ミラが目を覚ましたのは、彼女が足を損傷した翌日の陽が傾いた頃だった

けれど、彼女の足は最早動かなくなっており、その事実を知ってドロッセル達は暗い顔をしていた


「…ミクニだけど、入ってもいい?」

「ミクニか。構わんぞ」


扉を開ければ、ミラがベッドに横たわることなく腰かけていた

彼女と二人っきりになるように扉を閉めたミクニは、傍の椅子に腰かけるとミラを見る


「ジュード君と何かあった?」

「反対されただけだ」

「反対?」

「私がイル・ファンへ行くと言ったらな、怒ってしまったのだ」


ミラの部屋から飛び出してきたジュードは、心を痛めていると言うよりも、何処か遣る瀬無い感じだった

ミラと何かあったのかと思い聞いてみれば、彼女は気にした様子もなく、ジュードとのやり取りを話しだす


「…なるほどね。そんな姿になっても行こうとするから、ジュード君あんな思い詰めた表情してたんだ」

「これは私の問題だ。ジュードが気にする事ではないはず」


足が動かなくなった事で悲痛な色を見せるどころか平然としている彼女は、自分の問題であり他人が決める事ではないと言う

確かにそうだが、ミラの言葉は大人過ぎて、まだ若いジュードにはわからないものだろう


「確かにそうだね…でも、君は何でそこまでイル・ファンに行きたいの?」

「私の使命だからだ」

「使命?」

「そうだ。私はイル・ファンにある黒匣を壊さなければならない」

「黒匣…?それって、峡谷にあったのと同じもの?」

「…ミクニは知っていると思っていたが、知らないのか」

「どうして?」

「君はある目的であそこを探っていたとジュードに聞いた。微精霊の解放など普通出来る事ではない。だからミクニの目的は、最初からあの黒匣が目的だったのではないかと思ってな」


微精霊の解放など単なる旅人が出来る事ではない事から、ミラはそう判断した

中々鋭いミラにミクニは、どのように隠すか考えることなく素直に頷く

元々、同じ目的を持つであろうミラに話を聞くために部屋に来たのだ


「私は精霊に悪影響の原因を探って、峡谷に辿り着いたの」

「それが黒匣だったというわけだな。だが、何故ミクニは精霊のために行動をする?精霊を大事だとも言っていたが…」

「精霊が大事って可笑しいかな?」

「いや、喜ばしい事だ。精霊のために人があのように無茶をするなど滅多にいないからな……」


微精霊を解放する時の行動を言っているのだろう

精霊を守ってくれた事が嬉しいのか、ミラは瞳を一瞬細めた


「ミラも精霊が大事なの?」

「ああ…精霊はもちろんだが、私は人と精霊を守らなければならない」

「守る…?なんで?」


何故、人である彼女がそう言うのかわからずに聞けば、ミラは強い意志を秘めた瞳をミクニに向ける


「それが私の―――マクスウェルとしての使命だからだ」


(え?…マクス、…ウェル…?)


精霊の主と言われる名を口にされ、ミクニの思考は固まった

自分の旅の目的である存在が目の前の人物だと言われたのだ


「…精霊の主、マクスウェルのこと?」

「そうだ」

「でも…人間だよね?」

「うむ。人間の世界で過ごせるように体を創ったからな」


(いや、ちょっ…待って)

(ミラがあのマクスウェル?)


頭が痛いとばかりに頭に手をやり、少し整理する

自身の世界とこの世界の関わりを知るために捜していた大精霊の1人、しかも精霊の主と言われているマクスウェル

それが予想にしなかった形で出会ってしまった


「けど、マクスウェルってこと堂々と言う?」

「事実なのだ。隠しても仕方ないだろう」

「…そうだけどね」

「信じられないのなら、別に構わないが」

「何か、証拠とかはある?」

「証拠か?生憎、四大を失った今の私には、マクスウェルとしての力はない」


四大とは、火・水・土・風の大精霊達のことだろう

マクスウェルの力は、4つの属性の元に成り立っており、根本的な力

けれど、四大を失っただけではマクスウェルの力がなくなるとは思えない

少なくとも、ミクニの世界に存在するマクスウェルはそうだった


(…ミラが嘘をついているとは思えないし)

(人間だから、本来の力がないだけなのかな…?)

