任務に赴いていた他の四象刃が集い、それぞれが手にしてきた情報を纏め終える

ウィンガルは手元の資料を纏めようとしていたが、予定の鐘が鳴っていない事で窓辺に視線をやった


(予定よりも早く終えたか…)


「ウィンガルよ。お主、これからあの娘の所か?」

「それがどうした?」


未だ席を立たずにいたジャオの視線に続き、他の二人の視線もウィンガルに向く

例の女の話が上がっただけでもいい気分でないと言うのに、同僚の視線にウィンガルは顔には出さないが怪訝な気分となった


「あの違う世界から来たって言うクソババアか!あはは、どんまいだよな!」

「仕方ないわよ。陛下の御命令だもの。それに貴方よりは手は掛らないと思うわよ」

「んだと、このクソババア!ババア同士だから憐れんでんのか?!大体、陛下もだぜ!あんなババアで得体のしれない奴を保護するなんてよ…!」


アグリアの癇癪にプレザは構っていられないとばかりにため息をつく

恒例のやりとりを横目で捉えながらウィンガルはジャオへと視線を向けた


「いやのぉ。あの娘の所に行く時のお主は、少し楽しそうな気がしてな」


(…何を言っている…)


ジャオの発言にウィンガルはもちろん、同じ部屋にいるアグリアとプレザの動きが固まる


「馬鹿を言うな。俺があの女のせいでどれだけ時間を無駄にしていると思っている。只でさえ面倒事だと言うのに、あの女め…シャン・ドゥに行きたいと言いだしたのだぞ?それだけでも甚だしい事だと言うのに、陛下を連れていき…その上、帰還してくるのも遅いときた」


(そうだ。あいつのせいで俺がどれだけ迷惑していると思っている)


「…じゃが、お主がそうも愚痴を零すなど珍しいと思っての」

「確かに…そう言えば、そうね」

「まぁ、あたしには関係ねぇーけどな」


興味なさげに机に足を乗っけるアグリアとは対照的に、プレザはジャオの言葉に同意した

陛下に忠実な部下として、陛下に仇なす存在と接することなど日常茶飯事であり、ストレスが貯まることはもちろんある

けれど、ウィンガルと言う男は今までにどのような嫌悪する人間が出てこようとも、このように愚痴る姿など見せはしなかった


「それ以上変な事を口にしてみろ…!お前達とは言え、斬るッ」


必死にロンダウ語になりそうな心情を抑え、瞳を鋭くしたウィンガルはこれ以上聞いていられないとでも言うように部屋を出ていく


(ふざけている)

(俺があの女といて楽しいはずがない)

(ありえない)


足早に廊下を進んでいく

頭で否定しながら、ウィンガルは確かめるようにミクニの部屋へと向かっていた


「…入るぞ」


少しだけ返事を待つがすぐに扉を開ける

だが、人の姿は見当たらず、ウィンガルは踵を返すと思い当たる場所を捜した


(ほら、どうだ)

(予定の時間が近いと言うのに、部屋にいやしない)

(こうも手を掛けさせる者の相手に、俺が楽しいわけがない)


同胞の言葉を否定し続けながら、城の中庭の一つへと赴く

滅多に人が赴く事のない場所に入れば、風をきる音が届いてきた

足を踏み込めば、誰かが刃を振るっている


(…あの者か)


緩く拭われた柔らかな髪を揺らし、刃が美しく弧を描く

軽やかな身のこなしに、単なる素人ではない事がわかる


(剣を扱うことは知っていたが…)


ミクニが不可思議な飾りを使い、其処から弓と剣を出現させている事はウィンガルも知っていた

けれど、飛竜に似た姿を持つ彼女にとって、武器は単に飾りに近いモノかと思っていた

なのに、目の前の動きはどうだろうか

素人どころか、かなり卓越した動きをしている


(中々やるようだな)

(いや、だからと言って何だと言う)


「…あれ?ウィンガル?」

「っ――――…此処で何をしている?」


剣術に没頭していたミクニが木の影に潜んでいたウィンガルに気づく

ミクニの声にウィンガルは驚きを見せることなく問う

流れる汗を手で拭い、ミクニは刃を鞘に仕舞った


「あんまりさぼっていると、腕が鈍るから」

「…それ故に、隠密にやっていたと言うのか?」

「暇だったし、言う必要ないと思ってたけど…言った方が良かった?」

「ふん…どうでもいい事だ。だが、俺がお前に時間を割いている事を忘れているわけではないだろうな?」

「それはもちろんだよ!というか、時間、まだだよね?」

「予定より早く会議が終わっただけだ」

「もしかして…迎えに来てくれたの?」


期待したような目がウィンガルを見上げてきた

今にも笑みを零しそうな顔にウィンガルは慣れたように視線を鋭くしようとしたが、代りに視線を逸らす


「…時間を無駄にしたくないだけだ」

「そっか」


ウィンガルの態度にもう慣れてはいるとは言え、視界の端でミクニが苦笑いを見せた


(そうだ俺は別に…こいつに構うために来たわけではない)


その顔にウィンガルは視線を合わせることなく背を向ける


「すぐに執務室へ来い」

「うん」

「今日は世界の成り立ちについて教える…いいな、ミクニ―――」


それだけ言うと、ウィンガルはそのまま歩き出した

背後で驚いたような気配がする


「…待って、ウィンガル!」

「……」

「今…名前を」

「…だから何だと言う?」

「ううん!ありがとう!すぐに行くからね」


弾んだ声色が届き、ミクニがどのような顔をしているのかが浮かんでくる


(名前を呼んだのは、このままでは不便だからだ)

(そう、何も他意はない)

(だが…)


明るい表情を振り舞く姿を、悪くないと思いだしている自分がいた




燦爛とするにも、時間が経てば慣れてしまう



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