表情は崩さないでいたが、ガイアスの足取りは何処となく急いでいた

一般の者はもちろん、城に仕える兵士とて易々と出入りできない場所の一つに向かう

帰還した折に、自身が不在の間の出来事を慌ただしく知らせに来た兵士が口にした言葉による悪い予感を抱きながら、その部屋の扉を開けた

いつもとは違い、整頓された部屋はもぬけの殻のようで、この部屋の人物は存在しない

そのままガイアスは物音一つない部屋へと入り、机の上に置かれた一通の手紙を見つける



《 ―――ガイアス達へ

精霊の異変を探るために旅に出ます

勝手に姿を消し、ガイアス達に迷惑を掛けているかもしれません

けれど、この世界の住人でないとは言え、精霊の消失を見過ごす事は出来ません

申し訳ありませんが、しばらく留守にさせてもらいます 》



拙く事務的に書かれた手紙を閉じ、ガイアスは息を吐く

ミクニが精霊の異変を探るために何かしらの行動を起こす事は予測できていた

だからこそ、自身が二・アケリアに行っている間、城の外へと続く道の警備を固めていた


(窓辺も警戒させておくべきだったか…)


兵士の話では、何者かが突如上空から降ってきて兵士を伸してしまったと言う

恐らくミクニが警備の薄い窓辺から飛び降り、屋根伝いにでも町へと降りたのだろう

自身と同じで人間離れした力を持つミクニなら造作もない事のはずだ


「陛下、やはりミクニは…」

「ああ。抜け出したようだ」


後を追ってきたウィンガルに手紙を渡す


「…何だこの文字は…だいたい、此処の字は……」


手紙に目を通す側近は、文字を教えた身としてまずはその文字の姿に不服そうにしていたが、すぐに内容を読み終えて顔をあげる


「…精霊の異変となると、イル・ファンに向かわれたと思われますが」

「それで間違いないであろう。精霊を感じ取り、ラ・シュガルへと渡ったはずだ」

「では、すぐにプレザ達に連絡しましょう」

「念のため、マクスウェルの方に潜り込ませているあの男にも伝えておけ。精霊の主ならば、ミクニが接触する可能性もある」

「御意に」


手紙をガイアスへと返し、ウィンガルは敵地に潜ませている同胞らへと指示を出しに向かう


「…ミクニ…」


手の内に戻った手紙を持ったまま部屋を見渡した後、ガイアスは主のいない部屋を後にした






ウィンガルに支障が出ない程度にマナを分け与えてもらいながら、雪国へと降り立った

時刻はすでに夜中であり、ウィンガルの胸から離れると一段と寒さが身にしみる


「帰還したことを陛下に伝えてこい」

「でも、遅いし…」

「陛下はお前と違い、この時間は起きておられる…それに」


(それに…?)


「…ウィンガルは行かないの?」

「俺はお前を迎えに行っている間に溜まった執務を片づける。お前の帰還の報告など、お前だけで十分だろう」

「……投げやり」

「…つべこべ言わずにさっさと行け!」

「ちょっとした冗談じゃない。睨まないでよ…1人で行くから。えっと、この時間だと…」

「陛下なら私室の方に居られるはずだ」


1人で行けとばかりにウィンガルは背を向けて執務室の方へと行ってしまう

通路に残されたミクニはポツリと佇んでいたが、王の私室がある奥へと向かう事にした


「相変わらずなことで…」


自身のことを知っている数少ない兵士と簡単な挨拶を交わし、ガイアスの私室に続く道を通してもらう

無駄に立派というわけではないが、王としての威厳を保つために此処は他に比べて一際厳格な印象を与える作りとなっていた


「―――…ガイアス」


声を張り上げなくとも静かな空間ではミクニの声が響いた


「入れ」


扉の向こうに来た事を伝えれば、重みのある声が扉の向こうから返ってくる

恐る恐る扉を開けて、差し込んだ部屋の光に誘われるようにミクニは入った

私室でも執務をしていたのだろう

男は机から立ち上がると、ミクニに向けて歩んだきた


「怪我はないか…?ミクニ」

「うん…ないよ」

「…そうか」

「あの…ガイアス。勝手に出ていって、ごめんね…でも私は…」


怒りは感じられなかったが、自身を気遣う言葉をくれるガイアスに目を伏せて謝罪を並べる


「よい。俺はお前が無事ならば、それで十分だ」


頬をガイアスに触れられ、促されるように面を上げれば、ガイアスの瞳とかち合いミクニは自身が見てきた事を告げる事にした


「…ガイアス、聞いてほしいことがある」

「なんだ?」

「イル・ファンに行って、精霊の消失の原因がわかったの」


微精霊の消失を辿って知った黒匣という兵器について、一国の王であるガイアスに話す

クルスニクの槍という黒匣がア・ジュールに向けて放たれる危険性を伝えた

その情報を伝えたところでガイアスは表情を変えることなく冷静であったが、彼が発した言葉にミクニは耳を疑った


「そうか…やはり知ってしまったのか…」


(知って、しまった…?)


