それ以上、惑いが進行するのを阻止するためにガイアスから顔を外す

王であるガイアスに幾ら言ったところで彼が自分を進んで行かせることはないだろう


「ガイアスが民を守りたい気持ち…よくわかった」


民を想う彼の心を否定しない

むしろ肯定さえするが、「行かない」ことを口にする訳にもいかず、ミクニは背を向けた


「クルスニクの槍のことをガイアスに話せたし、私は戻るね」


話すべきことを終えた事でミクニはガイアスの私室から立ち去ろうとするが、ふいに腕を力が加わる

何かと思い振り向けば、ガイアスが案の定ミクニの腕に捉えていた


「何処へ行く」

「は?…何処も何も、部屋に戻るって言ったんだけど…」


戻ると言えば部屋しかないと思うが、それを尋ねられて首を傾げて答える

けれど、ガイアスの手がそれで離れることはなく、ミクニは少なからず嫌な予感を感じた


「此処にいろ」

「…なんで?」

「また姿を消されてはかなわん」

「今日帰ってきて早々に消えないよ…それに、ガイアスとウィンガルがいる城を抜け出すほど、私も馬鹿じゃない」

「一度抜け出したのだ。お前の言葉は信じられん」


少なくとも今は、抜け出す意欲など微塵もない

ウィンガルにマナを貰ったとは言え、身体がマナを充実させろと訴えており、今は行動しようとは思わない

けれど、その事情を言えるわけもなく、腕を離そうとしないガイアスにミクニは困っている証拠に頬を掻く


「じゃぁ、せめてお風呂に行かせてよ」


こうなるとガイアスが折れないのは知っており、ミクニはとりあえず部屋を一度出る方法を考えて、風呂へ行く事を許してもらう


「…いいだろう。だが、それらは置いていけ」

「え?」


すんなりと承諾してくれた事に思わず内心喜ぼうとしたが、ガイアスが指差した物に目が行く

そこにあったのは、ミクニが愛用している剣と弓くらいしかなかった


「それを置いていけば、お前は必ず此処に戻ってくるだろう」

「そ、そんな……それじゃ、人質だよ!」

「嫌ならば、俺が共に入るが」


(目が本気だ…)


大事な相棒である武器を差し出すか、一緒に風呂に行く事を許すか

このまま逃げたくともしっかりと掴まれた腕にそうはいかず、ミクニは究極の選択の末に腰に掲げている弓をガイアスへと差し出した


「そっちもだ」

「ぅう…」


ガイアスとは言え、他人の手に渡してしまうことを心の中で「ごめんね」と呟き、明星を弓と同様に渡す


「浴室は俺のを使え」

「いや、でも服を取りに部屋に戻らないといけないし、いつもの所でいいよ」

「寝衣なら女官に準備をさせる…言っておくが、此処に戻らないようならばこの剣と弓は一生戻る事が叶わないと思え」


こうなれば明星達は明日取り返すことにしようとするが、死刑宣告に聞こえてしまうガイアスの言葉にミクニは最早固まるしかなかった







浴室から戻ってきたミクニは、ガイアスの視線にたじろいの様子を見せながら、その傍に置かれている相棒へと駆け寄る

そのまますぐに二つの武器を安全な飾りの中へと術式に変換して仕舞った

愛着ある彼らが戻った事に胸を撫で下ろすミクニだったが、肩に触れた力ではっとする


「お前もそのような格好をするのか」

「…女官の皆が持ってきたのがコレだったの…」


湯からあがってきた際に、彼女達が実に楽しそうな表情で衣服を見せてきたのが浮かんでは、ミクニは肩を落とす


「なるほどな……女官も中々気が利く」


小さく意味深な言葉をガイアスが零すと、身体が急に浮く


「っ、ちょ…!ガイアス…っ!?」

「なんだ?」

「なんだじゃなくて、下ろして…」


上着をぎゅっと握りしめて抵抗を出来ないのをいい事に、ガイアスがミクニを軽々と抱えていた


「やはり軽いな」

「…話聞いてる?」


明らかにミクニの言葉など無視をして、ガイアスはそのまま寝室である隣の部屋へと歩き出す

両手が塞がれていることなど苦にもせず、彼はそのまま扉を開けると自身の寝台へとミクニを下ろした


「上着を脱いだらどうだ?」

「…いやだ」


寝台の上で大人しくするわけにもいかず、ミクニはすぐさま立ち上がると毛布を一枚抜き取ろうとする


「何をしている?」

「寝床作り」


そのまま毛布を自分の身体を隠すように抱えると、ミクニは移動しようとした


「……此処で寝ればよい」


ガイアスの言葉にミクニはため息を吐く


「それは…ガイアスと一緒に寝ろと?」

「そうだ」

「…拒否権は…」

「ないな」


毛布を持っていた腕を引かれ、抱えていた毛布を落としてしまう

足元に落ちたそれを拾い上げようにも、ガイアスの視線にその行動を起こせない


「それも脱げ」


すでに疑問形でない言葉で、拒んだところでガイアスが無理にでも奪う事が予測でき、ミクニは渋々ながら上着を取ると、寝衣の姿になった


「…あんま見ないで」

「減るものではないであろう」

「そういう問題じゃなくて…」


女官達が持ってきたのは明らかにミクニの部屋にあるものではなかった

その上、よりにもよって渡されたのは白いワンピース状の清楚な感じのものだった


「…こういうの好きじゃない」

「だろうな」


(わかってるなら、せめて衣服を取りに行かせてくれればいいのに)


「だが、偶にはよかろう」

「よくない」


自分が困っているのを愉しんで言っているのかと思い、ミクニは眉を顰めた

それを気にするわけでもなく、ガイアスはミクニの腕を捉えていない手を徐に伸ばしてくる

いつものように頬へと向かってくるように見えたが、その指が違う場所に伸びた事でミクニは目を見開く


「何をしてるの…?」


するりと、何かが解ける

ゆるく纏めていた髪が解けた音だとすぐにわかった


「その方が似合う」

「はい?」


自身の髪を解いたガイアスに頭が追いつかないでいれば、ガイアスが肩に流れる髪を一房手に取る


「お前には、そのような姿もよいと言っている」


そのままミクニの髪を持ち上げると、ガイアスはその髪へと唇を寄せた


「っ――――…」


目前でされた思わぬ行為に、全身の熱が顔に集中していく


(…やられた…っ)


明らかな確信犯に、ミクニは慌ててしまいそうになる心を落ち着かせるしかなかった




振り回してくる悪戯に、魔さえ逃げ出していく



  |



top