仮初
「いいのか?ミクニ。あのまま行かせて」
空間が閉じていく最中、エルシフルが聞いてくるが、ミクニは首を振った
「…いいんだよ。だってガイアスは…もう一度来るから」
エレンピオスへ来る直前、自分をエレンピオスに行かすことを拒み、それはガイアスが自身を守るためだとエルシフルは言っていたことが脳内に巡る
驕りだと思われるかもしれないが、もしもガイアスが自分を想う故に、自身に何も言わずにこのような行動をしたのならば、彼は是が非でもミクニをリーゼ・マクシアに戻そうとする
少なくとも、このまま放っておくことはなく、必ずもう一度自身の前に現れるとミクニは確信していた
「それに…今私達にとって重要なのは、彼らの方…」
ガイアスが消え去った穴が消えた場所から目を離し、ガイアスに取り残されたことで何やら考えていたジュード達へと視線を滑らす
「バラン…?」
ちょうどその時、頭上を仰いだアルヴィンが聞いた事のある名を零した
「バラン!!」
「…アルフレド……アルフレド!」
彼が叫ぶ方角を見れば、昇降機らしき中に白衣の男性――バランが閉じ込められているのが見えた
彼はアルヴィンの声に気づき、助けを求めるようにこちらに向かって叫んでいる
「動力が落ちたせいで昇降機が止まったようですね。どうにかしないと…」
「一度、下まで降りて助け出すぞ!」
「待って!アルヴィン!」
従兄であるバランの状況に焦りを見せ、アルヴィンはすぐさま下へ向かおうとする
ジュードはそれを止めると、すぐにミクニへと振り返った
「ミクニは、ヴォルトを使役してるんだよね?」
「…バランを助けるのに、ヴォルトの力を貸してほしいってことだね」
ジュードが言いたいことがわかって言えば、彼は頷き、頼んでくる
「うん。お願い、力を貸して」
「いいよ。私自身バランには恩があるし、助けないわけにもいかない。エルシフル、ヴォルトにマナを分けてあげて」
「ヴォルトにか?」
「そうだよ」
隣に立っていたエルシフルは、ミクニを挟んだ向こう側にいるヴォルトを見やる
そこにはミクニがエルシフルの方を見ている事をいいことに、自身に向けて舌を出しているヴォルトがいた
“…この小童が…調子に乗りおって”
“――――【ミクニの言う通り、する。早くしろ、オリジン】”
“…あとで覚えておくのだな、ヴォルト”
「あのね…精神を通して喧嘩するのはやめて、早くしようか」
視線をぶつかり合わせると同時に、精神でもぶつかり合っている大精霊に挟まれるミクニは、慣れた様に微笑んで言う
状況が状況もあり、エルシフルは渋々ながらも、マナを不足することとなったヴォルトにミクニに変わってマナを分け与えだした
「……だいたい、ミクニの身体に負担がなければ、ヴォルトなどに任せずとも私自らしたというものを……」
「――――【オリジン…うるさい、黙る】」
「生憎と私の手を煩わせる存在がいてね。その者が、私の手助けがなくとも力を発揮できる程に優れていてくれれば、私も小言など言わなくて済むのだがな」
「……」
「……」
不服そうに小言を零すエルシフルにうざったいと言わんばかりの視線を送るヴォルト
そのヴォルトの態度を受けてもミクニの命令を受けている以上、エルシフルはマナを送るが、術を発動できない代わりににこやかに言葉で攻撃する
それにより、二人の睨み合いが一層強まった
「未だにヴォルトは、オリジン様にあのような態度とは…まったく」
「エルシフルも昔と変わらずに大人げないからね」
「それは違うぞ。オリジン様は、ミクニを大事にしているからであり…」
「セルシウスも相変わらず、エルシフルを慕ってるね」
「っ―――!当然だ!あの御方は、我らにとってかけがえのない存在。言っておくが変な意味ではなく、これは尊敬であり…」
「わかってる、わかってる」
自分達の王であるエルシフルに対するヴォルトの態度に呆れたような物言いをし、逆にエルシフルに対しては庇うような言葉をつかさず出すセルシウス
大精霊の中で最もエルシフルを敬愛していると言っても過言ではないセルシウスの姿に、ミクニは楽しそうに瞳を細めた
「――――【ミクニ!アレ、動かした。俺、役にたった?】」
