(…眩しい…)

閉めていたカーテンが開けられており、陽射しが先程から顔を照らしている

それでも居心地のいい感覚が眠気を覚ませないようにしていて、ミクニ は枕に顔を埋めた


(…さっき、ドロッセルがエリーゼと来てたんだっけ)


少し前に部屋に入って来た二人を想い出す

ぼんやりとした意識の中で彼女達がミクニを起こしに来たのを覚えている

でも、ミクニが中々起きないため、二人は諦めて出ていった


(起きよっか)


背伸びをして眠気を追い払い、ミクニは窓辺に向かう

よく眠り、微精霊からマナも貰えた事で身体の疲れはなくなっていた


(…外で何してるんだろ?)


まだら雲の空の下を見やれば、クレインやミラ達が集まっており、女性陣はミラを引っ張って町の方へと歩いていく

残った男性陣は何かを話しているが、ミクニには聞こえない

しばらくその様子を見守っていたがミクニの視界に何かが入り込む


(………え…!)


建物の上で赤い何かが動き、それが何を持ち、何をしようとしているのかがすぐに鮮明になっていく



「―――クレイン!危ない!!」



身を乗り出してジュードと会話する彼に向かって叫んだのと同時だった

ゆっくりとクレインの身体が後ろへと倒れていき、ミクニは瞳を見開く


「っ―――」


何かを考える前に窓辺から離れると部屋から飛び出す

浮足立つ身体で急いで広間へと出れば、クレインを抱えてジュード達が玄関の扉を押しあけた


「クレイン!!」


血相を変えたローエンらの表情を辿り、クレインの姿を目にする

長椅子に静かに横たわらされる彼の元によれば、その胸元からは夥しい血が出ており、衣服を染めていく


「そんな…なんでこんな事に」


衣服を捲り、ジュードが必死に治癒術を施していくが血の勢いは中々治まらない

肺が潰れており、人が編み出せる精霊術の治癒の範囲を超えているのだろう

その上、傷の周囲が変色している様子から、毒も盛られている

恐らく傷が塞がった所で、意味はほとんどない


「…っ…く…」


必死に治癒に専念するジュードの顔色が歪み、治癒術が弱まるのを見て、ミクニは咄嗟に彼の代りに手を翳す


「…ミクニ、さん…」

「絶対、助けるから…」


荒い息使いで視線を持ち上げるクレインの顔に表情を顰め、己の真髄に集中する

奥底で眠るマナの結晶を通して、自身を守護する大精霊であり友でもある存在に呼び掛けた


“…ミクニ、本気か?”

“お願いエル…助けて”

“だが…今の私では、傷は元に戻せても、身体に入った毒までは”

“わかってるから…お願いだよ”

“………”


ミクニの気持ちを汲んだのかエルシフルの声は止み、次第に掌を中心に紋章が展開される

精霊術に似た、でも普通の精霊術とは根本的に何かが違うのを傍らで見ていたジュード達は感じた


(この感覚…何処かで)


いつだったか何処かで感じた事のある圧倒的な精霊術に似ているとジュードは思うも、それが何かを想い出せず、ただ己の代りにクレインに寄り添うミクニを見守る

その間にも魔方陣は完成し、次の瞬間、光が弾けた


(っ……今、何かが…)


一瞬、ミクニに重なるように何者かが見え、羽根らしきものが舞い、消える

その光景に唖然としてミクニの手元へと目をやれば、クレインの胸元から流れ出ていた血の勢いが治まっていた


「傷が…塞がってる」


あれ程、ジュードが苦戦していたはずの傷口は綺麗になくなっており、ジュードはミクニに視線を向ける

そのまま問いを投げかけようとしたが、一人の兵士が慌ただしく駆け込んできて、緊急事態を報告しだした


「…ローエン、…頼む…ドロッセルや町の者を…っ…」


朦朧とする意識の中で兵士の言葉を聞いていたクレインが身体を起こそうとし、ミクニが止める


「クレインの事は私に任せて、ローエン達は町の方をお願い」

「わかりました…旦那様をお願いします」


自身達ではクレインの命を助ける事は出来ず、万が一救えるとすればミクニだけだとローエンは察して、主の事を彼女に一任した

そのまま3人は、これ以上の被害を食い止めるためにも外へと向かう

その背を見送ったミクニはクレインの塞がった傷口を確認し、残ってくれた兵士を見る


「とりあえず、寝室に運ぶのを手伝ってくれますか?」

「はっ!もちろんです!」


クレイン様のためならば、とミクニと共に兵士は少しずつ魘されだしたクレインを部屋まで運ぶ

辿りついた部屋の寝台にクレインを横にさせると、ミクニは安全のためにも兵士に外の警備を任せた


「…っ、はぁ…はぁ…」

「クレイン、待ってて。すぐに毒を……」


傷は精霊であるエルシフルの力を用いて塞げたが、身体に広がった毒までは取り除くのは無理な事だった

そのため、己の力を持って毒を取り除こうとミクニはクレインの胸へと触れようとする

けれど、指先が毒の侵入口に伸びる前にクレインの手によって、それは阻まれた


「…クレイン」


毒に侵されて、苦しみに耐える事で汗ばんだ手がミクニの腕を掴んでいる

ミクニは優しくクレインの手を離すと、安心させるように握った


「大丈夫だから…」


それに反応するようにクレインの手がミクニの手を握り返してくる

そのままミクニは空いている手で右胸へと触れ、集中した

クレインの体内に巡るマナを辿り、そのマナに働きかけて毒を自身へと導く


「…っ―――」


異物が身体に入り込み、内側から痛みを生じさせる

毒を包み込んだマナは、まるで瘴気のようだった

けれど、耐えられない訳ではない


(所詮は、人を殺すだけの毒…)


少しずつ、少しずつ、だが確実にクレインの負担を軽くするために己の身体を毒に染める


“ミクニ、これ以上は―――”


「平気だよ…今の私は、始祖の隷長…これくらいで死にはしない」


“死なないとしても、”


「エルシフル…これくらいは許してよ」


“…ミクニ”


死ぬ事も、苦しむ事も、傷つく事も厭っては己の事を大事にする精霊の声を聞き入れず、クレインの苦しみをミクニは和らげ続けた


「…誰かが目の前で死ぬのは、嫌なんだよ」


目の前に忍び寄ろうとする“死”が、厭でも仲間達が自身を残して逝ってしまった事を想い出させる

そして、その過去はミクニを突き動かす力として働いていた



それは時に、自身の命を失う事になっても構わない行動をさせる程に



取り残されるくらいならば、この身を華にして欲しい


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