風が吹く峡谷には、人気は感じられない

通常の道を歩むにはカラハ・シャールを通らなければいけないからかもしれないが、とりあえず周辺には王国の兵士は見えなかった

シャール家から1人で来ていたミクニが先へと行くと、岩肌に作られた空間が見えだす

魔物も少なく、ひっそりとした道を歩んでいけば、やはり人はいない

クレイン達を救出して、立ち去った後と何ら変わりなかった


「放棄したのかな…」


人からマナを奪い、精霊を捕捉する機械が置かれた空間には誰もいない

損傷してしまった機械を直すよりも、新しいのを作った方が早いためだろうか?

それとも、クルスニクの槍があれば事足りるからだろうか?

これを必要としていた人間がいないのでは理由などわかりはせず、ミクニは機械を見渡す

システムの制御を行う部分と思わしき場所を見つけると、そのままそこへと向かった


“ここのようだね”

「うん。とりあえず、解析をしてみる」


機械に向かいミクニは手を翳すと、術式を展開して確認しようとする

久しぶりのためか、この世界では通用しないのか、慣れていたはずの術式が上手く組み上がらない

その様子に落胆の色が出そうになったが、狂った機械のようなノイズが聞こえてくると、正常に術式が発動した


「出来たけど、これじゃ…」


術式が広がり、この機械の情報を出そうとするが、損傷をしているためか乱れが酷い

読み解くためにもミクニは少しずつ調節していく


「…よし…これなら、読める」


次第に情報の混乱が治まり、ミクニの世界の文字が並ぶ


“テルカ・リュミレースの文字だが、どうしてだ?”

「たぶん、術式がテルカ・リュミレースのモノだからだよ。古代ゲライオス文明に作られた機器も、古代語で表示されなかったし」

“そういえば、そうだったな”

「機械には文字という壁はないってことだよ。まぁ、術式紋は別だろうけど」


この世界の文字を習っているとはいえ、自身の世界の文字の方が慣れ親しんだ分、読みやすいのだから、ミクニには大助かりだった

ただでさえ、技術の情報は専門用語が溢れ、難しいのだから


「えっと…この時点じゃ、基本的なことか…もう少し展開して……」


詳しい情報を得るために、情報を更に解析する

雑音が小さく入りながらも、すぐに目前にデータが表示され、ミクニは口にしながら読み解いていく

言葉の意味を頭で理解していっていたが、ふと声が小さくなり、やんだ


“…どうした?”


没頭しているためと思ったが、少し様子が可笑しい事にエルシフルが気づく

術式によって表示された文字を食い入るように見ていたミクニは、少し時間を置くと、口を動かした


「これ……やっぱり魔導器に似てる」

“魔導器に?”

「うん。しかも、ヘルメス式の方にね…」


精霊が誕生した事で、失われた魔導器の術式に確かに似ており、その中でもヘルメス式に近かった

その事柄からミクニは、目の前の機器が起動していた時に感じた違和感を思い起こす


(まさかと思ったけど、その通りなんて)


初めてこの機械を目の前にした時、始祖の隷長としての性が魔導器の感覚を知らせてきていた


「ヘルメス式の魔導器に似ているとすれば、この石は…」

“やはり、魔核に類するもの…”


正確には魔核とは言えないが、エアル、マナ、もしくは…精霊の力が結晶化したモノだと、掌の石を判断する

マナがあり、精霊が存在する世界リーゼ・マクシア

魔核に似たものがあっても驚く事ではない


「魔核に似たものがあり、それを基に技術が発展していれば、技術も似る…けど」

“ヘルメス式まで似るのが気がかりなのだね?”

「うん。まったく可能性がないわけじゃないんだけどね。いろいろと不審な点があるんだ…」


ア・ジュールで生活していた際に、黒匣は見る事も聞く事もなかった

どれも精霊術を基に発展した技術であり、黒匣の様子は一つもなかった

クレイン達の様子からも、黒匣は一般的な技術ではない事はわかる

新たな技術、と片づければいいのかもしれないが、新たな技術が急にこれ程までに成長した形で現れるだろうか?

どのような技術も、数回の段階を踏む

ラ・シュガル王がア・ジュールに情報を漏らさないようにしていたと考える事も出来るが…


「……まるで、ずっと昔からあった技術みたい」


口にした言葉により、頭であらゆることが巡る


精霊、魔核、マナ、魔導器、黒匣、ヘルメス式、教会の文字


そして、マクスウェルと名乗ったミラ


情報が増えていく度に、事実が鮮明になるどころか不確かになっていく


“今は、この技術の真相を考えるのはやめよう”

「そうだね。とりあえずはヘルメス式に似ているのなら、クルスニクの槍から四大を解放するのも何とかなるだろうし」


(マナと精霊を取り込むヘルメス式の魔導器に似た黒匣)

(ならば、マナに干渉できるリゾマータの公式を持つ明星と私の力があれば、可能なはず)