(それに…世界を守る存在にしては―――)


「わかった。ミラがマクスウェルと言うこと信じるよ」

「そうか」

「ただ…一つ聞いて言い?」

「なんだ?」

「…ミラは、私のことを…知ってる?」

「どういう事だ?」

「いや、ちょっとした冗談。ごめんね」


意味がわからないという表情のミラに気にしないでと言う


(わかっていたことだけど、ミラが本当にマクスウェルならば、この世界は異世界ということになる)


同じ世界ということならば、大精霊が自身を覚えていると思った

喩え、当時の彼らが死んで、新たなる存在となっていても記憶は受け継がれるのだから


(…私を忘れている可能性もあるけど…)

(幾ら生まれ変わるからって、あのマクスウェルがミラみたいな美人になるわけがないか)


ミクニが知っているマクスウェルは、ミラとは雲泥の差があった

当時のマクスウェルは、世界を守るために動きはするが、わざわざ人間になるような性格じゃない

マクスウェルが地上に姿を出す時は、エルシフルのようにミクニを通じてだった


(…教会の文字は単なる偶然、とも考えられるけど…)


異世界とは言え、言葉が通じるのなら、文字が同じでも可笑しいことではない

同じ世界という線が浮上していたミクニだったが、ミラがマクスウェルということから、その線を少し薄れさせた


「それで、ミラの使命は世界を守る事で…その足でもイル・ファンに行くんだよね?」

「ああ。私は、何としてでもクルスニクの槍を破壊する」

「クルスニクの槍…それがイル・ファンにある黒匣?」

「うむ。あれは、峡谷のとは比べ物にならない力を持っている…四大達を捉えるほどのな」


微精霊だけでなく四大を捉える力という事に、ミクニは瞳を見開く

大精霊の力は並みのモノではない

この世界のあらゆる部分を司る存在


「待って。それじゃ、そのクルスニクの槍には、四大の力が備わっているの!?」

「そうなるな」


微精霊であれ程の力を生み出したというのに、大精霊を四体も捉えている事柄にミクニは思わず声を上げる


(それを、この国の王が持っている?)


それがどういう意味なのか考えていくと、嫌な感覚が襲ってきた

緊迫したこの世界の二国は、少しでも間違えれば戦争が起こりそうな空気であることを想い出す


「もしも…戦争になったら」

「…恐らくなるだろうな。ナハティガルは、ア・ジュールを平らげると言っていた。そのためにもクルスニクの槍を創ったのだろう」


ア・ジュールを平らげる

それはつまり、ア・ジュールの王を退け、己の領地にすること


(―――ガイアス…ッ)


彼の王が脳裏に過り、ミクニは唇を噛みしめる


「どうした、ミクニ?」

「ごめん…何でもないんだ。ミラ、話を聞かせてくれてありがとう」

「いや。私もミクニと話せてよかった」


ミラに背を向けてミクニは部屋を出て、彼女との会話で浮かび上がったことを考える


「…クルスニクの槍…」


戦争になる前に何としても破壊しなければならない

精霊を、人を、彼らを、ガイアス達を守るためにも

そのためにも同じ目的を持つミラと行動するべきかと一瞬考えるが、すぐにその考えはやめた

彼女の強い意志は、是が非でもこの世界を守ろうとするだろう

喩え足が動かないとしても、這いずってでも目的を果たす、それ程に強い

けど、それ故に危ういという印象を受けた


(あのままいけばミラは…死んでしまう)


強い意志を持っていたが、それは死に飛び込むモノであった

世界を守るために死を受け入れているなんて可笑しい

精霊は死んでも新たなる存在として甦るが、すぐに甦るわけではない

今の彼女はクルスニクの槍を破壊しなければいけないはずなのに、何故、死へ飛び込む様な真似をしているのだろうか

その矛盾した行動はミクニには不可解なものに映った



そしてその不可解は、彼女は本当に世界を守るべき“マクスウェル”なのかという疑問を僅かに生じさせていた



強き意志が、求めた存在への不審をかせる



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