「何をしている?」

「ガイアス。今、ウィンガルを待ってるの」


執務室の扉がある廊下で目についた人影に声を掛ければ、窓辺から視線を外して表情を自身へと向けられる

重臣の娘のような着飾った姿でもなく、兵士のような武装した格好でもなく、どちらかと言えば身軽な装いをした格好をしているのは、他ならずミクニ だった

いつものように動きやすい服装をしたミクニの腕が抱える書物からガイアスは事情を察する


「ウィンガルに教わる時間か」

「そう。だから此処で待ってるの。少しでも遅れたらウィンガルは怒るからね」


肩を竦めるミクニの言うとおり、ウィンガルは時間を厳守する男だ

ただそれは、王の側近としての務めに対してであり、政以外ではそれ程厳しくはない

もちろん、怪訝にならないわけではないが、ミクニに対してだけは別のようだった

最初の頃は、異質な存在であるミクニを疑っている部分もあったためだろう

だが、今では明らかにそうではない事をガイアスはわかっている


「…ずいぶんと仲良くなったな」

「確かに最初に比べたらそうだね。小言を言われる事もあるけど、親身に教えてくれてるし、勉学以外の話をしても返してくれるようになったし」


それはミクニ本人もわかっているのか、彼女はいつもの笑みを見せてくる

けれどその笑みを見た瞬間、ガイアスは自身の胸がざわついたのに気付き眉を顰めた


「どうかしたの、ガイアス?難しい顔をしてるけど」

「いや、気にするな…それよりも、ウィンガルはまだ偵察から戻ってきていない。恐らく遅れるだろう」

「えっ!そうなの?そういえば、今回は時間がかかるとか言ってたっけ…」

「あいつが戻ってくるまで此処で待つつもりか?」

「うーん…」

「ならば、俺と共に執務室で待つといい。ウィンガルは一度俺の元に来るだろうからな」

「いいの?」

「構わんから言っている」

「じゃぁ、そうするね!」


ガイアスの提案にミクニは彼と共に近くにある王の執務室へと向かう

ウィンガルの執務室と同様に厳格さを感じさせる部屋でミクニは慣れたように部屋に置かれた長椅子に腰かける


「邪魔はしないようにするからね」


書類や難しい本が置かれた執務用の机に向かうガイアスの背後でミクニがそう言う

けれどガイアスは、そのまま机に座ることなく一つの書類を手にするとミクニの元へと足を運び、その横へと腰を下ろした


「ウィンガルが来るまで俺が教えてやろう」

「でも、執務は?」

「急ぎのモノは既に終わらした。それとも俺では不服か?」

「そんなことないよ。むしろ、助かる!」


ミクニは持ってきていた書を開くと、さっそく疑問の残っていた言葉をガイアスへと聞いてくる

いくつかの問いにガイアスはミクニにわかりやすいように説明していった

ミクニは納得すると、少しの間自身の力で書の文字を読みだす

所々、悩みながらも読んでいくミクニの横顔を見ながら、ガイアスは書類に目を通した


(…こちらの文字にもだいぶ慣れたようだな)


書類を読み終える度にガイアスの視線は横にいるミクニへといく

ガイアスに対して邪魔することなく集中している姿が其処にあり、視線は本へと向いていた


(…白いな…)


ミクニの首筋に目がいき、暗めの髪とは裏腹に白い肌が目につく

性別的には女なのだから、白くても不思議な事はなかったが、何故か気になってしまい、自然と指が伸びる


「っ―――ガイアス?」

「何を驚いている?」

「驚くよ!いきなり触られたら…」


肩を跳ねさせミクニの顔があがる

少し驚いた視線を向けられたが、ガイアスは気にするわけでもなく、その肌に触れたままでいた


「気づかぬお前が悪い」

「私が悪いって…というか、何で触ってるの?」

「気になったからだ」


困ったように眉を八の字にするミクニが見えたがガイアスは構わずに指を滑らす


「気になったって…」

「別にいいであろう」


ガイアスの行動にミクニはため息を一つ吐くと、再び視線を本へと向ける

別に触れられる事に抵抗はないのか、ミクニは何も言わなくなった


(…つまらんな…)


