世界



ミラは変わってしまった

クルスニクの槍を始め、精霊に害を為す黒匣を殲滅すべき使命だけを見つめ、人間の気持ちを汲み取ることをしなかった出逢った当初のミラ

それは“世界”を存続させることを第一と考える始祖の隷長――精霊の上に立つ者としては相応しいものであった

けれど、今のミラはそうではない

ジュード達と行動したことにより、多くの者と触れあい、人間と言う存在を本当の意味で理解したことで、彼女の思考には人間味が備わっていた

見た目はもちろん、中身さえも人間としか言えない程に―――

けれどその変化は、世界の均衡を保つ始祖の隷長からすれば、不相応であり、ミクニと対峙する要因であった


(ミラ…君は人間だ)


だが、“人”を望むミクニは、それでいいと思っている


(人間であっていいんだ……君は)


ジュード達に悟られないように毅然とした表情を崩さないものの、酷く動揺をしているミラに、ミクニは呟く


「黒匣によって精霊は死に、このような現状となっているというのに、その黒匣を人間にとって必要だからという浅はかな理由で認めるのは、人間としての意見に他ならない」


それでも表面を変えることはなく、ミクニの口が発するものは、始祖の隷長としての思考だった


「待ってよミクニ!確かに黒匣によって精霊は殺され続けたかもしれない…けど、断界殻を解けばそれも解決するんだ!ミラは、ちゃんと精霊のことも考えてる…だから、そんな風に言わないで…!」

「ジュード…」


ミラの意見は、人間のことしか考えておらず、精霊のことを考えていない

そう聞こえるミクニの発言に、ジュードが一歩前に出る

少し前まではミラの影に隠れ、良く言えば心優しく、悪く言えば自分の意志を持てていない少年

けれど今目の前にいる彼は、自分の意志を持ち始め、成長しており、彼の名を零したミラの声には嬉しさにも似た感情が滲んでいた


「精霊の事を考えている?本当に精霊の事を考えているならば、黒匣は無論のこと、精霊の命を弄ぶような源霊匣など認めることなど考えはしない」


彼らの間にある絆を少しばかり眩く思うも、ミクニの否定をする姿勢は崩れず、それどころか棘が含まれているように感じるものとなった


「っ!そりゃ、俺らは黒匣を使い続けて精霊を殺してきた…源霊匣だって、ジランドのような人間がいれば、精霊からしたら迷惑だろうな。それらについては、否定しようがないぜ…」


20年間リーゼ・マクシアで過ごしていたとは言え、エレンピオス人であるアルヴィンは、苦いものでも吐くように認める

彼とてジランドのように否定したいだろう

黒匣に縋りついたのは先祖であり、自分達はどうすることも出来なかったと

それでもその事実になったのは自分達も原因だと認めると、アルヴィンは面を上げ、これだけは引き下がるわけにはいかないようにミクニを見た


「けどよ!せっかくバランが開発してくれた源霊匣を、命を弄ぶモノって言われるのは我慢出来ねぇわ!」


ミラよりも、そしてガイアスよりも、感情の色と共に人間臭さが無くなり、同じ人間とは思わせないミクニの視線から逸らすことなく、アルヴィンは真っ向から声を張り上げる


「いいんだ、アルフレド」


だが、それを宥めるように第三者の声がアルヴィンを止める

今まで事の成り行きを見守っていたバランだった


「ミクニちゃんの言う通り、源霊匣が精霊の命を弄ぶっていうのは事実なんだからさ」

「バラン!?」

「精霊の化石。あれには術が宿ってるって言っただろう?謂わば、精霊の魂みたいなもの」


ミクニの言葉の意味を違う言い方でバランが代弁する

それにより、ミクニがそのように表現した理由が見え、アルヴィンは言葉を詰まらした

それはジュード達も同様だった


「僕達が黒匣で精霊を殺した挙句、それによって出来た精霊の化石まで、自分達が助かるために手を出しているんだ。そう言われても仕方のないことさ」

「っ…だとしても、…」

「ああ。そうでもしないと、僕達は生きていけない。わかっているんだ。これがどんなに黒匣よりも優れていても、精霊を甦らすと言っても、精霊にとったら人間の道具にされているようなものだということわね…」