その言葉が意味する事は、ガイアスがクルスニクの槍の存在を知っていたということ

ミクニは言葉を失うが、頭は冷静であった


(…そっか。ガイアスは知っていたのか)

(恐らく、プレザやアグリアが最近いなかったのも、黒匣を探らせていたからだろうね)


隠された事に怒りを抱くつもりはなかった

ア・ジュールに関わる事をわざわざ彼らが自身に話す義務などないのだ

ガイアスや四象刃にとって優先すべき事は、この国を守ることなのだから


「知っているなら、話は早い。ガイアス。私をイル・ファンへと行かせて」


率直に申し出て、凛とした眼差しでガイアスの視線と交差させながらミクニは続ける


「あれは精霊はもちろん、人のためにも破壊しないといけない」

「……あれは我らが処理する。お前が行く必要はない」

「確かにこのことはこの世界の問題かもしれない。でもね、」

「精霊と人を見守ってきたため、放っておけないとでも言うのか?」


元の世界でミクニが1人で背負っていた使命に似た理由を、ガイアスが代りに言う


「確かにそれもある。けど、それだけじゃない」

「………」

「クルスニクの槍には、四大精霊が掴まっていると聞いた。私は彼らを解放しなくちゃいけない……元の世界の手掛かりを見つけるためにも…」

「っ……」


四大精霊について驚いたのか、それとも元の世界について驚いているのか、ガイアスの瞳に驚きの色が見えた


「…だが、鍵がなければ四大を解放することは出来ん」

「黒匣を解析して、私の力でクルスニクの槍を強制的に起動できることはわかってる。だから鍵はなくても問題はない」

「確かに、マナに干渉する特異的なミクニの力があれば、鍵の代りになるかもしれん」

「だったら、」

「だからこそ、行かすわけにはいかん」


鍵がなくとも、自身の力があれば四大も解放でき、クルスニクの槍も破壊する事ができる

それはガイアスもわかっているはずなのに、彼は拒んだ


「それは……元の世界の手掛かりを手に入れさせないために、許さないの…?」


自身が傍にいることを望んでくる彼に拒む理由を問えば、ガイアスの視線が強くなり、口を開く


「それもあろう…だが、何よりもミクニの身を案じているからだ」

「……私の身を?…何を言ってるの?私の力は、知っているでしょ?」


ガイアスが知っているだけでも、ミクニの力は四象刃にも引けを取らない

それを知っていて心配していると言われても、単なる束縛の言葉にしか聞こえなかった


「そうだ…俺はお前の身に莫大のマナが秘められていることを知っている…つまりそれは、マナをエネルギーにするクルスニクの槍にとって貴重な動力源となるということだ」

「っ…―――」


始祖の隷長はマナの前駆体であるエアルを喰らい、そのエアルを体内で結晶化させる

それはマナも同じであり、マナを摂取し続けてきたミクニは体内に膨大なマナを秘めていた

その上、結晶化したマナ―――聖核は特殊な術式を刻めば、粒子状のままのマナと違い、半永久的に力を持続させる

聖核のことをガイアスは知らないにせよ、彼はその莫大なマナが狙われる事を危惧しているのだろう


「…それは、掴まったらの話でしょ?」

「捉えられない保証があるというのか?幾らお前が強くとも、俺はお前を行かせるわけにはいかん…お前はもちろん、我が民を守るためにも―――」


王としてア・ジュールの民を守っているガイアスの言葉にミクニは言葉を返せず、口を閉じる

自身を束縛するためだけに言っているのだと一瞬でも思った自分が恥ずかしい

長い時を一緒に過ごしたわけではないが、ガイアスは誰よりも民を想っていることを少なからずミクニとて知っていたはずだった


(そうだ。ガイアスは、民を想う王)

(なのに、私は…それを忘れてた)


「―――…わかってくれ。ミクニ」


民を想ってか、それともミクニを按じてか、ガイアスの瞳が慈しむように見つめてくる


「…ガイアス……」


たったそれだけで、自身の取るべき行動にミクニは惑ってしまう


その慈しみの向こうにある、もう一つの真意を知ることもなく…―――




揺れ動くを律する強さがあれば、傷つく事はなかった



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