辿




多くの行商人の姿に、客寄せの声

賑わう街の名はカラハ・シャールと呼ばれていた


「すごい賑やかな所だけど…」


長い旅路の末、ようやく辿りついたラ・シュガルの領地にある街

人々の声で溢れる道を1人で歩くミクニの視界に、鎧を身に纏う人々が入り込む


(…街道の検問といい、こんなに警戒しているなんて)


赤を基調とした兵士たちが纏う空気は、街の穏やかな雰囲気と不釣り合いだった

ミクニは目立たないように人の群れに紛れ、只の旅人を装う


(港での噂…本当なのかな)


ア・ジュールのスパイが王都イル・ファンへと侵入したという情報がミクニの頭に流れる

噂の真偽はどのようにしろ、その噂が流れるほどにア・ジュールとラ・シュガルの関係はよくない

敵国だと言う事は聞かされていたが、これ程までに関係が悪化している事実を旅に出てから実感し、ミクニは侘しくなった


(国同士の争いも心配だけど…今私が出来ることをしないと)


商人たちの声から離れ、ミクニは神経を研ぎ澄ます

空気に己を溶け込ますように周囲の精霊を感じる

ア・ジュールよりも精霊の様子が可笑しい事は、ラ・シュガルに入った時からわかってはいた


(…原因は、一か所じゃない?)


トクリ、トクリと呼応をする心臓を感じながら届いてくる違和感を探ったが、嫌な感じは二方向から感じるように思える

原因はまだ遠いと思っていたが、この地から感じる一つは近かった

ミクニはその方角を睨むと、止めていた歩みを動かした





壁のように切り立った見事な地層の奥に向かうに連れて、身体を巡る血がざわめく

何かが起こる事を想定して、警戒を鋭くする


「…この…こ…して……街の……ぐに……」


人の声が耳に入り込み、崖に背を合わせながら気配を潜める

覗き込めば、街と同様の兵士達が別の兵士らを取り囲んでいた

手負いを負わされている彼らはミクニの記憶によれば、街の兵士で間違いない


(何故、兵士同士が?同じ国の者なのに)


その後景に悩んでいれば、ミクニはただ1人だけ鎧を身に着けていない人間を見つけてしまう

若い青年は、果敢にも兵士に立ち向かっていた

ミクニは腰部に掛けてある伸縮式の弓に触れる

助けるべきかと思案していれば、捉えられた青年と兵士は洞窟のような穴へと連れて行かれてしまう

見ず知らずだとは言え、彼らの命がすぐに取られない事に胸を撫で下ろそうとしたミクニだったが、背後で鳴った音で咄嗟に弓を取る

振り仰いだ瞬間、鋭い切っ先がミクニへと振り下ろされており、ミクニの弓とぶつかる

刃音を合図に襲いかかって来た兵士が叫ぶ


「貴様!シャール家側の者だな!?」


勘違いをされているようだが、ミクニには言い訳をする余地は与えられなかった

男の声で他の兵士がミクニの元へとやってくる


(このまま此処で戦うのは分が悪い)


ミクニは近くの崖へと身軽に飛び上がり、上へと向かっていく

後を追うように兵士の足音が付いてくる


(此処でいいか)


兵士達が現れた地点からかなりの距離に来ると、振り返り追手の人数を確認する

予想した通りの少数にほくそ笑んだ

もしもあの場で刃を交え始めていれば、この地に来ている兵士のほとんどを相手にしなければならなかっただろう

弓を構えたミクニは、手始めに1人の兵士の剣を狙う

見事に刃に矢を放てば、男の手から剣が弾かれた


「覚悟は出来ているよね?」


強い衝撃を受けた手を抑え、驚愕の表情をする兵士

けれど、鍛えられてあるだけあり、彼らは引き返すことなくミクニの元へと向かってくる

その行動にミクニは呆れるわけもなく、再び弓を引いた





機械的な音に似た音が弓から出ると、姫反の部分が鳥打と大腰の部分へと納まり弓が縮む


(これで最後のはず)


弓を定位置の腰へと戻そうとするが、その行動を止める


「えっ…これは…ラ・シュガルの兵士?」

(まだ人が…いや、兵士じゃない)


岩肌の影から人が現れる

倒した兵士と同じ人数であり、歳は疎らだった

中には年端もいかない子供の姿も見えて、ミクニは少しだけ警戒心を解く


「死んでる?」

「一応、手加減はしたから死んではいないよ。当分は目を覚まさないだろうけど」


地に臥している兵士に触れようとしている少年に一言言えば、彼を含めた全員の視線がミクニへと集中した


「貴様がやったのか?」

「…その兵士達が襲ってきて仕方なく、ね」

「貴方のような女性が1人でですか?」

「ぇえ。それで…一応聞くけど、貴方達はこの兵士と関係があるとか?」


愛想のいい笑みで聞けば、彼らは否定をし、自身らも襲われた側だと答えた

嘘ではなさそうで、ミクニは襲ってきた兵士が言っていた事と、掴まった人々の事を想い出す


「貴方は、…」

「ジュード。私達は急ぐ身だ。この者と話をしている暇はない」

「う、うん」

「もしかして、この兵士達に掴まった人達を助けにでも行くの?」


1人ででも先へ行こうとする女性の歩みが止まり、再びミクニを見る

彼らの様子から、ほぼ間違いない事を悟り、言葉を続けた


「良かったら同行させてもらえないかな?この人達を片づけたら、掴まった人達の元に行こうと思っていたし」


(それに、もしかしたら精霊の事と関係があるかもしれない)


「…いいだろう。腕も立つようだしな。私は構わんぞ」


彼女の答えに周りの者たちも同意をしてくれる

どうやら彼女がこのメンバーの中心的人物らしい

ミクニは僅かな警戒心を解いたように弓を仕舞い、姿勢を正す



「私はミクニ。少しの間だろうけど、ヨロシクね」



危殆な音を辿る途次、搗ち合う運命



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