝にくい」


そのためにもガイアスの腕の中から抜け出そうとするが、いつもの如くガイアスは容易に聞き入れない


「我慢しろ」

「…ガイアス。偶には折れてよ」


別に寝にくいわけでもないが、一度くらいガイアスが折れてもいいと思う

いや、今までは私が寛大過ぎたのだ…まぁ、抵抗するのが面倒だったとも言うけど

兎に角、これくらいは折れてくれてもいいと思う


「……嫌か?」


心中でそう思いながら、目の前のガイアスに訴えていたミクニだったが、その声に思考が止まってしまう

気のせいなのか、微かにガイアスの瞳が切なげで、思わず心臓がどくりとする


「…嫌ではないけど……」


嫌と言えるわけもなく、そう零してしまえば、ガイアスの表情が和らいだ

いつもの鋭さはそこにはなくて、優しさが面に滲んできたように思える


「…ならば、このままでいさせてくれぬか?」

「……うん…」


見慣れないガイアスにミクニは思わず俯く


(…どうしたんだろ、ガイアス…)

(私がいない間に、何かあったのかな…?)


今、それを聞くことも出来ず、ミクニは小さく息をつくが、その際に自身の胸元に目がいってしまう


「っ……ガイアス!これ、……」


最後にこれに対しては一言文句を言っておこうと顔を上げるが、そこにあった光景に声を出すのを躊躇った


「…寝てるの?」


先程まで確かに起きていたはずのガイアスは、瞼を下ろしている

聞き耳を立てれば微かに寝息も届いて来て、眠りについている事を知らせる


(…疲れてた?)

(でもガイアスって、いつも執務なんて苦ではないっぽいけど)

(普通に夜中までしてるらしいし)


すぐに眠りに落ちるなんて余程の気苦労があったのだろう

けれど、ガイアスが執務如きでこれ程の疲れを感じるだろうか?

夜遅くまで執務をしている時もあるが、休息もとっているとは聞いている


「…もしかして…私を心配していて、とか…?」


(そんなわけないか)


まさか原因は自分だったりするかと一瞬思うが、すぐに否定する

けれど、ふと先程の行為を想い、ミクニはガイアスが印した痕に触れる

思えば、今までとは違い、強引さが増していて、少なからず苛立っていたのかもしれない


(…どうなんだろ…)


視線を持ち上げ、すぐ近くにあるガイアスを見るが、その理由を教えてもらえるわけもなく、ミクニは確かめるようにその顔を見つめた

改めてじっくり見てみれば、整った顔立ちだと今一度思う

薄い唇に、スッと通った鼻筋、瞼の向こうには真紅の瞳

凛々しい顔立ちに加え、逞しい体つきは申し分ない外見だろう

その上芯が強く、自分をしっかりと持った民を想う王


(…なんで、私なんだろう)


ガイアスであれば、見た目も、頭も、品格も、中身も、全てが完璧で素晴らしい女性なんて幾らでも現れてくれるだろう

だからこそ、何で自分なんて欲しがるのかミクニは不思議だった

ただ単に、ガイアスにとっての好みが自分だったのだろうか?


(それとも…獣が好きとか?一風変わった人が好きなのか?)

(確かに魔物に化けるなんて、普通は出来ないけど…)


まさかそういう趣向なのか、とどうでもいい事に頭を巡らせていれば、ガイアスの腕が強まり、ただでさえ近い距離がまた縮まる


「……ガイアスさん…」

「…ん……」


少しだけ手を動かせば、吐息に混じって色っぽい声が漏れてきて、意識してしまう


「ああ…もぅ…」


下手に動けなくなり、ミクニは再びガイアスの顔を観察する事にした


(…そう言えば、32歳だっけ?)

(うーん…見えないよね。ウィンガルと同じ年齢で可笑しくないし)

(それに…寝ていると、更に若く見える)

(きっと私の気のせいじゃないよね)


厳格さが薄れたガイアスは、年相応ではなく若く映ってしまい、ミクニはふと笑みを零してしまう


「……可愛い…」


気づけばそんな単語を呟いていた

きっと直接言えば、怪訝な表情をされるだろう

それでもガイアスの寝顔を見ていると、昔を重ねてしまって、胸が暖かくなる

その記憶は、ミクニがまだ子供であり、ミクニにとって大事だったユーリも小さかった頃のことだった

豊かな暮らしではなかったが、その代りに暖かいことが溢れていて、きっとあの頃の関係を続けられていたら、また違う人生であっただろう


(…あのままでいたら、今のようになっていなかったのかな)

(そしたら…此処にもいなくて)

(…ガイアスにも遇わなかったのかな…)


「…ガイアス……」


あの頃のままでいれたら良かったと思うのに、そう思うと心に侘しさが生まれる

その感覚が嫌でミクニはガイアスの身体に密着した

その行動は自身の心を揺るがすものだとわかっていたが、ミクニは離れる事が出来なかった


「……今だけは……いいよね…」


擦れる声を零し、縋る様に静かに眠りに落ちたままのガイアスに頬を寄せる



「………いまだけは……」



耳元で彼の寝息が聞こえる

その音に釣られるように、ミクニはゆっくりと瞼を下ろした


この一時だけは安息を許されることを願って…―――




甘い温もりを与えるは、奈落へと落とすためのもの



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