人形



遅れて下へ向かうと、バランを含めて閉じ込められていた人が集まっていたが、それよりもミクニは、そこに混じっていたいくつかの気配によって歩みが遅くなる


「これは…」

「あっ、ミクニちゃんにエルシフル。ありがとう。おかげで皆、無事に助かったよ」

「ううん。気にしないで。それに助けたのは、ヴォルトだから」


バランにそれだけ言うと、ミクニは彼の向こうにいる人々――正確には、その人達の傍にいる存在に目をやった


「バランさん、この人達は?」

「皆、黒匣があっても、普通の生活を送るのが難しい人達なんだ」

「バラン……ひょっとして、新型黒匣の研究成果というのは」


淡く光り輝く存在の正体にミラも気づいたのだろう

彼女がその正体をバランに問えば、バランは頷く


「うん。ここの皆、オリジンを使っているんだ」

「この子たちが源霊匣……?」

「かわいいですねー。でも、力は微精霊ぐらいに感じます」


エリーゼの心に反応してティポが猫に似た源霊匣に近づき、その様子に微笑みながらエリーゼはその源霊匣が持つ力を感じる


「そりゃそうだ。微精霊の源霊匣だからね」

「え?」

「意外だな。源霊匣がどうやって生まれるか知らないの?」

「そういや……誰も知らないな」


バランの答えにセルシウスやヴォルトのような大精霊クラスの源霊匣を見てきたジュード達は驚きの表情をする

それを見てバランは、知っていると思っていたのか、意外だと言うと、簡潔ながらも源霊匣がどのように生まれるのか説明し出した

源霊匣とは、精霊の化石に増霊極を用いてマナを注ぐことにより、化石に宿る術自体が実体化したもの

黒匣とは違い、精霊も消費せず、精度もまた雲泥の差

その説明をジュード達が聞かされる中、その説明に興味がないようにミクニはエルシフルと共に源霊匣である微精霊に近づく


「なんとも懐かしいものだな…人間界にてこのような光景を見るとは…」


源霊匣であれど、微精霊と人が関わりあう様に、エルシフルから懐かしさと愛おしさを滲ませた言葉が零れる


(そうだね、エル…)


その感情の原因である光景がミクニの中にも浮かぶが、それは同時にあの“惨事”をも浮かばせるものだった


「ミクニ君とエルシフル君、モテモテだねー」


二人が纏う気配に惹かれるように源霊匣が近づいてくる光景に、ティポが身体を揺らす


「意志が…あるのか」


まるで二人がどのような存在かを知っているような行動にセルシウスとヴォルトの豹変した姿を見ていたエルシフルは信じられないように、自身の周りを浮遊する源霊匣を見る


「…君らは…そう。彼らと上手くやってるの?」


ミクニが光り輝く源霊匣へと指を伸ばせば、それに気付いた源霊匣から擦り寄られる

源霊匣に触れた瞬間、ミクニの肌を伝って、微精霊の心を見せられるように声が届いた

それは決して苦しむような声ではなく、また、セルシウスのように偽りの意志とも違い、彼らには彼ら自身の意識が残っているようだった

精霊の力に比例して成功率が下がるという辺りからも、力が強い精霊であればあるほどに、暴走しやすく、精霊への意識に影響が出やすいのだろう


「お姉ちゃんとお兄ちゃん、源霊匣に好かれるんだね」


源霊匣として目覚めた微精霊達と触れあっていれば、1人の少女が声を掛けてくる


「君も、源霊匣を使ってるの?」

「うん!私ね、メルティアのおかげで目が見えるようになっているんだよ!メルティアはこの子の名前なの!」


破顔して源霊匣の名前を述べた少女にミクニは面食らう


「メルティア… “鮮やかな景色”という意味か」

「君がつけたの?」

「ううん、違うよ。私、最初に見たのがメルティアでね、すっごく綺麗だって思ったの。それを話したら、変わったお姉ちゃんがこの名前をつけてくれたんだよ!」


古代語の意味をエルシフルが口にする

初めて世界の色を見た少女にとって、彼女に寄り添う微精霊は、どんなに荒廃してある世界であろうと、“鮮やかな景色”を教えてくれた存在なのだろう


「素敵な名前だね…メルティアのこと、大事?」

「もちろんだよ。メルティアは私の親友だもの!」


源霊匣――精霊を親友と言い、心の底から大事にしている少女の姿にミクニの口元には自然と笑みが浮かんでしまう


(…大事…親友…)

(だとしても私は…、)