必要な情報を得られたミクニは術式を閉じると、町へと戻るために踵を返す

黒匣が設置された空間から外へと出ると、風が頬を撫でてきた


「…………誰?」


風が嫌な空気を運んで来て、ミクニの視線が鋭くなる


「大人しくしろ!」


機械の音が鳴ると、岩陰から武装した者が現れた

1人ではなくミクニを取り囲むように数人いる


「何なの?貴方達…ラ・シュガルの兵士?」


彼らの格好はラ・シュガルの兵士の格好ではなかったが、その手に持つ武器は先程見ていた黒匣から発する類と似ていた


「状況がわかっていないようだな」


答える義理はないとばかりに、1人がミクニの傍にある岩へと向けて黒匣による精霊術を放つ

それにより微精霊が消失するのがわかり、ミクニは地を蹴り相手へと向かった

素早い動きに相手が反応を出来ないでいれば、ミクニが一瞬で刃を引き抜き、武器を両断する


「っ、五体満足でなくてもいい!命があれば構わないとの御命令だ!!」


隊長格と思われる男の言葉で次々と攻撃が向かってくる

その攻撃を難なく避けていき、巻き起こる土煙りを利用して敵の視界に入り込み、刃を振りかざす

致命傷を避けようと努力しながら、敵の勢力を削いでいくミクニだったが、背後に迫っていた伏兵に反応するのが遅れた


「っ―――…!」


すぐに体制を変え、その攻撃を緩和しようとしたが、それは無意味に終わった

振り向く最中、ミクニの瞳が赤を捉える


「がはっ…!!」


相手が突然、血を吐きながら地へと落ちた

何が起こったのか理解しようとすると、ミクニは赤い血が飛び散る向こうに黒い影を見つける

その影は止まることなく、次々とミクニを狙っていた敵の命を葬りさっていった


「…なんで…此処に」


最後の敵を斬り落とし、刃についた血糊を払うと、その人は鞘に剣を仕舞いミクニへと体を向けた


「隙が多いぞ。お前の腕前を認めていたが、認識を改める必要があるようだな。ミクニ」

「…ウィンガル」


ミクニが視線を送る相手は、紛れもなくガイアスの側近であるウィンガルだった

けれど、此処はア・ジュールの領地ではなく、敵国ラ・シュガルの地

この地で会ったのは、単なる偶然でないことは容易にわかる


「ガイアスの命令?」

「わかっているならば、すぐに帰るぞ」


刃を納めたことで空いた右腕を掴まれ、そのまま連れて行かれそうになった


「待って!私には、まだすることがあるの!」

「…陛下にこれ以上迷惑を掛ける気か?お前は陛下に保護をされている身だ」

「直接言わずに出てきたのは悪いと思ってる!けど、そうでもしてラ・シュガルに行かなければいけない事だったの!それに、ア・ジュールにも関わる事かも知れないんだよ!」


ウィンガルに訴えるために声を張り上げるが、彼の表情は少しも変わりはしない


「ラ・シュガルの王様は、クルスニクの槍という兵器を持ってるの!それは、危険な代物で、きっとア・ジュールに矛先が向けられる…だから私、それを壊しに行かないといけないんだよ」


さすがにその内容には驚いたのか、ウィンガルの眉が上がった

その驚異を理解してくれたのだと思ったミクニは言葉を続けようとしたが、ウィンガルによって阻まれる


「だから何だと言う?」

「っ…何って…」

「俺は今、陛下よりお前を連れて帰るようにという命を受けている」


ウィンガルの力が強引にミクニの足を進めさせる


「ウィンガル!」

「……」

「このまま帰るなんてっ…それに、カラハ・シャールでお世話になっている人たちがいるのに急に帰ることは、でき―――っ」


帰る事を拒んでいれば、力任せに引っ張られ、距離を近づけられる

見上げると、ウィンガルが鋭い視線で見下ろしてきて、彼は近くに転がる息絶えた者へと目をやった


「あれがお前を狙ってきたのは理解できるだろう?」


ウィンガルの視線を辿るようにミクニも自分を襲ってきた相手を見る

自分を狙ったのはわかるが、理由は知らない

あるとすれば、峡谷の件だろうか?


「恐らくラ・シュガルの差し向けだ。お前のことが漏れたのかもしれない」

「けど私、変わったことなんてしてないはずだよ」

「…だが狙われているのは事実だ。理由はどのようなものにしろな……狙われているとわかった以上、お前には俺と帰ってもらう」

「だけど、」

「それとも、その世話になっている者達も巻き込みたいのか?」


そう言われてしまえば、言葉はそれ以上出ず、ミクニは首を振る

ナハティガル王に反旗を翻そうとしているクレインとは言え、無駄な負担をかけるわけにはいかない

どのような理由にしろ、自分が狙われているのならば、ウィンガルの言うとおりラ・シュガルから離れるべきであるのはミクニも理解した


(それに、要塞は突破することは難しい)

(ならば後は、ア・ジュール側からイル・ファンに向かうしかない)

(黒匣の情報も手に入れたことだし…)


「……わかった。ウィンガルと帰るよ。けど、別れは告げさせて」


抵抗をやめ素直に頷けば、腕を捉えていたウィンガルの力が緩む


「いいだろう」


承諾を示すウィンガルと共に、ミクニはア・ジュールへと帰還する事となった



断片的な情報では、海が晴れるのはまだ遠く



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