自分達の技術は決して善ばかりではなく、非難される部分もあることを受け入れているバランは、ミクニとエルシフルに向かって悲し気に微笑む

それは、二人が精霊を大事しているのを察し、彼らに申し訳ないとでも言っているようだった

けれど、それでも彼が源霊匣の技術を放棄しない――出来ないということも、彼の瞳に隠れ潜む信念から理解できた


「…ミクニさん。確かに源霊匣は完璧ではなく、捉え方によっては人間の身勝手な振る舞いにより、精霊の命を弄ぶものなのでしょう。ですが、源霊匣という選択肢を失くすのならば、貴方はどのような方法を取るのですか?」


ローエンの聞き方は、確かめるようなものであり、彼へと視点をずらしたミクニは、彼が想像している通りにその方法を口にする


「私の考えは、断界殻を持続させ、この世界にとって害である黒匣を消滅させる」


この施設を襲ったガイアスと同じ考えであると匂わせる方法を


「やはりガイアスさんと同じ考えですか…」

「お前の言う通り、根本的に私とミクニの考えはあの男と同じだ」

「ですが、この世界から黒匣を排除することが、どれだけ気が遠くなるものかわかっているはずです。その時間は、貴方達が守ろうとするエレンピオスに残された精霊を死に追いやってしまいます」

「断界殻を解かないままでいれば、黒匣を排除している間に僅かに生き残っている精霊も死ぬ。お前達はそれでもいいのか?」


世界の隅々まで蔓延った黒匣を排除するには、想像できない程の時間が掛る

ローエンとミラの言う通り、その時間の長さは、このエレンピオスに残された精霊を黒匣から守るどころか、殺してしまうと同義だった


「そのようなこと百も承知。もちろん、それに対する処置も考えている」


黒匣と源霊匣を認めない余りに、その事実を忘れているのではないか?

そうでも言いたいような彼らの視線に、ミクニは考えも無しにそのような考えを選んでいるわけではないと言い、その対策を述べ出した


「エレンピオスに残された全ての精霊は、断界殻の中――即ち、リーゼ・マクシアへと逃がす」

「おい…それってどういうことだよ?全ての精霊をエレンピオスからリーゼ・マクシアに?」

「そうだよ。そうすれば、少なくとも精霊の命は救われる」

「待てよ!精霊は…?それじゃ、エレンピオスはどうなる!?こんな状況で精霊がいなくなれば、エレンピオスは…!!」

「アルヴィン」


精霊を断界殻に守られたリーゼ・マクシアに移行する

もしもそれが可能であるならば、精霊は救われるだろう

けれど、精霊がいなくなったエレンピオスの世界はどうなる?

ミクニの言葉に隠れた意味をアルヴィンが問いただそうとするが、ジュードが首を振り、それを止めた


「ミクニは…エレンピオスの人達をどうするの?黒匣がないと生きていけない人達は、見捨てるの?」

「命に関わる黒匣ならば、私もエルシフルも黙認するつもりでいる」


全ての黒匣を一掃するわけではなく、本当に必要であるならば、認めると言う事にジュードは目を見張る


「それなら、断界殻を解いてからエレンピオスの人達と話しあい黒匣のあり方を決めるべきだよ!」

「断界殻を解けば時間的猶予も出来る。黒匣への理解が少しでもあるならば、強制的なやり方はやめるべきだ」


黒匣の全てを受け入れないにしろ、人間に対して必要な黒匣ならば理解を示すミクニに、対峙する彼らはエレンピオスと話しあいを持ち、お互いに理解し合う方法を取るべきだと説いてきた


