指
(…まだ夜か)
眠りに落ちていた部屋の窓辺から眩い陽射しは見えなかった
横になったままミクニはじっとしていたが、外に微かな光を捉えて覚醒しだした身体を起こす
「君らは…」
星ではない明かりに導かれるようにミクニはベッドから離れると外へと向かいだした
屋敷に仕える使用人の姿も昼間に比べて見えなくなっており、皆が寝静まっている事を察しながら玄関の向こうに出る
冷たい夜風を感じながら進み、整備された庭園の間に造られた道へと立った
「わざわざ来たの?」
ミクニを待っていたように、淡い光が落ちてくる
小さな光は次第に集まりながら、ミクニの周りを浮遊した
「でも、どうして?」
光の群れに問えば、ミクニは温かさを感じだす
彼らから流れてくる光の粒子によるもので、それが何かをすぐにミクニは察した
「これは…マナ?そうか…私を心配して」
身体が満たされていく感覚にミクニは笑みを零す
自身らが辛い目にあったというのに、彼ら―――微精霊は助けてくれた恩義として、ミクニにマナを分け与えに来たのだった
その行為が嬉しくも、悲しくなる
(こんなにも精霊たちは優しいのに…)
(何故人は、あんなものを創ってしまうんだろう)
全ての人が悪いわけではない事はわかっている
けれど同時に、一部の人間の過ちは、時に世界を滅ぼす事をミクニは知っている
「…あ……」
突然、微精霊達が散っていくように夜空に溶け込んでいく
何事かと思っていれば、微精霊の代りに声が聞こえた
「すみません…邪魔をしてしまいましたか?」
「君は…クレイン、さん?」
微かな夜風に釣られて屋敷へと顔を向ければ、この屋敷の主がミクニの近くへと来ていた
「クレインで構いませんよ。ミクニさん」
「それじゃ、クレインね。私の事も呼び捨てでいいよ」
「僕は、こういう性分なので…」
「そっか」
若い青年ではあるが、彼は立派な領主だと言う事を想い出す
領主として町の者を守る者としての自覚が沁みついているため、すぐに砕けた関係に変えることが出来ないのだろう
「それにしても…まさか峡谷に続いて、自身の屋敷で微精霊を見られるとは…」
「驚いた?」
「ええ…とても綺麗なモノを二度も見ることができましたので」
青年―――クレインの柔らかな眼差しを受け、ミクニは小さく笑みを浮かべる
「普通は、人間に見えるような存在ではないからね…」
「その存在がわざわざ姿を現したのは、ミクニさんが特別だからなのでしょうね」
「変な人だと思ってる?」
「そんな事思っていませんよ。不思議な方だと言う印象は持っていますが」
「でも、怪しいと思わないの?」
「確かに普通の人とは違うかもしれませんが、精霊に好かれる方を悪い人だとは思いません。それに…女性を問いただすのは、気が引けますので」
少し意地悪く聞いてみれば、やはり人の良い答えが返って来た
クレインにとって、ミクニが害のない人間と認めている証拠だろうが、名くらいしか知らない相手を信じてしまうのは、彼が正義感に溢れ、身分などに囚われないからだろう
「そう言えば、クレインはこの時間に何をしてるの?」
「これでも領主ですから…」
正確な時間はわからないが、夜更けなのはわかる
恐らく彼は軍のこともあり、この時間まで仕事をしていたのだとミクニは察した
その姿に領主として素晴らしい人だと思ったが、ミクニの表情は呆れたような顔になる
「領主だろうけど…もう休んだ方がいいよ。マナを吸われた身なんだし」
「お気遣いありがとうございます。ですが僕は――――」
素直に休まなさそうなクレインの額に手を伸ばし、触れる
突然のミクニの行為にクレインは声を失い、初めて凛々しい表情が驚きで崩れた
ミクニは悪戯っぽく笑むと、ゆっくりと額から掌を外す
「熱はないけど、疲れが顔に出てるよ。それに休む事も領主としての立派な仕事なんじゃないかな?」
「…ミクニさん」
「倒れたら、妹さんをまた心配させてしまうよ。それに町の人やローエンにもね。そうだよね?ローエン」
「気を使ったのですが…気づかれていましたか」
二人以外の声と共に屋敷の柱から影が動く
紳士的な装いをした翁は、ミクニが言ったようにローエンであった
鷹揚な足取りでローエンはクレインの傍に来ると一礼をする
「ローエン…!」
「旦那様。ミクニさんの仰る通り、そろそろお休み下さい」
「素直に休んだ方がいいよ。ローエン、後はお願い。私も部屋に戻るから」
「ええ。お休みなさいませ。ミクニさん」
「うん。クレインもお休み」
眠気が再び襲ってきているのを感じつつ、ミクニはクレインの事をローエンに任せることを決めると、そのまま屋敷の中へと向かう
残されたクレインは、その背が消えるのを見送ると執事であるローエンに向き直った
「…覗き見なんて、ローエンらしくないんじゃないかい?」
「旦那さまが女性とお二人で話す機会など、滅多にないものですから。つい、年寄りなりの気遣いが出てしまいました」
「まるで僕が二人っきりになりたかったみたいだね」
「いえいえ。ただ、旦那様もそろそろお相手を見つけてもいい年齢です」
「その話か…僕はまだ、そういう事は考えるつもりはないと言っているだろう。それに、ミクニさんは旅の人じゃないかい」
「私はただ、歳も同じくらいのミクニさんで女性との接し方を少しでも学んでいただけられたらと思ったのですが」
出逢ったばかりの女性に特別な想いなど懐いているわけはなかったが、ローエンのにこやかな笑みに鎌をかけられたような気分になる
「貴方と言う人は…」
年の功には敵わないとばかりにクレインは困ったように小さく笑みを浮かべた
(…けれど…―――)
――― 淡い光に照らされた風姿に、意識を奪われた事実は否定しない
夢幻を纏っていた指から伝わった感触は、現だと教えた
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