「おかえりでしたか。ミクニさん」


紅茶とお菓子の甘い香りに包まれて、クレインがエリーゼとティポと共にいる

ローエンが彼らにお手製の紅茶を振る舞っているところだった

ミクニが帰ってきたことに気づき、クレインが笑顔で迎え、エリーゼがティポを連れて抱きついてきた


「おかえりです」

「もー、遅いんだからぁ」


胸に擦りついてくるティポを「こらこら」と言いつつ剥がし、腰に抱きついていたエリーゼの頭をいつものように撫でる

それにエリーゼは可愛らしい表情で見上げてきて、満足そうにミクニから離れた


「お帰りなさいませ、ミクニさん。お疲れでございましょう。すぐに準備をしますのでお座り下さい」

「気にしないで、ローエン。それに私…急なんだけど、すぐに帰らなければいけなくなったの」

「それは…」

「えー!それってどういうことなのさぁ、ミクニ君!?」


ミクニの手の中から抜け出し、ミクニの顔の前でティポが驚きの表情をすると、エリーゼの元へと戻る

ティポを抱いたエリーゼは、先程の嬉しそうな表情から一転していた


「ミクニ……いなくなっちゃうんですか?」

「うん。ごめんね」

「ですが、本当に急な話ですね。明日ではいけないのですか?」

「実は私、無断で旅に出てきてるの。それがばれたんだ」

「ばれたとは、ご家族にですか?」

「うーん…家族と言うか、身寄りのない私を住まわせてくれている人。保護者、かな?」

「それじゃぁ、ミクニ君は、エリーと一緒なの?」

「ミクニも、私と同じで家族いないんですか?」


ミクニがいなくなる事に沈んでいたエリーゼの顔があがる

その寂しげな瞳を向けられ、ミクニは首を振り、体を屈める


「違うよ。エリーゼにはティポがいるじゃない。それに…クレイン達は家族だよ。ね?」

「ええ。僕にとってエリーゼは家族です」

「ぼくはどうなのさー!クレイン君」

「もちろん、ティポも家族だよ」

「ほらね。エリーゼにとってもドロッセルにローエン、そしてクレインは友達であり、もう家族でしょ?」

「かぞく………けど、ミクニも大切なお友達です」


彼らがいるから1人ではないとエリーゼに言うが、それでもエリーゼにとってミクニがいなくなることは寂しいことだった


「ありがとう、エリーゼ」


自身がいなくなるだけでそんなにも寂しそうにしてくれるエリーゼに、ミクニは困ったような、でも嬉しそうに笑みを浮かべて、立ち上がる


「ですが、ミクニさん。今から旅立つにしても、準備が必要では?」

「大丈夫だよ、ローエン。峡谷に行く時に少なからず準備はしていたし」

「…体の方は、どうなんですか?僕のせいでミクニさんの体は、まだ本調子でないはずです…」


自身を助けるためにミクニが身を削っていたことを想い出しながらクレインは、辛そうに言う

あれから数日経ち毒の作用はなくなったが、日常的に取り込むマナを毒の除去に使っていたため、確かに体がマナ不足ではあった


「体ももう平気だよ。それに、クレインのせいじゃないって何度言えばいいのかな?」

「すみません。ですが、貴方には助けられたのは事実ですから」

「クレイン君、ミクニ君に帰ってほしくないんだよねぇ」

「ティポさん。余りクレイン様をからかわれてはいけませんよ」

「そうです!ティポ」


意地悪な笑みのティポの言葉にクレインが多少困り気になるが、すぐにいつもの柔らかな表情へと戻す


「そうだね。出来る事なら、もうしばらくミクニさんとお話をしたかった…けれど、僕には残念ながら貴方を引きとめる権利がありません」


ミクニの元へ寄ると、クレインは優しくミクニの手を取る

彼の行動にミクニが瞳を丸くしていれば、クレインはその表情に瞳を細めた


「約束してくれとは言いません。ただ、またミクニさんと会える事を願っています」

「…クレイン」


向けられる凛々しい視線に意識を囚われていたミクニだったが、言葉の代りに笑みを返す

自分の置かれている立場上、再びこの地に来れる保証がないミクニにとって、それが精一杯だった


「こーいうのを、せいしゅん、て言うんだよねー」

「せいしゅん、です」

「ほっほっほ。青春とは、いい響きなものです」

「あら?皆で何をやっているの?……お兄様!?」


二人の様子をさも楽しそうに会話をしていたローエン達だったが、入口の方から足音が届く

町を見回りに行っていたドロッセルが、ミクニの手を握る兄の姿に驚きの声を出した


「ミクニ、大丈夫?」

「まるで僕が何かをしたみたいじゃないか」

「だってお兄様ったら、ミクニの手を握っているもの。変に思うわ」


