ミラとジュードが旅立ち、昨夜から姿を消したアルヴィンは帰ってこなかった

ジュードの話では、彼は次の雇い主が見つかったらしく、どうやらそのまま行ってしまったらしい

ドロッセルは意識の戻っていない兄のために屋敷に戻った早々に仕事に追われ、ローエンも彼女の手伝いへと向かった

屋敷は慌ただしいように思えたが、ずいぶんと静かに感じる

一度クレインの元へと向かおうとミクニは考えていたが、隣の存在に足が進まない


「エリーゼ」


すっかり元気を失くした少女に声を掛ければ、彼女はミクニを見上げる


「寂しい?」

「大丈夫です…ドロッセルとローエンがいます…」

「でも、二人ともどっか行っちゃってつまらないよー!」


エリーゼが何故ジュードらと行動していたのかは、少しだけ聞いていた

何でも村の者に苛まれていた所をジュードに助けられたらしく、それ以来行動を共にしていたらしい

元々ジュードは、彼女を引き取ってくれる所を捜していたようだが、彼らに置いていかれることになったエリーゼは少しばかり寂しいようだった


「だからミクニ君が遊んでよー」

「うーん…そうだね」

「…嫌ですか?」

「嫌じゃないよ。ただ、クレインの様子を見るから、部屋で出来ることね」


遊ぶことを受け入れれば、エリーゼとティポの表情が明るくなる

そのまま二人は部屋から絵本を抱えてくると、ミクニと共にクレインの元へと歩んだ


「ドロッセル君のお兄さん、目を覚まさないねー」

「早く目を覚まして欲しいです」

「そうだね」


安らぎを見せるようになったクレインの顔をエリーゼとティポが覗きこみ、その二人の頭にミクニが手を置けば二人の視線が向く


「クレインが早く気づくように、三人でお話をしてあげようか」

「お話ですか?」

「そう。声は聞こえなくてもね、想いは届くんだよ。その想いがきっとクレインの目を覚ましてくれるから」

「わかりました!私、ドロッセルのお兄さんにこのお話を読んであげます!」

「ぼくもたくさんお話をしてあげるー!」


友達であるドロッセルのためにも、クレインに言葉を掛けると意気込む兄弟のように仲の良い二人の姿にミクニは優しく笑む


「それじゃ、読みますね」

「エリーのお話、静かに聞かないとダメだよー、ミクニ君」

「ティポがじゃないの?」

「失礼だなー、ミクニ君」

「ふふ…それじゃ、エリーゼお願いね」

「は、はい!頑張ります!」


絵本を広げ一生懸命に御話を読もうと意気込むエリーゼに拍手を送れば、エリーゼは舞台に立たされたように緊張しながらも読みだした

その話の内容をしばらく大人しく聞いていたティポだったが、体を横に揺らしながら話し始める


「何だか、ミクニ君とドロッセル君のお兄さんみたいだねー」

「確かにそうです!」

「え?なんで?」

「だってミクニは、ドロッセルのお兄さんを毒から助けたって聞きました」

「ミクニ君が王子様でー、ドロッセル君のお兄さんがお姫様ー!」

「なるほどね。ただ普通は立ち位置が違うけど」


性別が逆だが、自分とクレインを主役に当て嵌める二人に子供らしいなと思い、ミクニは笑い声を漏らす

それからも二人は本の主役をミクニとクレインに重ねながら楽し気に話し、ミクニはその様子を微笑ましいとばかりに見守った






空気が肺へと入り込み、感覚が鮮明になりだす

重い瞼を持ち上げていく中、指先から何かを感じ、何らかの感触を捉える

ゆっくりと視線をずらすと、人がいた


「……、ミクニ、さん…?」


誰なのかわからず、その寝顔から最後に見た女(ひと)の表情を想い出す

空白だった脳が、次第に現状を理解しだし、クレインはすぐに体を起こす衝動に駆られるが、彼女の寝顔に躊躇した


(何故、彼女が此処に?)

(何故、僕の部屋で寝て…、)


自身の身に降りかかった事が浮かんでくる

左胸を射抜かれ、体を蝕まれ始めた時に自身を助けようとしたミクニの行為が僅かに残っていた


(まさか、僕の看病をしてくれていたんだろうか?)

(…あれから一体、どれくらいの時間が経っているんだ?)

