柔らかな唇を味わっていたガイアスだったが、一時だけその行為をやめる

抵抗を示すことなく、けれど求めてくるような事もなくいた腕の中の存在がゆっくりと瞼を持ち上げて、ガイアスを見た


「…気がすんだ…?」


その口付けに何の意味もないようにミクニが笑む


「どういう意味だ?」

「ガイアスの気持ちは、嬉しいよ。でもね…いずれ人の気持ちは変わってしまうんだよ」

「…俺の気持ちが変わると言いたいのか?」


強い視線と同じようにガイアスの心は強く、揺れることはない

きっとその感情も単なる遊びではないのだろうが、ミクニは否定する


「そうだよ」

「確かに己の心とは言え、容易く操れるものではないだろう。だが変わると言う事は、ミクニ―――お前もであろう」


(私が、変わる…?)


「それは、お前の心が俺を求めるようになると言う事だ」

「そんな事、」

「ないと言うのか?俺の心は変わると言うのに」

「…だって私は、“人”じゃないんだから―――」


紅の瞳に囚われているように映っている自身がよく見える

それが何だが、酷く怖い

少しでも気を抜けば、心までもが侵される気がして


「人と変わらないであろう。お前にも同じように心があるのだからな」

「………」


変わらないと言われ、僅かに嬉しさが生まれてきてしまい、それを押し止める

いつもならばその言葉を素直に喜べただろうが、この時ばかりはそうはいかなかった


「それに、万が一俺の気持ちが変わるとすれば、それは…お前を求める気持ちが強くなることだ」


ガイアスの指先が頬に触れ、唇をなぞっていっては、ミクニを惑わすようだった


(なんで、そんな事を言うのかな…)


「信じる事が出来ないならば、信じさせるまで。それに言ったはずだ。諦めるつもりはないと」


唇に触れていた指を離し、額に軽く口付けを落とすとガイアスは抱擁を解く


「今日言った事を、よく覚えておけ」


背を向けて中へと向かう姿を黙って見送る

ガイアスの姿が城の中へと消えると、ミクニは視線を伏せた


「…信じられないんじゃないんだよ…そうであってほしいの」


掻き消えてしまう声を漏らし、ガイアスからされた行為から逃れるように足を動かす

冷静であろうとした頭のまま部屋へと入り込み、寝台へと倒れ込む

静かな部屋では他の事を考えようにも、自然と指が自身の唇へと伸びた


(…ガイアス)


強い抱擁と、深い感情を秘めた言葉、そして優しい口付け

それは、ミクニの中であってはならない事だった

知らないままでいたかったガイアスが自身に向けていた感情

ずっと、気づかずにいたかった

知らないまま、綺麗な形で在るべき場所に戻る事がミクニの望みだった


“ 俺のものになれ ”


ガイアスが告げてきた言葉が浮かび上がると、ミクニは一時の感情だと言い聞かす

多くの人を見てきたミクニは、人の心はいずれ変わってしまう事を知っている

だからこそ、ガイアスの感情も一時だと決めつけた―――そう、思い込みたかった

変に期待したくないのもあったし、何よりも自身の心を乱したくなかった

人と接する事や、人と話せる事や、人に好かれる事は嬉しい

でも、一定以上の関係にはなりたくなかった


(人でないと言う事は…人と同じ時間を歩まないんだよ)


人と違うミクニは、人よりも長く生きなければいけない

人と関わった分、悲しみを知らなければいけない

人を愛した分、孤独を知らなければいけない


(…ユーリ…君が私を残してしまったようにね…)


人を愛する事の苦しみが、かつて共に過ごしていた人を思い起こす

誰よりも大切で、誰よりも愛して、誰よりも…―――



――― 苦しみを覚えさせた人



今も尚、こんなにも心に巣食う存在に想いを馳せてしまい、囚われ続ける自身に向けて自嘲的な笑みが込み上げた


「…ほんと…酷いよ…」


あのような想いを繰り返さないためにも、ミクニがガイアスの想いに感化されないようにしなければならない

ガイアスが自身を愛し、その感情が冷めないとしても


(ユーリがしたように…君もそうするんだよ、最後には…)


心の中で否定し続ける

ガイアスの愛は自身が求めるものとは違うと言い聞かす


「…ガイアス」


無意識に名を零す理由が、ガイアスの行為を拒めない隙間が存在するためだとは気づかずにいた…―――




このまま化膿していくように、ってしまうのだろうか



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