人と精霊が共存する世界―――リーゼ・マクシア


その世界の北方大陸を治めるのは幾多の部族からなる連邦国家ア・ジュール

長い事、二大部族キタル族とロンダウ族によって治められていた国は、十年近く前に君臨した現王によって統一された

どちらの部族でもない彼の王に多くの部族は反感を持ったが、彼のカリスマによりいつしか反発は消えていった

そして、たった十年足らずという時間によりア・ジュールは強力な国家と生まれ変わり、王の宣言通り、新生ア・ジュールが生まれることとなる


「何事だ?」


その新生ア・ジュールの街―――シャン・ドゥの空へと入ろうとするワイバーンを操る人物は、正しく現王ガイアスだった

彼が向かおうとしていた街から騒音が響き、片翼であるウィンガルに目配せした後にガイアスは街へと入り込む


(魔物…だが)


飛び込んできたのは、魔物を操る複数の部族と、彼らに追われる見た事のない魔物だった

魚の鰭や蝶の羽のように透き通った翼を持つ魔物は、気高さを感じさせる

その姿を見ていれば、相手がガイアスを横切る

素早い動きを難なく交わす中、ガイアスは一瞬だけ魔物と瞳が合った気がした


(正気を失っているのか)


魔物を打ち倒す―――または使役しようとする部族が槍を放ち、魔物の肌を傷つけた

それにより咆哮が上がり、魔物の怒りを買ったように見える

ガイアスは携えていた長刀を引き抜き、住宅街を襲おうとする相手の前へと入り込んだ

闘気を高め魔物の侵入を塞ごうとしたが、ガイアスの刃は魔物を狩る事はなかった

何かを思ったのか魔物は住宅街を避けるように飛翔すると空を駆けだす

その姿に「今だ!」とばかりに、その背へと弓を引こうとする部族にガイアスは声を張り上げた


「やめよ」


その一声に誰もが動きを止める

不思議に思ったウィンガルは主の傍へと寄り尋ねる


「このまま逃がすのですか?陛下」

「ここで争えば民に被害が出る。後を追うぞ」


街から遠ざかり、その軌跡を残す背を眺めながらガイアスは後を追う事を決めた

向かうは、王の狩場―――




狩場の奥へと向かうと魔物や動物が騒がしくあり、ガイアスは彼らが逃げてくる方角へと一人進んでいた

辺りに何もかもが居なくなった時、風が変わる

常人離れした感覚からガイアスは気配を消しながら身を隠す

すぐ近くで呻き声が上がり、悟られないように探った時、ガイアスは目を疑った


(あれは―――)


淡い粒子が空間へと広がっていき、その中にはあの魔物がいた

血に濡れた肢体をしばらく捉えていると、光が溶けていくのに合わせて魔物の姿は消えていく


(人間、だと?)


光の粒子が晴れていこうとした時、残ったのは人らしい姿だった

露わになっていこうとした身体を簡素な羽織で包み倒れ、動きを失くす

ガイアスはようやく足を働かせ、その存在へと寄っていった

相手はガイアスに気づき弱弱しく面を向けてくる


(…女)


見る限りでは相手は人間の女の姿をしており、探るような視線を送る

僅かな沈黙が続いた後、遠くで声が聞こえる

自身の部下ではなく、この魔物を追ってきた何処かの部族と判断した

ガイアスは手に握っていた長刀を鞘に仕舞うと、狩りに行くために羽織らされたマントを脱いだ

それを女らしい存在に掛ければ、相手は瞳を揺らす


「…え…?」


その様子に気にすることなくガイアスは傷だらけな肢体を持ち上げた


「どう、して?」

「傷に響くぞ」


意味を問おうとしてくる女に一言言えば、それ以上の言葉はなく静かになっていく




異なるべきが、手繰り寄せられた




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