きびきびした動作をする兵士達がミクニに挨拶する

それにミクニも挨拶を返すがそれで終わった

何ら変わらないように思えるが、場内の空気が少しだけピリピリしているようにミクニは感じていた

その理由をミクニは尋ねることなく、先へと急ぐ

静かな廊下に沿って一つの扉に目が止まり、ノックをして部屋に入った

机にはサラサラの髪を持つウィンガルがおり、彼はミクニに気づいて顔を上げた


「ミクニか」

「忙しい?」

「いや」


ミクニの訪問に嫌な顔をする事もなく、ウィンガルは隣の席に招いた

椅子に座り、ミクニは手に持っている本を机に置く


「この言葉だけど、一人じゃよくわからなくて」

「これは――――――」


ミクニが指差した言語をウィンガルは丁寧に読み解く

彼の言葉を逃さないようにミクニは小さく反復し、次は文字を合わせて読んでいく

たどたどしく、けれど真剣に読むミクニの姿をウィンガルが見守っていれば、彼の名を呼ぶ声が扉の先から聞こえた


「すぐに戻る」


ウィンガルの仕事を邪魔してはならないと思い、ミクニが立とうとすれば止められる

代りにウィンガルが部屋を出ていき、扉が閉められると部屋はミクニだけになった

最近、ウィンガルを含めた四象刃は忙しさを増していた

特にプレザとアグリアの姿は城で見かけない

その原因は、兵士の空気が変わっている事と同じだろう


「…大国ラ・シュガル、か」


ページを捲り、一つの単語に目を止める

ミクニを保護してくれている連邦国家ア・ジュールと対を成す国の名だった


(きっと、ラ・シュガルと関係がある)


ミクニの瞳が寂しげになると、ふわりと光がミクニの近くへ飛ぶ


「心配してくれているの?ありがとう」


ぼんやりと見える存在はマナの塊である微精霊であり、自身を気遣ってくれる存在に寂しさを消した

戯れるように周りを飛び回る微精霊にミクニは一時の不安を忘れていたが、その微精霊が光のように弾けた時、来訪者に気づく


「また精霊と居たのか?」

「まぁね」


入口にはガイアスが居り、彼は扉を閉めてミクニの傍に寄る


「ウィンガルは居ないようだな」

「さっき兵士の人と部屋を出ていったよ。すぐ戻るみたいだけど」

「…言葉を教えてもらっていたのか」

「うん」


机に広げられた書物からミクニが居る原因を当てるガイアス

書物に顔を向けたままのガイアスを見上げていたミクニは、彼を呼ぶ


「ねぇ、ガイアス」

「なんだ…?」

「何が、起きてるの?」


過去にも尋ねた同じ問い


「お前が気にする事ではない」


そして返ってくる返答はいつもミクニが求めるモノではない

確かにこの国の住人ではないミクニには関係ないことかもしれないが、ミクニは知りたかった


「ラ・シュガルと関係あるの?」

「…―――」


いつもと違う形で聞けば、確信をついたのか僅かにガイアスの眉が動く


(ああ…やっぱ、そうなんだ)


「精霊も脅えていて…私、嫌な感じがするの」


精霊の脅えが日に日に増しているように、ミクニの危機感もざわつきを強めていた

特に昨日感じた気配は勘違いとは思えない程で、ミクニは言い知れぬ不安に襲われていた


「ガイアス、お願いだから…何か知っているなら教えて」

「…ミクニ」


切なげに懇願してくるミクニの姿にガイアスの指が動く

ゆっくりと腕が持ち上がり、胸を痛めるミクニの頬へ指が触れようとした

けれど、ガイアスの指はミクニの肌に触れることなく止まる


「っ―――…」


胸を掴まれる痛みにミクニがよろける

バランスを崩すミクニの身体をガイアスは受け止めた


「どうした、ミクニ」


ミクニの異変にガイアスが呼びかけてくるが、ミクニは返事を出来ずにいた


圧迫される心臓

身を削られる畏怖

脳に響くノイズ


(ぁ…これは、…)


その要素がミクニの力を奪っていくようで、ガイアスが医師の元へ連れて行こうとする

けれど、ミクニはガイアスの服を掴みそれを拒んだ


雑音が鮮明な音になっていく


(…ぃや、そんな…っ)


ミクニは揺らぐ瞳をガイアスへと向け、紡ぐ声は僅かに震えており



「…、精霊が―――……」



言葉が擦れていく



 消えた 



最後にミクニが聞きとったのは、彼らの悲鳴だった





木霊している叫びに、愚かなを知ってしまう



  |



top