部屋の外が騒がしくなっていた

身体を休めるように閉じていた瞼を持ち上げるとジュードが部屋に飛び込んでくる


「ジュード君、帰って、」

「ミラを、ミラを助けて!!」


蒼白した面持ちでジュードはミクニの手を引く

突然の行動に訝しむ間もなく、ミクニは体を引っ張られる

そのままジュードに連れられて、広間へと行くと攫われたドロッセルとエリーゼがいた

けれど、何かが可笑しく、その原因はすぐにわかった


「…ミラ…?」

「お願いミクニ!クレインさんみたいにミラを治して!!」


アルヴィンに抱えられた女性が視界に入り、その足に釘付けになる

血は止まっているようだったが、皮膚は爛れて赤黒く染まり、原形を僅かにとどめているだけだった

縋ってくるジュードの声に答えることはせず、ミラの足に意識を集中しようとする


「っ…く…―――」


“とうに体が限界なのはわかっているだろう。それに神経が既に死んでいる。あれほどの状態を完治させるのでさえ、負担が大きい。神経を戻すことなど、ミクニの身体への影響が大き過ぎる”


胸が圧迫されて神経が痛むと、脳にエルシフルの声が流れてくる

彼の言うとおり、最早あの状態では元のように歩ける状態に戻すのは無理そうだった


“…ミクニ。今回ばかりは私は力を貸せない。私はミクニの体が何よりも心配なのだから”


この状態ではミクニの体に支障をきたすと判断し、エルシフルは召喚される事を拒む


「…ごめん。私には無理だよ…」

「そんな…っ!けど、このままじゃ!」

「やめろ、ジュード…!ミクニの顔色をよく見てみろ。お前、死なせる気か?」


ミラに翳していた手を無気力に下ろせば、ジュードが辛そうに声を出す

その姿に顔を顰めれば、アルヴィンがジュードを止めた


「それにじいさんが医者を連れて来てくれる。後は、専門の医者に任せた方がいいだろう」

「…ごめん、ミクニ。僕…」

「ミラが大事なんだね」


あのような状態を見て、取り乱さない方が可笑しい

その後、アルヴィンと共にジュードはミラを寝室へと連れて行き、その入れ違いにローエンが医者らしき人を連れて屋敷へと戻って来た


「…ドロッセルとエリーゼは、平気?」

「私達は平気です…」

「ミラ……」

「うえーん!!ミクニ君、怖かったよー!!何で助けに来てくれなかったのさー!」

「ごめんね」


怪我はないようだが、二人の面持ちはよくない

ドロッセルは本来なら戦いとは無縁であっても可笑しくない身であり、エリーゼとてまだ子供だ

ミラの無残な姿にかなり堪えているのだろう

ミクニは優しくエリーゼの頭を撫で、ティポに謝る


「…あの、ミクニ…お兄様は…?」

「まだ意識は戻らないけど、大丈夫。良かったら会ってあげて」

「っ……はい」


アルヴィンが戻ってきたためエリーゼを彼に任して、ミクニはドロッセルと共に広間を後にして、クレインの部屋へと入る

先にミクニが行けば、ドロッセルが扉の前で立ち尽くす


「ドロッセル」


彼女の元へと歩み、その手を握ると、ミクニは彼女をクレインの元へと誘導した


「…っ…お兄様…」


気丈であろうとしたドロッセルだったが、クレインの姿を見た途端声を震わせて兄を呼ぶ

その声に釣られて彼女の表情を見れば、ドロッセルは口に手を当てていた


「…連れ去られた時に、聞いていたのに…お兄様が、殺されたって…その時は、平気だったのに…っ…なんで…」

「ドロッセル…」


次第に声が小さくなり、嗚咽が混じる

ドロッセルの瞳が濡れていき、頬に涙が走り出す

それを彼女は必死に止めようとしており、ミクニはただ優しく彼女を呼んだ


「ミクニ…っ…」

「――――…うん」


我慢できなくなったようにドロッセルが抱きついて来て、ミクニは一瞬驚くが、静かにその背に腕を回す


「…お兄様、目を覚ますっ…?」

「うん。絶対、目を覚ます」

「…お兄様…私を独りに、…」

「大丈夫。クレインはドロッセルを独りにしない」

「…私、お兄様がいないと…っ、」


自身の肩で涙を流す子をあやす様に頭を撫でて、耳元で今一度言う


「 大丈夫 」


その言葉を聞いて、ドロッセルはただ小さく頷き、兄が生きていることに涙を流していった






ローエンに少しは休んでほしいと言われたため、ミクニは部屋を出てきた

静まりかえった広間には誰も居ないように思えたが、長椅子に誰かが腰かけていた

近づけば、上の空だった相手が驚いたようにミクニを見る


「アルヴィン、何してるの?」

「ちょっとな…ミクニは、まさか今まで領主様の傍にいたのか?」

「まぁね」

「まじかよ…」


顔を引き攣らせるアルヴィンを横目にミクニは腰を下ろすと息を吐く


「普通、そんなになるまでやるか?何か恩義があるわけでもねえだろう」

「そうだね…けど、彼が死んだらドロッセルやローエンが悲しむでしょ?放っておけないよ」


ミクニの疲労に満ちた顔色をアルヴィンは一目見て、自分には理解できないとでも言うように顔を逸らす


「お姉さんも青少年と一緒でお人よしか」

「お人よしね…そんないいモノじゃないよ」


(目の前で誰かが死んでいくのが嫌なだけ)

(これは単なる自己満足みたいなものだよ…)


「…そういえば、ミラはどうしてあんな事になったのか聞いていい?」


椅子に深く凭れかかりながらアルヴィンに視線をやれば、彼は眉間に力を入れ、悪いモノでも吐くように告げる


「…目的のために、自分から吹っ飛んだのさ」

「自分から?」

「ああ。呪環っていう、所謂爆弾を足につけられていてな。そのまま呪帯という場所を通過すると爆発するんだ…」

「ミラはそれを知ってたの?」

「異常だろ?理解していて、ナハティガル王を追って…あの有様だ」

「……」


(目的のために…?)

(けど、なんで?)


アルヴィンから聞かされるミラの行動は、普通の人が行えるものではない

下手をすれば死んでも可笑しくない爆発であったのは直接見ていないミクニでも察せれた


「目的のためって言ったけど…どういうこと?ミラの目的が峡谷の機械に関連しているのはわかるけど」

「…さぁな。俺様にはよくわかんねぇわ」

「そう…」


あの機械が世界にとってよくないことはミクニがよくわかっている

けれど、自身の身を捨ててまで普通の人間が行動を起こすとは思えない


(人と少し違うと、エルが言っていたけど)


「ただ、あんま関わんねぇ方がいいぜ…青少年みたいにお節介で行動をするのはやめることだな」


ミラの行動を考えていれば、アルヴィンは椅子から立ち上がる


「ミクニだって家族か何かいるだろ?そいつのためにも、首を突っ込むのはやめて、家に帰るのが賢明だ」

「……」


軍が関わっているため、これ以上足を踏み入れればクレインやミラのように自分だけではなく、己に関係する者も巻き込むと言いたいのだろう

アルヴィンはそれだけ忠告するとミクニの元から離れていこうとする


「………俺は忠告したからな……」

「え…?」


微かに何かを言われた気がしたが、アルヴィンはそのままミクニの視界から消えていった



人の胸中はの如く盲目である



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