けれど、それに気付いたミクニは、複雑そうに視線を伏せ、口元の笑みを消した


「微精霊の源霊匣が黒匣の代りになる日も来る!」

「そうすれば、みんな黒匣を失わない…精霊も死にません!やりました!ティポが皆の助けになりました!」

「僕ってやっぱりすごいー!」

「てことは…エレンピオスにも自然が戻るかもしれないのか」

「だろうな」

「ありがとう、バランさん!この研究のおかげで僕たち…!」


背後で微精霊の源霊匣によって諦めかけていた可能性を見出して喜んでいたジュード達の会話を背で受け止めつつ、徐にミクニは立ち上がる


「源霊匣が黒匣の代りになる日が来る…そんな風に源霊匣に希望を見ているところ悪いけど、私は黒匣同様に源霊匣を否定するよ」

「え……」


彼らの嬉々とした声とは違い、淡々とした声はよく響き、誰もがミクニへと視点を移した

彼らの意識が自分に向けられていくのを感じながら、ミクニはその瞳を、その空気を、もう一つの自身――始祖の隷長へと変える

そして、“人”としての甘い考えと情を消し、自身が考える最善の策と相反する考えを持つ者達に対峙した


「否定って、認めないってこと…?」

「そうだよ。私は源霊匣を認めない。そう言ったんだ」

「どうしてですか?」

「そうだよー、ミクニ君!説明しろー!」


源霊匣は黒匣とは違い、精霊を犠牲にしない

源霊匣さえ普及すれば、エレンピオスも救える可能性があると理解したジュード達にとって、ミクニの否定は理解できないものだった


「君達だって見たはず。源霊匣によってヴォルトが暴走をしているのを」

「それはわかってるよ。けど、大精霊クラスと違って、微精霊なら此処にいる人達のようにどんな人でも扱える。それはミクニもわかるでしょ?」

「…扱える、ね…」


微精霊の源霊匣ならば暴走の心配はないと言いたげなジュード

意識したわけではないだろうが、その表現の仕方にミクニは微かに鼻で笑う


「そもそもそこが間違い。人が精霊を道具のように扱うなど、愚行だ」

「っ!僕は、そんなつもりじゃ!」

「わかってる。君がそんなつもりで言ったわけじゃないって言う事は。だが、源霊匣が精霊を道具にする行為に変わりはない」

「それはお前の勝手な解釈だ、ミクニ。此処の者たちは、微精霊をそのように扱ってなどいない」


源霊匣によって微精霊と人が触れあう姿

それは素晴らしいものだというのに、それさえも含めて否定しているようなミクニにミラの顔は険しくなる


「そうだな。だが、ジランドに従っていたセルシウスのことをお前達は忘れたのか?」

「……ジランドのような奴が出てくる。そう言いたいってことかよ?」

「そうだ。ヴォルトやセルシウスの件と言い、源霊匣と言うのは、使用者が操れなければ暴走し、欲に濡れた人間が源霊匣を扱えば、精霊の意志を害してしまうのだろう」

「此処の人達のように微精霊を大事に想ってくれる人だけならばいいが、ジランドのように精霊を道具として扱う人間の手に源霊匣が渡れば、その精霊は使用者の言いなりじゃないか」


エルシフルの問いかけで、ジュード達の頭の中にはジランドに使役され、些細なことで頬を打たれても従っていたセルシウスの姿が思い出される

それにより、そのジランドと縁のあるアルヴィンが苦い顔をした


「…確かにお前の言う通り、そのような者も出てくるかもしれない。だが、まだそうと決まったわけではない」

「決まっていない?黒匣を手放せないような人間が、手に入れた力を自分達の欲のために利用しないと、そう思うのか?」


精霊を害する可能性を示唆しても尚、エレンピオスも救える源霊匣の可能性を潰すわけにはいかないとばかりに、ミラのその強い瞳が一心にミクニへと向けられる

その姿勢は瞳と同様に強いものであったが、対峙するミクニもまた、その凛とした姿勢を崩すことはなかった


「それは…エレンピオスの人達にとって黒匣は必要不可欠だから仕方ないことだったんだよ!此処の人達は、黒匣がないと生きていけないの!」

「レイアが言った通り、このエレンピオスには黒匣の助けによって命を取り留めている人間がいる」

「黒匣によって歩けるようになった人、呼吸を出来るようになった人、命に関わる病を黒匣によって救われている人がいると知った。だから君達は、黒匣は必要であり、許容すべきだと言いたいの?」


黒匣がこの世界でどれ程の重要性を持ち、人々の命を繋ぎとめているものだというのをミクニが知っていることがわかる

けれど、そのことを別段、重要なことでもないように淡々とした声色のまま言われて、ジュード達は僅かに瞳を見開いた


「そうだ。黒匣が失くなれば、苦しむ人間が出てくる。その者達を見過ごすことなど、私は認めない!」


ガイアスに言っていたように、その者達も救うためにミラは黒匣を継続することを許すと言ってくる

人間を――エレンピオスを救うために黒匣は絶対的な悪ではなく、人間を救うものであり、黒匣を失くすわけにはいかないと口にした


「…ミラ。君はやっぱり―――」


それを一寸の迷いもなさそうな声で自身に向かって言い放たれたミクニは、ミラの考えを吟味するように彼女の姿をその眼に映しこむと、ゆっくりと唇を動かしだす



「――― “人間” だね」



その考えの肯定はもちろん、否定でもない言葉

静かに言われた何でもない様なその一言


「…私が…人間……?」


けれど、その一つの言葉がミラの心を揺らし、彼女の瞳に動揺の色を浮かばせたのをミクニは見逃さなかった


人間をやめるしかなかった人形は、人間になれた人形を見送る


―――***
ちょい伏線投下
原作後に使われると思われる

夢主とエル君の源霊匣の印象や、次に書くことも管理人の印象です
勝手な解釈ですので悪しからず

最後の文は、夢主とミラですね
ミラを人間と称した時の夢主の心情は、別の機会にでも

(H24.3.26)



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