(もしかしたら、数日経っているかもしれない)


いますぐに確かめないといけないと思うが、ベッドの脇で寝息を立てるミクニに行動を起こせられなかった


「……ミクニさん…」


小さく名を呼んでみるが、彼女は反応を示すことなくいる

その姿を少しの間クレインは見守っていたが、指先に掛る柔らかな髪を静かに動かし、その髪の感触を確かめてみた


「……ん…」

「っ……―――」


小さな声が漏れ、睫毛が揺れる

それに思わずクレインの指先が止まり、直後、二人の視線が交わった


「………」

「…………」

「……クレ、イ…ン…クレ……クレインっ!」


驚いたとばかりに瞳を開けるとミクニは飛び起きる


「目が覚めたの!?」

「え、ええ…あの、ミクニさんは、」

「あっ…ごめんね。つい眠くて…」

「いえ、そうではなくて、…ずっと僕の傍にいたんですか?」

「そうだったら凄いんだけどね。さすがに体力が持たないから」


違うよ、と首を振るミクニだったが、それでも彼女が自分を看病してくれていたのがわかった


「ですが看病をしてもらっていたんですね。ありがとうございます」

「気にしないで。それより、ローエンとドロッセルを呼びに行ってくるから待ってて!」

「ミクニさん!…行ってしまった…」


呼びとめる前に部屋を飛び出したミクニに、見かけによらず慌てる面もあるのだという印象を受け、残されたクレインは笑みを浮かべる

しばらくすると、1人だけでない足音が届き、普段屋敷では聞こえないその騒音が此処に来るのを待つ

勢いよく扉が開け放たれると、いつもは穏やかに振る舞うローエンと唯一の肉親である妹のドロッセルが現れた


「…旦那、様…」

「すまない、ローエン。迷惑を掛けたようだね」

「とんでもございません…」

「…ドロッセルにも心配を掛けたね」


クレインの声を聞き、全ての肩の荷が下りたようにローエンは胸を撫で下ろす

その後クレインは、言葉を失っている妹へと視線を動かし、頬笑みを向けた


「―――っ…お兄様!」

「っ―――ドロッセル…」


幼い頃のようにドロッセルが飛びついて来て、それほどまでに心配をさせていたのだと知る


「良かったです」

「ドロッセル君はお兄さんが大好きなんだねー!」

「ごめんなさい!私ったら…お兄様が目を覚ましてくれたのが、嬉しくて…」


ミクニと共に入って来たエリーゼとティポがドロッセルの姿に自身のことのように喜べば、ドロッセルは恥ずかしそうに体を離した

その後、クレインはこの数日間に何が起こったのか簡単に耳にし、こうしてはいられないと体を起こそうとするが、ローエンに止められる


「旦那様は、しばらく休息をお取り下さい」

「そうだよ、クレイン。それに、当分の間はクレインが無事だということは伏せておいたほうがいいよ。ねぇ、ローエン?」

「ええ。クレイン様の無事がナハティガル王に知られれば、またこのような事が起こるかもしれません」

「だが、執務が…」

「それなら、私がやるわ!お兄様のように出来ないかもしれないけれど、私頑張ってお兄様の代りを務めるから…」

「ドロッセル…」


今まで領主としての仕事など手伝わしたことのないドロッセルの言葉に驚く

その瞳は真剣そのものであり、そこに秘められた想いが伝わってくる


「お嬢様は旦那様同様に町のことを常日頃から考えられておりました。最初は躓く事もありますでしょうが、きっと旦那様の代りを果たしてくれると私は思います」

「それにクレインがドロッセルに色々と助言をしてあげればいいと思うよ。屋敷内で出来る事はクレインがすればいいし。むしろ、いい機会なんじゃない?」

「ええ!それなら、いいでしょ?お兄様」


屋敷内で出来る範囲の仕事はクレインが行い、外へ出なければいけない仕事はドロッセルが行う

確かにそれならば、クレインの生存も当分は外部に漏れる事もなく、ドロッセルの負担も少ない


(隠れるようで余り気分のいいものではないが)

(今は、様子をみるべきか…それにゴーレムが起動したならば、こちらからは手は出せない)

(何よりも町を守るのが領主としての僕の使命だ)


「わかった。町の者には悪いが、当分は僕が生きていることは伏せていてくれ」

「予め、ローエンと偽の葬儀は出していたから問題はないよ。クレインが外に出なければ当分の間はね」

「ということは、僕は死人か…」


ローエンとミクニの手際の良さに苦笑いを浮かべたが、クレインは両親が守ってきたカラハ・シャールを守るために承諾する


「少しの辛抱よ、お兄様」

「ああ、わかっているよ。けれどその代わりに、ドロッセル」

「何?お兄様」

「一緒に町を守っていってくれるかい?」

「っ――――もちろんよ!」


手を取り合う兄妹にローエン達が笑みを零し、ミクニはその光景が少しばかり眩しそうに瞳を細めた




羨んだ処で、千切れたは結びなおされないのに



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