石
微精霊が空へと登っていき、自由になった彼らに心の内で別れを告げる
明星を鞘に仕舞いこみ、ミクニは小さく息を吐く
「ミクニ、と言ったな」
「うん?」
「まずは礼を言う。君がいなければ、私は微精霊を傷つけるところだった」
周りの者にミラと呼ばれる女性は、頬笑みを向ける
何処か普通の人間が持たない壮烈さを持つ彼女もそのような顔をするのかと思う
だが何よりも、人間と思われる者から微精霊を救った事に対する礼を言われたことにミクニは少しばかり驚いた
(こんなモノに手を出す者もいれば、礼を言ってくれる人もいるんだね…)
「気にしないで。私がしたかったことだから」
「ふむ。だが、君は何故微精霊を?」
「それは…精霊が私にとって、大事な存在だから」
「…精霊が、大事…?」
本当に精霊の事を大切にしているような声にジュードが言葉を零す
今となっては精霊信仰など薄れてしまったラ・シュガルの地で、このように精霊を大切にしている人間がいるとは思わなかった
(性格は違うだろうけど、少しミラみたいな人だな)
「それより今は、街の人達を連れて帰ろうか」
「そうだね。ミラ、僕達もローエン達の手伝いに行こう」
「…ああ」
まだ聞きたい事があったが、ミラはそれ以上の問いかけはやめ、ジュードと共に仲間の元へと向かう
1人中央で佇んだままのミクニは、足元の欠片を一つ拾い上げ、思考を巡らす
(恐らく術式のようなモノを組み込み、力を制御して引き出すモノ…けれど、その中枢となる力の源は…)
この機械を働かせていたモノを捜そうとすると、近くに散らばった欠片の中から少しだけ他と違う、色褪せた石を見つける
ミクニはそれを懐に仕舞うと衰退した人達を街へと送るために、ジュードらの元へと向かった
強制的にマナを奪われた人達の町―――カラハ・シャールへと辿りつくと、豪邸の門の前に立っていた少女が走ってくる
「お兄様!」
「僕は大丈夫だ。それより…この人達を早く病院へ」
ミクニが峡谷の入り口で目撃した青年―――クレインを兄と呼ぶ様から、二人が兄妹だと察する
(兄妹、か…確かに似ているかな)
彼らが無事に再会できたことと、町の人達が病院へと連れていってもらえる事に安心したミクニだったが、突如立ちくらみが襲う
「おい!大丈夫かよ!?」
「…うん、平気…」
支えてくれた腕はアルヴィンであり、彼は険しい表情をしている
(安心したせいかな…)
「そういえばミクニ、微精霊から受けた怪我が…!」
微精霊の光景と、平然に振る舞うミクニのために忘れていたが、彼女は重い衝撃を受けたはずだった
駆けつけてきたジュードは、すぐに精霊術で手当てを開始する
「そういえば、そうだっけ…?」
(すっかり忘れてた)
癒しの術で鈍い痛みは治まる
ミクニは身体に手を当てて確かめると、ジュードに向き直った
「ありがとう、ジュード君」
「痛いなら、痛いって言わないと…」
「ごめん。別にあの打撃は、それ程辛くはなかったし…放っておけば、その内、」
「駄目だよ!喩え、我慢できるとしても、すぐに手当てしないと…それに、吐血していたんだよ?内臓に損傷だって考えられるんだ」
「そう、だね…ごめんね」
知り合ったばかりだと言うのに、こうも自身の身に対して按じてくれるジュードに、ミクニはばつが悪そうに謝った
「他に痛い所とかない?」
まだ少年だと言うのに、彼の視線にミクニは圧されるように言葉を出す
「ない、けど…ちょっと疲れてるくらいかなぁ」
「ミクニ…大丈夫、ですか?」
「君みたいな小さい子に心配されるなんて、私も駄目だな」
エリーゼの視線に合わせるように屈み、彼女の柔らかな髪を撫でる
そうしていれば、領主であるクレインの声が掛った
「良かったら、僕の屋敷で休んで下さい」
「けど…」
「遠慮には及びません。貴方には、僕や町の者が助けられたのですから。もちろん皆さんも、屋敷でくつろいで下さい」
「そーしよーよ!ミクニ君!」
「…それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます」
ミクニの返答にエリーゼとティポが嬉しそうに瞳を細める
それにミクニも笑みを返し、もうしばらく彼らと共にいることとなった
見た目通り、中身も立派なモノであり、あの兄妹のように気品に満ちた空間だった
ソファーに腰掛けていたミクニは、茫然と天井を見つめていた
(…マナが足りないのかな…)
体力と言うよりも、根本的なモノが不足した感覚にマナを欲していると察する
それ程支障があるわけではないが、少しずつ眠気が襲ってきていた
(久しぶりに明星を使うと、こうだからなぁ)
マナを貰える相手が傍にいない今、今日は早く寝ようと思いつつ、欠伸をする
「ミクニ君、欠伸してるー!」
「眠いですか?」
「私、すぐ眠くなるの」
「疲れているんだね」
同じようにソファーに腰を下ろしていたティポとエリーゼがその様子を見ており、ジュードがくすりと笑う
「戦闘もあるけど、今回は朝からずっと動きっぱなしだったからね」
「そういえばミクニって、何でバーミア峡谷にいたの?」
「ちょっとした目的で旅をしていてね。それであそこを探索していたって感じかな」
「ミクニ君も旅をして来たんだねー!」
「“も”って事は君らも?」
「うん…まぁね」
何処か困った感じのジュードにミクニは首を傾げたながら、ジュードを見つめる