触れてしまいたいと思う心とは別に、その態度に不服な気持ちになる

時折、初な反応を示すと思えば、今回のように何とも思っていない表情のミクニ

しばらくミクニの首筋に触れていたガイアスだったが、首の骨に沿うように背中をなぞろうとした


「っ―――!」

「どうした?」

「背中は触らないで!」


驚いてか、ミクニが瞬時に振り向き、ガイアスの指から離れる


(触るな、か)


その反応に興味を惹かれたガイアスは、ミクニとの距離を短くした

それに気付いて戻しかけていた視線をミクニがガイアスへと向ける


「ガイ、…っ」


ガイアスの指が少し強く触れると、ミクニの身体が小さく固まった


「触んないでって…、…っひゃ!」


ミクニが逃げる前にガイアスは今一度背中へと手を伸ばし、軽く触れる

けれどそれだけで反応は示されず、もしやと思い試しに圧してみると、悲鳴にも似た声が上がった


「何だ、その声は?」

「背中は…やっ」


(なるほどな。背中が苦手なのか)


続けざまに背中を圧して、ミクニの反応にガイアスは確信する

ミクニは慌てて椅子から立ち上がろうとしたが、ガイアスはその腰に腕を回し阻んだ


「離してよ…というか、背中を圧さないで」

「嫌だと言ったらどうする?」

「何言って…んっ…!」


声を押し殺してビクリと腕の中で反応をするミクニの反論をそれ以上聞かないように背中に触れていく


「…ぁ…っ!」

「まるで媚声だな」


背中と言っても特に外側に近い骨の辺りが苦手なのか、そこを突けばミクニは力が抜けたようになった

その姿と漏れた声にほくそ笑みながら、ガイアスは耳元で悪戯に言う


「っやめ、て」

「これくらいで感じているお前が悪い」

「…感じて、るんじゃっ…ない」

「ならばいいだろう」

「よくな、…ぅ、んっ…」


涙目になりながら訴えてくる姿に、悪戯な感情が現れ、欲情してくる

けれど、単なる色欲の情とは違う

今までの女を抱きたいと思うモノとは違っていた


「入りますよ、陛下……何をしているんですか?」


部屋に姿を現したのは紛れもなくウィンガルだった

椅子へと倒れ込んだミクニを捕捉するガイアスを視野に入れた彼は、顔色を変えずに聞く


(…今来なくていいものを)


内心残念がるガイアスを余所に、ミクニは今だとばかりにガイアスの腕から逃げるとウィンガルの元へと飛んでいった


「っ、ウィンガルッ!!」

「…抱きつくな」


何ら恥ずかしがることなくミクニはウィンガルの腰へと抱きつく

その行動にウィンガルは言葉では嫌がりながらも、無理に離そうとはせずにいた


「だって…ガイアスが…私の背中を指で圧してくるんだもん!」

「意味不明なことを言うな」

「私、背中が苦手なんだよ!」

「…つまり、陛下の悪い癖が出たと言いたいのか?」

「そう!それ!」


必死に先程のガイアスの行動を訴えてくるミクニの言葉を、ウィンガルは平然な表情で解読していく

親しげな二人のやり取りにガイアスは何も言わずにいたが、不機嫌そうに口をはさむ


「…減るモノではないであろう」

「そういう問題じゃない!だいたい、耳元で変な事囁いたりして…」

「はぁ…とりあえずミクニは俺の執務室に行っていろ。俺は陛下にご報告することがある」

「…今度したら怒るからね、ガイアス!」


ガイアスにそれだけ言うとミクニはウィンガルに言われた通り部屋を出ていく

その背を部屋に残った二人は見送ると二人は目を合わせた


「何を戯れていたのですか?陛下」

「…ミクニを見ていると、どうもな…」

「虐めたくなると?」


その気持ちもあったが、ガイアスはすぐに肯定せずに考えるような素振りを見せる

主の様子にウィンガルは眉間に力を入れ、重い口を開いた


「…ミクニに惹かれているのか、ガイアス」


主と部下という関係での口調ではないウィンガルの言葉に足りなかった欠片が埋まったような感覚がした


(…そうか…俺は)


不確かな感情を覆っていた霧が晴れていき、一つの感情の名が生まれだす



( ミクニを、欲していたのか )



その感情の意味を知り、ガイアスは人知れずほくそ笑んだ





第三者から教えられた、一方的な



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