白銀の上空を駆けていっていると、地上の道が途絶えた

連山が壁のようになり平野を取り囲んでいっている

それが目印のように白い色が失せていき、雪の世界が終ろうとしていた


「あ……」


ガイアスの腕の中で大人しくしていたミクニは、雪が晴れた先で見えたモノに興味を示す

一気に雪が消え去り太陽の陽射しが少し強くなるとミクニは瞳を細めた

捉えたモノが、次第に形を鮮明にして近づいてくる


「これが…此処が、シャン・ドゥ?」

「ああ」


宙に浮かぶように作られた建物の横を飛翔するワイバーンの上でその街並みを見渡す

崖と一体化するように作られた街並みは、一瞬空から見たカン・バルクと全く違う印象だった

上空という不安も消え失せたようにミクニはその光景に目を奪われる


「…安心したか?」

「うん…酷い被害を出してないみたいで、良かった」

「俺の言葉は信じられんようだな」

「そういう意味じゃないよ。ガイアスは優しいから、私に遠慮して言わない可能性もあると思って…」

「…俺は王だ。理由がなければ、俺がお前に遠慮をする事はない」

「確かに、それもそうだね」


ガイアスの言葉を耳にしながら、ミクニはシャン・ドゥの街を見渡し続けた

活気が溢れる街には、見た所損傷はない

少し心の不安を軽くして、ミクニは優しく地上を見下ろす

その横顔をガイアスは一目見ると、手綱を動かしてワイバーンの向きを変えた


「何処に行くの?ガイアス」


突然の方向転換に不可解と驚きでミクニがガイアスを振り仰ぐ

けれど、ガイアスは返事をせずにワイバーンを地上に向けて翔けさせていた

地上に近づくにつれて、ワイバーンの動きがゆっくりとなる


「着いたぞ」

「でも…帰るんじゃないの?」


風が止み、地上へとたどり着く

此処の番をしているらしい人がガイアスの登場に驚きながら駆けつけて来る

ガイアスは平然としたまま降り立つと、ミクニへと手を差し伸べた


「街を見たいのであろう」


たった一言に不意を食らう

けれど、その表情はすぐに嬉しそうなモノへと変わり、ミクニは彼の手に自身の手を重ねた





シャン・ドゥの街の中で、弾んでしまう心が現れたように忙しなくミクニがうろつく

何もかもが新しいものに見える子供のように動く背中にガイアスは声を掛けた

「余りはしゃぐな」

「ごめん」

「忙しない奴だ。長く生きているとは思えんな」


顔を隠すようにフードを被ったガイアスの言葉に、見た目は若い彼女は弱点をつかれてか苦笑いとなる


「こうやって何も気にせずに街の中に入ったのって久しぶりだったから…つい」


その姿にガイアスは、保護した当初を想い出す

二人での会話の際、ミクニは特別な会話でないというのに、ずいぶんと嬉しそうな表情をしていた

恐らくミクニにとって人と普通に関われる事は特別であり、そうなってしまったのは彼女が普通の人ではないためだろう

その心情にガイアスが同情するような事はなかったが、人と接することで明るい表情を見せるミクニに好ましい印象を抱いた


「…目立つ行動はするな」

「わかった!」


元気に頷くとミクニはガイアスの歩調に合わせて隣を歩む

一見落ち着いた様子に見えるが、その瞳は未だに様々な店に目移りしており、装飾品を取り扱う店に向く


「わぁ…綺麗な髪飾り…」

「お姉さん、どうだい一つ」

「いや、私は…」

「そっちの彼氏さんに買ってもらいな!お兄さんも、お安くしとくよ?」


お店の女亭主が品を楽し気に見ていたミクニへと声を掛けてきた

後ろに立つガイアスを恋人だと勘違いされてか、ミクニは照れ隠しに頬を掻き、丁重に断る


「また今度の機会にしますね。今度はあっちに行こう」


ガイアスの手を掴むとミクニは店から離れるために歩き出した


「良かったのか?」

「うん。見ているだけで私はいいし、何よりお金がないしね」

「…欲しい品があったのか?」

「私は見るのが趣味みたいなものだし…それに身に付ける物は、もう一つの姿をとる時に邪魔になるから」


都合良く身に付けているモノが身体の一部になってくれる事はない

ただ、今身に付けている服や武器などは天才魔導士と呼ばれた親友に貰った装飾品―――特殊な術式を文字結晶化したモノ―――により、物質が情報と化して融合するようにしている

つまり、それ以外の物では形態を変化させる時に面倒になってしまう

その説明はガイアスも先日聞いたばかりだった


「それらの服のように出来ぬのか?」

「一応、仕組みとやり方を教わっているんだけどね…結構面倒なんだよ」


それだけ説明すると、ミクニは違う店へ行こうとするが留まり、ガイアスを振り返る

ミクニはガイアスの手を握っている己の手を見つめると、慌てたように手を解いた


「あっ…ごめん!…手を掴んでたの忘れてた」

「何故謝る」

「何となく、嫌かなぁって思って」

「…そうか」


(謝ることでもないだろうに)


ミクニの答えにガイアスは自分の内だけで納得すると、空いた掌を少しだけ見つめて下ろした

顔色の変らないガイアスに内心小さく傷つきながら、ミクニは少し前を進み始める

だが、橋の近くまで来ると、突如ミクニはガイアスを置いて小走りに駆けだす

何事かとガイアスが先を見ると、鮮やかな色の果物の群れが見えた


「お、美味しそう…」


ミクニの後を追えば、彼女は艶やかな食べ物に視線を釘付けにされて、密かにお腹を押さえている


(腹を減らしたのか)


「…そのナップルを一つ貰えるか」


店の者に料金を手渡し、ミクニが凝視していた果物を受け取れば、ミクニの視線もガイアスへと自動的に向けられた


「食べたいのだろう?」


手に持った赤い実を差し出せば、ミクニは果物とガイアスを見比べてから、瞳を輝かせてナップルへと手を伸ばす


「ありがとう!」


(まるで餌付けをされる動物だな)


お菓子をもらえた子供のようなミクニの後をついて人の少ない橋へと向かう

たどり着くとミクニは大事に抱えていたナップルに齧りついた


「ちょっと酸っぱいけど…甘くて美味しい!」


たった果物の一つで嬉しそうにするミクニをガイアスは見下ろす


「ガイアスも食べる?すっごく美味しいよ!」

「お前が食べろ」

「でも、ガイアスが買ってくれたんだし…はい」


実に美味しそうに食べていたミクニがナップルを差し出してきた

ガイアスはしばらくそれを見つめると観念したように受け取り、口元に運ぶ


(…こんなにも旨いものだったか…?)


その味をよく知っていたはずだが、久しぶりに口にしたためかそのような印象を抱いてしまう


「美味しい?」

「ああ…美味い」


ガイアスの言葉にミクニは満足そうに微笑む


(やはり可笑しな奴だ…)


心の底から幸せそうにするミクニの姿を、ガイアスは黙って見守った



二人だけの世界にするように、果物のりが包み込む



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