拒絶



馬車に乗ってトリグラムへと向かう途中に立ち寄った黒匣の生産と研究をしているという施設

そのヘリオボーグにミクニはエルシフルと共に足を踏み入れていた


「な、何なんだ…あいつら!黒匣もなしに算譜法を使うなんて!」


最初に見た時と雰囲気は違い、施設の至る所に破壊された痕跡がある

その様を訝しんで見ていたミクニは、トリグラムの外に向かおうとした折に、息を切らして駆けこんできた人々と同様のことを言った施設の関連者に近づいた


「これは、何があったんですか?」

「わからない…いきなり、長い刀を携えた男と空を飛ぶ魔女が軍隊を引き連れて…!」

「黒匣を破壊するから、俺達は立ち去れとか訳のわからないことを言って…くそっ!せっかく新しい黒匣の開発が進んでたのに!」

「落ち付け…今は此処を離れるぞ。あんたらも早く離れた方がいい…あいつらはバケモノだ」


恐怖を潜ませた顔で忠告していった彼らは、そのまま街へ向かうために姿を消していく


「…ガイアスとミュゼだよね…」

「そうだろう。空間を斬り開いたあの力があるのだ。軍を送る事も可能だろう」


長刀を振るう男と、空を飛ぶ女、そして軍

そのような存在は、ア・ジュール王ガイアスと大精霊のミュゼくらいだろう


「明星も持ち合わせていた、空間を斬り裂く力……ねぇ、エルシフル。ミュゼは、もしかして…」

「ミクニの予想で間違いないはずだよ。小童に聞きだすまで真相はわかりはしないが、それ以外なかろう」


ミュゼと同様の力を発揮した明星

その空間を斬り裂く力についてエルシフルに視線を送れば、彼は詳しく聞かずとも肯定する

その答えには、ミュゼがあのような力を持つ理由はもちろん、明星の力の理由も、そして“あの時”のことも――ミクニがあの力を見て察した全てのことを肯定しているのをミクニはわかった


(なら…明星があれば、私は……)


エルシフルがそこまで言うならば、マクスウェルに確かめずともその予想は正しいのだろう

そうだとわかってしまったミクニは、自分の中に希望のような想いが芽生えるのに気付く

それは甘美な高揚感にも似ており、ミクニはそれに手を伸ばしたくなるがすぐさま打ち払った


(、何を考えてるの…今はそんなことを考えてる場合じゃない…それに…)


この実態を引き起こした存在により、その想いを無理やり塞ぎ、外に置かれたコンテナの山に近づく

鋭い刀傷と精霊術の痕跡があり、その中に大量に積み込まれていた黒匣は、一つ残らずに破壊されていた


(ガイアス…君は黒匣を破壊して、全てを解決するつもりなんだね)


精霊の化石をまだ備えてない未完成である黒匣の無残に壊された姿に、ガイアスの意図が読めた

それを知り、ミクニの心は複雑になる

エレンピオスに襲われたリーゼ・マクシアの王である彼にとって、これが最善の方法なのだろう

それはわかるし、黒匣を憎むミクニにとって黒匣を破壊することは彼女の考えの一つでもあった

けれど、ガイアスにはこのような強制的なやり方などして欲しくない気持ちがあった


「ミクニ。この施設の先…大精霊の力を感じるよ」

「大精霊の?」

「だが、少し違う…これは、セルシウスの時と一緒だ」


鉄くずの山となった黒匣の前で佇んでいたミクニにエルシフルは、大精霊がこの施設に存在していると言う

今の状態では、無暗に精神を開くことが出来ず、精霊の声も気配もわからないミクニは、エルシフルが視線をやっている方角を見やった


「…源霊匣による大精霊だね」

「ああ。にしても、私の字から取ったとは何とも皮肉だな。私への嫌がらせとしか言いようがない」


この先にいる精霊が源霊匣によって目覚めさせられた大精霊だと予想できると、ミクニの声には嫌悪感が宿る

それは自身の字を源霊匣の由来にされているエルシフルも同様だった


“源霊匣は黒匣とは違い、精霊を消費せずに巨大な力を使役できる”

“…マナが枯渇し、消え行く運命の世界だ”

“…エレンピオスは、俺の故郷だ…”

“源霊匣が広まれば、エレンピオス人もマナを得られる”


ジルニトラでジランドが言っていたように、源霊匣が黒匣の代りになれば、このエレンピオスが救われる可能性は出てくるだろう

だが、ミクニが源霊匣によって注目すべき点はそこではなかった


(源霊匣など、結局は人間の欲望によるもの)

(…精霊の事など考えていない)


人間である仲間と親友と同じでありたいがために、“人”であることを望んでいるミクニ

けれど、“人”であり続けようとも、始祖の隷長でもある彼女からすると、源霊匣というモノは黒匣とそれ程大差ないものだった

いや

仲間と親友達のような“人”でもあろうとするからこそ、精霊のことを考えていないような源霊匣に嫌悪しているのだ


(また…あのような惨事が引き起こされるのが落ち…)

(あんなこと…もう、あってはいけない)


そして、頭に流れたいつしかの惨事が、源霊匣を拒む心を強め、あの時の歯痒さが思い起こさせられた


「エル。大精霊の気配を辿るのは、お願い」

「任せておくといいよ」


視線を施設の入口へと向け、まずは大精霊の居場所を突き止めるべく、エルシフルに案内を任せる

施設の中は目立った外傷はなく、煙を上げている箇所は黒匣のみであった

道の中には人が倒れてもいたが、どの人も気絶をさせられているだけであり、ガイアスがエレンピオス自体に復讐をしているわけではなく、あくまでも黒匣が目的なのがよくわかる


「まだ破壊されて時間が経っていないはずだけど…」

「軍は引き上げた後かもしれないな」

「そうみたいだね…ミュゼの力の形跡は?」


入れ違いだったのか、ヘリオボーグから逃げて行った人達が言うような兵の影は一つも見当たらない

ミュゼの力があれば、すぐに撤退をするのも来る時と同様に可能であり、ミクニはミュゼの力が使われた名残があるか聞く


「……数か所で空間を切り裂いた流れを僅かに感じるよ。先程までいたのは間違いないようだ」


神経を辺りに巡らせるように集中した後、エルシフルはミュゼが正しく此処に来ていたことを教えた


(…“歪み”、はないみたいだね)


だが、ミュゼが来ていたことよりも、数か所で残っている力の形跡にミクニは注目したが、エルシフルの様子からその事象の可能性がないことを悟る

それがわかるとミクニは、思考を切り替えるように大精霊の力を感じるという屋上に向かって行った


「この感じは…もしかして」

「やはり、あいつか」


停電をした折にも精神を閉ざしていても感じた力が、目前の扉の向こうからひしひしと伝わる

その懐かしさに隣を仰げば、エルシフルはその力の持ち主をミクニ同様に思い浮かべていた


(そこにいるんだね…―――)


この扉の向こうには、ミクニにとって大事な存在がいる

きっとセルシウスと同様で自分のことなど覚えていないだろう

それでもその存在がこの先にいるとわかるだけで胸が緊張しているように高鳴りだしており、ゆっくりとミクニは金属製の扉へと手を伸ばした


「―――…ヴォルト…」


誰もいないその場所に紫電が集まったような球体が浮いており、それを捉えたミクニの口から、その名が落ちる


「ジジ……ガガ……」


けれども目前の存在は、周囲を遠ざける雷を解くことはなく、名を紡いだミクニを敵だと言わんばかりに、唸る音をあげてきた



意識を消された友は、拒絶し、牙を剥く


―――***

「撫」の文を分けただけです
(H24.3.18)


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