「そう言えるのは、君らが若いためだ。そして君らの考えも…若い故に選べる選択肢」


それを聞かされたミクニは、スッと瞳を細める


「断界殻を解き、世界がマナで満たされ、源霊匣が黒匣に代る…君らが考える道は、一見争いもなく平和的に感じるだろう。だが、それは単なる――」


今まで人間としての感情を消し去り、遠い存在と感じさせていたミクニの空気が僅かに変わった



「――現実味のない空想論に他ならない」



普段のミクニからは想像できない、まるで敵に刃を突きつけるような冷たい声に若き者達は圧倒される


「っ……源霊匣の考えは、ミクニから見れば納得のいかないものなのかもしれない。それを抜きにしても、可能性だけで…ガイアスが言ったように僕の独り善がりなのかもしれない。けど…」


拳を握りしめ、“空想論”と言われた事実から逃げないようにジュードはミクニとエルシフルに訴え出す


「それでも僕は、エレンピオスを救う方法を選びたいんだ!」


黒匣の代りになるという可能性だけだとしても、エレンピオスの人達を苦しませない方法を取りたい、と


「…可能性に賭けたい気持ち、わからなくもない。だが、事はそれ程に単純でないのはわかっていよう」


だが、ジュード達がどんな想いでその可能性に賭けたいかなど、二人とてわかっている

そう出来ればどんなにいいだろう

けれど、不確かな可能性を選択できるほどにミクニ達は若くなかった


「断界殻を解くことで、エレンピオスの命は繋がる。けれどその半面で、リーゼ・マクシアが不安に揺れることは君達とて予想出来ているはず。それは即ち、君達の選択に対して、リーゼ・マクシア人が批判をするという意味と同義だ」


誰もが苦しみを背負わない方法などない

この現状まで堕ちたエレンピオスを救おうとすれば、その分の代償が何処かへ還ってくる

ミクニ達の方法がエレンピオス人だけに苦しみを迫らせるものだとすれば、ミラとジュード達の方法は、エレンピオス人の苦しみをリーゼ・マクシア人にも背負わせるものだと言えた


「お前達が考えている通り、リーゼ・マクシアの者達は簡単に納得しないだろう。断界殻を解いた私達を批判するかもしれない。だが、それは覚悟の上だ」

「リーゼ・マクシアとエレンピオスが互いにわかり合うには時間が掛るかもしれない。けど、同じ人間として歩み寄れるのを、僕は信じたいから」


若きミラとジュードの視線をミクニはその身に受ける

二人の瞳は、未来への希望を捨てる事のない瞳であり、断界殻を解放することで訪れる代償を背負う覚悟を決めているモノだった


「…揺るがないようだね…」


二人の意志を汲み取ると、ミクニは他の4人も見渡す

志はどうであれ、他の者達もエレンピオスを救うべき道を取りたいのが窺え、これ以上言葉を紡いでも無意味に等しいと知る


「ならば、最後に問おう」


彼らは諦めたくなどないだろう

彼らは自身らのやり方を受け入れはしないだろう

それを最初から理解していたが、ミクニは最後の問いを投げかける


「――責を負わせる覚悟、それはあるのか?」


世界の均衡を保つべき存在として佇んだ者の喚問に、対峙する人間は言葉を詰まらした


世界のためにあろうとするけれど、人であることを捨てない私の気持ちを混ぜる


―――***
最後の問い
始祖の隷長というよりも、人間としての言葉
世界の存続を優先すべき始祖の隷長ならば、責任など考える必要などない
もともと世界の存続だけを考える始祖の隷長ではなく、人間と精霊のどちらも救える道を捜したい子ではあるけど…表面上は始祖の隷長であっても最後の問いは個人的感情によるものだと言える

まさかの終わらせなかった
次はそんなに長くないはずです

レイアとエリーゼが空気なのは仕方ない
決戦前夜前ですからね、うん

(H24.4.15)



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