轍
普通の紙類ではなく、羊皮紙のような紙―――いわゆる羊の皮で出来たモノがある
正確には、羊かどうか知らないが、ミクニは羊という事にした
柔らかく滑らかな高級な紙には、模様が描かれている
端の方には文字らしきものがあり、“リーゼ・マクシア”と読むらしい
「ウィンガル」
“冷静”という言葉が似合う男―――ウィンガルを呼べば、ミクニに世界のことを教えていた彼の瞳が地図から離された
金の瞳にミクニの動きが止まっていると、ウィンガルは怪訝そうに言う
「聞きたいことがないなら、続けるぞ」
「あ、待って!教えてもらっていて悪いんだけど…」
「早く言ったらどうだ」
「私が襲った街って…何処?」
じっと見下ろしてくるウィンガルの言葉を待つ
「知ってどうする?」
「出来たら見に行きたいなぁ、と」
「お前が行った所で現状は変わらないはずだ。それに、陛下も言われたようにお前が気にすることはない」
遠慮がちに申し出てみれば、案の定、容易く切り捨てられた
そうは言われても、ミクニの心は納得できるわけもなく、頼み込む
「そうだとしても私、行きたい。だから、場所を教えてくれないかな?自分で行くから」
「お前は陛下に保護されている身を忘れているのか?」
「もちろん、ウィンガルやガイアスにも迷惑なんてかけないよ」
「わかっていないようだな。お前が1人で行き、何者かに攫われでもしたら敵わないと言っているのが」
「…心配してくれているの?」
ガイアスの命令で仕方なくミクニに付いているウィンガルは、ミクニの事を余り好意的に見ていないと思っていた
だから、その一言にミクニの身を按じてくれているのかと聞けば、ウィンガルの視線が鋭くなる
その視線を向けられたミクニは、ビクリと肩を跳ねさせる
「勘違いをするな。お前が攫われでもしたら、面倒な事になるだけだ!」
「そう…でも私、みすみす攫われるような事はないつもりだけど」
「逃げないとも限らん」
ああ言えば、こう言われる
(ウィンガルは、頑固だ)
王に対して忠実な部下なのだから、そうなのかもしれないが、ミクニは断固として譲ってくれそうのないウィンガルの姿に頬を掻く
「じゃぁ、ウィンガルが一緒に行って、」
「俺は忙しい。お前にこうやって時間を割くのでさえ、本来はおしいのだ。陛下の命がなければ、俺は―――」
「何を言い争っている」
いつの間にか言い合いは大きくなり、二人の意識は互いのことで占められていた
その証に部屋に入って来た王に気づかず、ようやく彼の声で気付かされた
ミクニとウィンガルは同時にガイアスへと視点を変えると説明をし出す
「この者が無理を言いだすもので、」
「無理って程じゃないよ。私はただ、襲った街が気がかりなだけ」
「俺の話を遮るな」
「自分だってさっき、遮ってたじゃんか!」
「…少し黙れ、二人とも」
むっ、とウィンガルに対して納得いかないとばかりにミクニが睨む
それくらいでウィンガルが怯むはずはなく、二人がまたしても言い争いを始めようとすればガイアスの鶴の一声が響いた
諍いもいつしか轍となる過程の一つ
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