「ど、どうしたの!?」
「そういえば、ジュード君って何処かで…うーん」
頬を赤らめながらミクニの視線にたじろっていたジュードは、「まさか、気づかれた」と思い、話を逸らそうとする
「ミクニの旅の目的って何なの!?」
「え?それは、秘密かな。逆にジュード君らは?」
「えっと…僕も、秘密で…」
お互いそれ以上踏み込む事をやめるように、病院へ様子を見に行っていたクレイン達が戻って来た
「徴集された民もみな、命に別状はないようです」
「皆さん、本当にありがとうございました」
「私からもお礼を申し上げます。ありがとうございました」
自身もマナを強制的に奪われた身でありながら、そのことを露ほども感じさせず、民のために動くクレインに感心する
その上、彼を慕うローエンと、その彼に似て民を想う心を持つ妹のドロッセル
(出来た人達だ)
(もしも、彼らのような人が王ならば…戦争も回避できるかもしれないのに)
彼らの姿に、自身の民の事を第一に考える王を想うミクニだったが、ミラ達の話に顔を上げる
彼女達がすぐに立つ事にも驚いたが、何よりも目的の地に驚いた
「ガンダラ要塞ということは……皆さんの目的はイル・ファンですね」
イル・ファンと言えば、嫌な気配がする方角にある都市
(そういえば…ジュード君はあの機械のことを知っていた)
ミクニは口元に指を運び、情報を整理していく
精霊の消失の原因である機械
それの所有者はラ・シュガルの国自体
(彼らの旅って…あの機械を追ってるの?)
(確か…手配書の人達って、イル・ファンの研究所に潜入したって)
子供の落書きか、それとも芸術的と称するべきか
サマンガン海停に張られていた手配書は、今思えばジュードとミラに似てはいた
(もしそうなら…辻褄が合う)
「…押し通るって、ずいぶん物騒だね」
「だが、私は行かねばならない」
「そう…そこまでするのは、峡谷にあった機械のせい?」
「…うん…あの機械は、マナを強制的に奪うんだ。そして最終的に―――」
「人は死に、精霊も死ぬ」
言いづらそうなジュードの代りにミラが答えてくれる
察していたとは言え、その事実にミクニは眉を顰めた
「なるほどね。それに関係するモノが首都にもあるって知ってしまい、君らは追われているって所か」
「!知ってたの!?ミクニ!」
「さっき気付いたんだけどね」
「で、お姉さんはこのことを知った今どうすんだ?」
「国に言うか、ってこと?お生憎だけど、そのつもりがあるなら最初から人助けなんてしない。何より、民を殺すことを厭わない国にこの事を知っている事がばれたら、私は即刻捕まるのが落ちだよ。だから安心して。君らの事を売ったりなんかしない」
「まぁ、それもそうだな」
ミクニの答えにアルヴィンが肩を竦める
その様子にミクニが裏切ることはないと信じたのか、クレインがミラ達に提案しだす
「僕の手の者を潜ませて、通り抜けられるよう手配してみます」
「僕たちに協力したりして大丈夫なんですか?僕たち、軍に追われている身ですし…」
ジュードの言うとおり、シャール家が関わった事が軍に知れれば、彼は王との関係を悪くしてしまう
「元々、我がシャール家はナハティガルに従順ではありませんし…先ほど軍に抗議し、兵をカラハ・シャールから退かせるよう手配したところです」
「これ以上軍との関係は悪化しようがない、ということか」
クレインはミラが言った言葉に静かに頷く
要塞への手配には時間が掛るようでミラ達はクレインの厚意に甘えて泊めてもらう事にしていた
「貴方も我が屋敷でお休み下さい」
そしてミクニもまた、彼の厚意をありがたく受け取る事にしたのだった
自身に与えられた部屋で、ミクニは寝転がりながら懐に仕舞ってあった石を取り出す
最早、なんの力もな無さそうな石だったが、単なる石でない事はわかる
「エル…これってやっぱり…魔核というか精霊の結晶?」
「似てはいるね。微かに精霊の名残が感じられる」
主の呼び声に美しい羽根を舞わせ、彼は現れると石を覗きこむ
「精霊がいるのだから、単に似ているだけと考えられるけど…」
明かりに透かして石の本質を見抜こうとするように睨む
けれど、答えは見つかるはずはなく、頭の中で様々な要因が巡る
「…調べるのか?」
「そうしようと思ったけど…ミラ達のことがね」
「ミラ、と言ったか?彼女の事だが…少し人間とは違うようだ」
「え?」
「ミクニも気づかない程に人間にしか見えないようだがな」
エルシフルの言葉でミラを思い起こす
確かに普通の人間とは違う何かを持っているような女性だった
「私にもわからないが…彼女には何かを感じる」
「そっか。それなら尚のこと、彼女たちについて行くべきかな?」
「私としては、その方が助かる。ミクニは無茶をする子だからね」
「そうやって、すぐ子供扱いするんだから…まぁ、無茶をしたのは確かだけど」
エルシフルの指先が額に触れてきて、ミクニは口を尖らす
けれど事実は事実であり、言い返せるはずもなく、息をついた
「疲れているようだね。今日は考えるのはやめて、眠るといい」
自身の身体を心配してくれる精霊の言葉に翳していた石を握る
間近で見る石は何も語ってくれず、ミクニは諦めたようにベッドに蹲った
名もなき石からは、声は聞こえない
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