そうしている間に、ヴォルトは誇り高き大精霊としての力を用いて眩いほどの雷光を施設へ電力を伝える機械に注ぎ込み、いとも簡単に施設の電力を復活させ、昇降機も動き出す
仕事を終えたヴォルトは、マナを分け与えてくれたエルシフルを視界から一刻も早く消し去りたいとばかりに即座に離れると、ミクニの元へと戻ってきた
「もちろんだよ。レイシャス・ヴォルト【ありがとう、ヴォルト】」
首を傾げて見上げてくるヴォルトをミクニが褒めれば、ヴォルトは僅かに目元を緩ますが、その表情よりもわかりやすく、抱きつくことで表現してくる
(…マクスウェルの小童の後は、ヴォルトを海の底にでも沈めてやるしかないようだね…)
(絶対にヴォルトへの躾けという名の悪事を考えてるだろうね、エルシフル)
背後では、それを目撃していたエルシフルが恨めしそうにしていたのは言うまでもなく、その表情に彼が腹黒いことに思考を巡らしているだろうとミクニは思う
「動きだしましたね!」
「さっすが大精霊だね!バランさんも無事みたいだし…よかったね!アルヴィン君」
「あ、ああ……ありがとよ、ミクニ」
「私じゃなくて、やってくれたのはヴォルト。それにエルシフルのお陰」
「感謝するぜ、エルシフルとヴォルト」
昇降機が無事に下へと降りていくのを見て、エリーゼとレイアが喜び、アルヴィンが礼を述べてきた
「とりあえず、バランさんの元に向かおうか?」
「そうだね。皆、行こう」
ミクニが促せば、ジュードを唐突に彼らは先に施設の中へと向かいだす
「ミクニ、エルシフル」
「…聞きたいことがある顔をしているね。でも今は、腹の探り合いなどは後にしよう」
「私もミクニもお前達に聞くことがある。心配せずとも、それまでは消えやしないよ」
「ミラさん。ここは一先ず、バランさんの元へ向かいましょう」
「ああ…」
ミクニ達を逃がさないように立ち止まり、顔を向けてきたミラだったが、ローエンと共にジュード達の後を追っていった
「それじゃ、私達もバランの元へと行こうか。ヴォルト、セルシウス、君たちは姿を消してて」
「――――【…俺…ミクニの傍…いたい】」
「ヴォルトったら」
「我が儘を言うな、ヴォルト」
源霊匣であったとは言え、人前に易々と出現させておくわけにもいかずに、二人には姿を消しておくように頼む
けれど、せっかく再会できたミクニと一緒にいたいヴォルトは素直に頷かず、その様子にセルシウスが注意をした
「――――【我が儘、違う。ミクニといたい、当然】」
「まったくお前は…それでも大精霊か!」
長年生きてきた大精霊とは思えないヴォルトの態度に、大精霊として常にその凛とした姿勢を崩さないセルシウスの眉間に力が入る
「まぁまぁ、セルシウス。でもヴォルト。今は姿を消してね」
「――――【…わかった…ミクニの言う事、聞く】」
ミクニの存在を離さないように未だに身体に抱きついていたヴォルトだったが、微笑んで直接言われると、その微笑みに弱い様に拒む態度をやめた
「さあ、ヴォルトよ。ミクニに言われたように、お前はさっさと消えることだな。心配せずとも、お前がいなくとも私がミクニを守るのだから」
「――――【むっ…!……サンダーブレードッ!!】」
セルシウスに続き、ヴォルトが姿を消そうとすると、今まで黙っていたエルシフルが不敵な笑みを見せ、最後に余計なことを口にする
もちろん、それにヴォルトが反応をしないはずもなく、彼は雷の刃をエルシフルに向かって放った後、そのまま姿を消した
「ふっ、無駄なことを」
「なら、修復する人の身にもなって、無駄なことをさせるのをやめようか。エル」
通常よりも小規模とは言え、エルシフルが軽々と避けた場所は、見事に破壊の痕が残っている
その痕とその原因である半身の姿に肩を竦めた後、ミクニはようやく足を進めた
仮初のやり取りに、無意識に想う、昔
―――***
ヴォルトは、結構喋るように見えるが、親しくない相手には違う
また、表情の変化は乏しい方で、相手が夢主であってもそこまで激しくない
表情よりも抱きついたりと、身体で表現する性質のよう
(H24.3.24)
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