体の内側から出ていた熱も、包んでくれていた温かさも薄れていっていた

ミクニが瞼を持ち上げると、何も見当たらない

毛布の中で身動きし、視点を変えてみる


「あら?起きたようね」

「……プレザ?」


曲線を描いた身体がミクニの傍にあった

その肢体を辿ってみれば、思い当っていた人物の顔


「私で残念かしら?」


この状況を理解できない頭を触れられる

プレザが言いたい事も寝ぼけた思考ではよくわからずに、ミクニはプレザの指に瞳を細めた


「…寝ぼけているようね」

「…ん…ちょっと…」


ため息一つも艶やかなプレザにミクニは「やっぱり、綺麗だな」と思いつつ、思考を働かせる


「…そう、いえば………ガイアスは…?」


ようやく記憶が引き出され、ミクニは覚醒した時に無意識に捜した人物の名を口にする


(確か、雪崩に襲われて…ガイアスと一緒にいて)


「陛下はお城に戻られたわ。私は陛下に言われて来たのよ。何故私を向かわせたのかと少し不思議だったけれど、当然ね」


プレザの指がミクニの肩へと滑り、肌を優しく撫でる

直接触れられている事に気づき、ミクニははっとした


「……」

「陛下と何かあったのかしら?」

「誤解だよ。これは…私が酷い熱に襲われて…ガイアスは私を温めてくれて」

「あら?それじゃ、その格好で陛下に抱きしめられていたのね」

「変な意味はないからね!」


困惑したように眉を寄せれば、プレザが楽しそうに口元に笑みを作る


「本当に何もなかったのかしら?陛下とて男よ?」

「プレザが思っているような事は、何もないよ…!」


(何もない…それでいい)


プレザに抗議する中、ガイアスとの事が頭に過る

夢と現実の狭間で聞こえたガイアスの声

いつもと違う声で囁いてきた言葉

けれど、それは本当に彼だったのか、それとも夢を追っていた自身の錯覚か、ミクニにはわからなかった


(喩え、錯覚でないとしても…)


「つまらないわね」

「私で面白がらないでよ、プレザ…」

「いいじゃない」

「もぅ…」

「だって、貴方ったら可愛い反応をしてくれるもの」


気だるい身体を起こし、むくれた面をするミクニにプレザが覗きこむように顔を近づける

その行為にミクニは目の下を赤らめた

予想通りの反応をされ、プレザはくすりっと小さく笑み、顔を離す


「からかうな!」

「ふふ。それだけ元気なら、帰れそうね。着替えたら一緒に帰るわよ」

「…すぐ着替える」

「手伝ってあげるわ」

「一人で大丈夫だよ!プレザは外で待ってて!」

「仕方ないわね」


子供のような反応を示すミクニに急かされて、プレザは立ち上がり扉へと向かう


「…それにしても、陛下ったら奥手なのかしら?」


自身の主が懐く感情を想いながら、ミクニを残して彼女は部屋を後にした





まだだるさの残った体だったが、着替え終わったミクニはプレザの元へと急ごうとした

部屋を出ると自身がいた所は、小屋でもないことを知る

すぐに階段が見え、下りていけばたくさんの長椅子が並んでいるのが見えた

その内の一つの椅子の傍に立っていたプレザが軋んだ階段の音に気付く


「此処って何処?プレザ」

「カン・バルクの近くにある教会よ」


(教会か…確かに神聖な雰囲気だ)


微かな外の光が差し込むステンドグラスに厳格な内装

物珍し気にミクニは辺りを見渡していた

その様子にプレザは止めることなく、彼女の様子を窺う


「…あれは…」


一際人の目を引きつけるモノがミクニの視線に止まる

絨毯の向こうに座した、金色の何か

美しい形をとり、細かな細工

教会の御神木だと思い、ミクニはその場所へと寄った


「それは、古くから祀られているモノよ」


プレザの言葉に耳を傾けつつ、ミクニは円状のモノを観察していく

隅々まで綺麗に作られたモノは、人間が作り出したとは思えなかった


(…何だか、力を感じるけど…精霊が作ったのかな?)


この世界では精霊の力で作られたモノが溢れている

恐らく、コレも精霊の力を使って作られたモノだろうが、込められているモノが他と違っているような気がした

まるで魅入られたようにミクニは視線を滑らしていく

だが、ある箇所でそれは止まる


「っ……これは…」

「何かしら?…ああ、それは古代の文字よ。今では誰も使っていないし、解読出来る人も今の所いないわ。だから、失われた文字と言われているわね」


(失われた…文字)


三つの輪の中央に刻まれた文字のようなもの

ウィンガルから習っているこの世界の文字とは違っていた


「どうかしたのかしら?」

「何でもないよ」


プレザの声で囚われていた意識を戻し、何もないように首を振る


「そう。それなら、そろそろ戻るわよ」

「…うん。そうだね」


プレザが背を向けたため、ミクニも後に続こうとするが、今一度ミクニは金の輪を―――文字を見た


(…なんで、この文字が)


憂いを帯びた視線が文字へと流れる

刹那の沈黙が流れたが、ミクニは踵を返すとプレザの後を追いだした

その間にも頭の中で忘れられた文字が並び始め、言葉が聞こえ出す





《 此処に深淵より現れし魂を別ち、言葉を遺す 》



《 親愛なる存在が忘れられぬように、我らは願い続けよう 》



《 この魂が、深き眠りから覚めないことを祈ると共に――― 》






失われた文字と称された存在は、自身の知る言葉と、余りにも似ていた




道を指し示す石が、狂ってゆく



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