鞘から静かに刃を抜き、自身の膝に置く

通常の刃とは異なり、神秘性を帯びた剣の名は“明星”

己が属したギルドと同じ名を持つソレは、世界を救った力を宿しており、あの旅の名残とも言えた


(皆…)


始まりはいつだっただろうか

偶然が重なり、引き寄せられるように集った仲間達との出逢い

輝かしくも辛い事もあった旅

それは、世界を結果的に救う旅となった


(…この世界は、)


仲間達と守った己の故郷―――テルカ・リュミレースの景色が甦る

魔導器を捨て、精霊と共存するようになった世界は、様々な困難の果てに新たな時代を築いていった

皆が息をして、共に生き、守ったその世界を、ミクニは見守ってきていた

彼らが安息の眠りについてからも、ずっと…―――

それが、生きているミクニが為すべきことであり、己が生きる理由でもあった

だからこそ、戻らなければならなく、ミクニは戻る術を捜さなければならない

でも、今のミクニは惑いを生じていた

異世界だと断じて決めつけていたリーゼ・マクシアに疑問が生まれたからだった


(異世界じゃ…ないのかな…)


先日、教会で見つけた文字は、紛れもなくテルカ・リュミレースに存在した言葉に似ていた

それから生まれるのは、己の世界とこの世界が同一という事柄


(…此処は、同じ世界なの…?)


単なる偶然が齎したものか、その事実を確かめるには情報は余りにも少なすぎた

もしも疑問の答えを知っている者がいるとすれば、この世界に存在する大精霊だろう


「……」

「外に出て何をしている?」


テルカ・リュミレースへ想いを馳せるように刃に触れていれば、肩に触れられる

その手はミクニに積もってきていた雪を優しく払う


「…外の方が、精霊が多いからね。それに、こうやって彼らを見ていると…」


自身に触れてきたガイアスを見上げたミクニだったが、言葉を止めた


「己の世界を想い出すか?」


口にするのを何故か躊躇っていれば、代りにガイアスが口にする

弱った笑みでミクニは微かに頷くと、抜き身の刃を鞘へと戻し立ち上がった


「うん。だって、私が帰らなければいけない場所だから」

「人と精霊を見守るためか…」


前に話した事を覚えていたのだろう

その言葉にも頷きを一つ返せば、ガイアスの視線が少し強くなる


「何故守るのだ?」


(何故?)


弱き者を導き、民を守るガイアスからそのように聞かれるとは思わなかった

表情には出さないがミクニは困惑する


「人と普通に関わる事も出来ない世界で、お前は幸せなのか?」

「…そうだね。人と関われないのは心細かった。でも、私は…」


(理由なんて…そんなの)

(だって私は、そうするしか)


「…ユーリ、という者のためか?」

「え―――」


戸惑いが面に出れば、ガイアスの表情が明らかな怪訝さを見せた


「そうなのか?」

「………」


この問いから逃げたい気持ちが、いい言葉を捜そうとする

でも、そのための言葉は見つからず、ミクニはただ口を噤んだ

そのまま視線まで逸らそうとすれば、身体が暖かさに包まれ、顎を掴まれる

他の何も見せないように、視界にはガイアスだけが存在していた


「言わぬなら、それでも構わん。だが…」

「…っ…―――」


顔を寄せられ、唇に何かが触れる

その感触で己がされていることをミクニは理解したが、動けずにいた

突然の口付けに瞳を見開いていれば、静かにガイアスの顔が離れる


「…ガイアス…」


彼の名を呼ぶが、その行為の意味を問おうとはしなかった―――いや、出来なかった

脳裏に錯覚だと否定していた情景が浮かび、この空気の危機を察する


「ミクニ…」


男と感じさせる声で名を紡がれて、次の言葉が出ようとした

それはきっと聞いてはいけないものだという気がするのに、ミクニの声は出ず、ただ心臓の音だけが大きくなっている



「 俺のものになれ 」



心臓の音が一瞬消えて、ガイアスの言葉が身体を巡っていく

それが持つ意味は、ミクニの考えるモノで合っており、そう思うと雪の冷たさではない冷気が内側から襲った


「…何を、言って」


自身だけを見つめる視線の熱に、辛くなってしまい、平常心での声が出ない


「己の世界を容易く捨てることなど、出来ない事はわかっている。だが俺は、諦めるつもりなど毛頭ない」

「………」

「喩え、お前の心が俺に向かないとしてもな」


抱き竦めていた力が強くなり、次にはガイアスの吐息を感じる


「だから覚悟していろ」


鼻を掠めるほどの距離で言われた言葉に込められた深い感情を感じ取る前に、再び唇を奪われた

束縛された身体では抵抗など出来ず、僅かな時間の間、ミクニはガイアスの愛を拒むことなく、瞳を伏せる



その感情が、一時の迷いだと願って…―――




悟らずにいれたら、ぶ苦痛を味わう事はなかっただろうに



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