誠実であり、女性と執務以外ではほとんど関わりを持たない兄の行動を訝しみ、ドロッセルは兄からミクニを離させる

まるで危険視されている気分となるクレインと、ドロッセルの背に匿われたミクニは頬を掻いた


「ドロッセル。クレインは何もしてないよ。あれは別れの挨拶みたいなもので…」

「別れ?どういうこと、ミクニ?」


ミクニの言葉にドロッセルが振り向き、ミクニは先程クレイン達に話した通りに理由を口にする

それを聞くと、ドロッセルは「そんな…」と肩を落とした


「せっかくミクニと仲良しになれたのに…本当に明日ではダメなの?せめて、友情の証にミクニとお買いものに行きたいわ」

「困らせては駄目だよ。ドロッセル」


妹を宥めるようにクレインは視線を向けるが「誰のためだと思っているのかしら?」と小さな声で言われてしまう

その後ミクニは、外で待たせている者を怒らせてはならないと思い、クレイン達に別れを告げる

屋敷から出る事の出来ないクレインの代りにローエン達が町の入口まで見送りに来てくれそうになるが、その気持ちだけを受け取り、屋敷の入口でエリーゼ達に背を向けた


「お待たせ、ウィンガル」


屋敷からそれ程離れていないところで待っていた人へ駆け寄る


「………まさか、こんな所にいるとはな」


よく聞き取れない言葉を零すウィンガルを不審に思い見上げていれば、ようやく彼はこちらを向く


「どうしたの?ウィンガル」

「何でもない。さぁ、帰るぞ」

「うん」


追及することなく、ミクニはウィンガルの後を追ってバーミア峡谷へと続く街道へと出る

そのまま他の人が通りそうにない脇道へと入って行くと、見覚えのある獣の姿が目に入った

ワイバーンだ


「…ア・ジュールに向かう前に一つ聞く」


柔らかな毛並みを持つワイバーンの毛並みを撫でていたミクニは首を傾げて言葉を待つ


「何があった?」

「何って?」

「俺が知っているお前は、一介の兵士に隙を与える力量ではないはず。少なくとも、あのような失態は起こさないはずだ」


その金色の瞳が見抜くように見下ろしてくる

よく頭の回る彼の事だから、薄々自身が本来の調子でない事は気づいているのだろう


「それは…今、ちょっとマナが足りなくて」

「マナが足りないだと?余程のことがなければ、足りなくなりはしないはずだろう」

「うん、そうなんだけど…ちょっといろいろあって」

「手短に纏めて言え」

「えっと…ある人が死にかけて、助けるために力使うまでは良かったんだけど、その人の毒を自分に移し…て、……あの、ウィンガル…」


(…怒ってる?)


明らかに視線が痛いほどに突き刺さってきて、彼が苛立っているのが伝わってきた


「毒を…自分に取り込んだと言うのか…?」

「…うん」

「馬鹿か…」

「っな!仕方ないじゃない!そうしないとその人が死ぬんだから…」

「それでお前は、殺されかけたのだぞ…!」

「殺されはしないよ!怪我はしたとしても、」

「黙れ!!」


声を荒げたウィンガルによってミクニの声も動きも止められた

視線を逸らし、一瞬だけ苦々しく表情を歪めるとウィンガルはワイバーンの元へと行く


「…もういい。事情はわかった。早く乗れ」

「…うん」


彼を怒らしているとわかり、ミクニは気まずい中、ウィンガルの前へと乗った

空へ飛び立つ前にウィンガルに謝ろうとミクニは振り向こうとするが、その前に背後へと引き寄せられる


「っ―――ウィンガル…」

「陛下の前で倒れでもしたら敵わんからな。カン・バルクに着くまで休んでおけ」

「マナ…貰っていいの?」

「いつも奪うだろ」

「その言い方だと、私が無理に取ってるみたいじゃない!」

「似たようなものだ」


ちゃんと許可は取っている、と言い返そうとしたがその言葉を出す事をやめる

遠まわしだが、彼が自身を心配していてくれていることをミクニは察していた

これが彼なりの優しさなのだ


「無駄話はこれくらいにして、行くぞ」

「…あのね、ウィンガル」

「話なら後にしろ」


ワイバーンを飛翔させるためにウィンガルが手綱を握り、引いた

風が襲ってくる中、ミクニはウィンガルの胸に寄りかかりながら、彼を見上げる


「…ありがとう、ウィンガル」

「………」


風が落ち着く間際、素直ではなくとも気遣ってくれるウィンガルに感謝を告げる

ウィンガルが表情を向けてくれることはなかったが、僅かに彼の口元が緩んでくれたのをミクニは見逃さなかった




皮膚を通してれてくる温もりの意味を理解せず



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