とくり、とくり


普段通りに刻まれている心臓の音が身体で響いている

何故、心臓の音が異様に聞こえてくるのかは、わからない

日毎にそれは勢いを増し、ミクニに対して訴えてきていた

無視を決め込んでいたミクニだったが、引き寄せられるようにいつしか足は進んでいた

城下町を通り、道標があるように無心で歩いて行くと、人々の賑やかな声が消えて、ザイラの森へと出ていた


“どうした、ミクニ?”


姿を現す事はなかったが、エルシフルが気づいて声を掛けてくる


「少し、気になっただけだから」

“………そうか”


エルシフルももしかしたら自分と同じように何かを感じているのかもしれない

彼はそれ以上何も言うことなく、ミクニに繋げている意識を遮断した

ミクニは辺りを見渡すが、以前来た時と何ら変わりなかった

そのまま違和感を探ろうとするが、辿っていた感覚はあやふやになっている


(気のせい…?)


ミクニは様々な方向に視点を向けながら奥へと進む

ザイラの教会が見えてくると、ミクニは扉を押しあけてみた

独特な扉の音が響き、外と違う空気へと変わる

中にも気になる要素はなくて、目的が失せだしたミクニはあの御神体へと近寄った


「…ゲライオス文明に栄え文字、か」


古代の文字と称されるソレは、テルカ・リュミレースの遥か昔に使われていた古代語と同じだった

最早、その文字を使う存在などミクニがいた時代では限られており、いるとすれば始祖の隷長の意志を持つ者

読み解くだけならば、人間にも僅かにはいるが、態々使うのは始祖の隷長の後身である精霊とクリティア族くらいだろう


(フェロー…ベリウス…クローム、みんな…)


精霊になる以前から関わりのある友を含めた全ての精霊に想いを馳せつつ、ミクニは金の輪へと指を伸ばす


「っ―――、な、に…!?」


けれど、身体を押し潰すように威圧感が襲い、視界がいきなり眩んだ

咄嗟にその立ち位置から退こうとするが、その肢体を塞ぐように身体に何かが纏わりついた


“まさか、此処にいようとは”


失せていた違和感が強まり、頭が掻き混ぜられるような感覚の中で何かの声が届く

ノイズが混じった声色にある声が重なろうとするが、混濁していく意識では思い浮かばない

そのまま意識を喰うようにどんよりしたモノが身体を包み込もうとしたが、それを遮る様に明星の刃が現れた


“…ミクニは、渡しはしない―――”


「…エ、ル…」


紛れもない友の声で意識が一瞬明確になるが、すぐに視界は暗闇へと堕ちていく

最後に捉えたのは、汚染してくる感覚を打ち払う、暖かい光だった



“俺はいつかつよ――――、ミクニ”

“―――、この世界を―――――”

“ずっと、一緒に―――れる―――”

“君は、きっと―――――よ、―――と”

“―――ころがないのか?なら―――”

“そう。君の名前は―――だね。かわ――――”



真っ白な世界に複数の声が響いて、感情が入り乱れる

自分の意志は其処にはなくて、ただ溺れていくのみだったミクニだったが、ふと世界が消え去った


「―――おい!」


全ての色が消え去り、唯一聞こえた音を頼りに瞼を持ち上げる


「…ん……、」

「っ…、生きていたか」

「ミクニ、何故このような場所で倒れていた?」


自分を覗きこむようにいたのは、呆れた顔のウィンガルと少しだけ瞳を細めたガイアスだった


「……さあ?」


起き上がったミクニは周囲を見渡し、現状を把握する

見たところザイラの教会だったが、ミクニは何故此処にいるか想い出せなかった


「ふざけているのか…」

「怒らないでよ!本当に、わかんないんだから…」


静かに怒りを秘めたウィンガルの視線にミクニは待ったをかける

冗談ではないと否定すると、その真剣さが伝わったのか怒りは遠のいた


「わからないだと?」

「う、うん…」

「何処か痛むか?」

「大丈夫だよ、ガイアス」

「そうか」


自身を気遣ってくれるガイアスの視線を受けていれば、ウィンガルが呆れたようにため息をついた


「見たところ何ら支障はないようですし、城へ戻りましょう。陛下」

「ああ。だが、覚えていないのは多少気がかりだ。城へ戻ったら医者の手配をさせろ」

「単に歳のせいとは思いますが、御意に」

「なっ!ウィンガル、ひどい…」


事実とは言え、歳のせいだと言われ唇を尖らしてみるが、ウィンガルは相手にしないようにそっぽを向く


「…まぁ、心配してくれていたようだからいいけど」

「っ!?誰がお前を心配するか!」

「だって、態々捜しに来てくれたんでしょ?」

「それは、陛下が捜すと言うからだ…」

「はいはい」


素直ではない彼の様子に小さく笑んでいれば、腕を引っ張られる


「…ウィンガルばかりを見るな。最初に捜しに行くと言ったのは俺だ」

「うん。ありがとうね、ガイアス」


少しだけ不機嫌そうなガイアスに向けて、苦笑い混じりなりながらも笑みを向けた

その様子に再びウィンガルが傍でため息を吐き、それに気付いたミクニは、捉えられていない手でウィンガルの腕を引っ張る


「っ―――何をする!」

「ウィンガルが寂しそうだったから」

「…気に入らんな」


驚くウィンガルや面白くなさそうなガイアスの視線など気にせずにミクニは二人の手を掴んだ



“やはり、このままでは力が足りぬか。だが――――”



その背を眺める影など気づかないまま、ミクニは物足りなさを埋めるように帰路に着く



滅された事実は、何かを繋ぐ楔だった



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