病魔



絡めた指先により、彼女の血流と自分の血流が繋がり、交じり合うような感覚

その流れに乗って、お互いのマナがより濃密に共有され、乱れが落ち着きを取り戻していく


「エルシフル」

「なんだい?」


エルシフルの干渉により体内のマナの量と循環が正常に近づいていく中で、相手の唇が動いた

ミクニの呼びかけに、マナの流れへの集中を疎かにせずにエルシフルは返事をする

マナの巡りを感じるように瞳を閉じていたミクニは、瞼を持ち上げるとエルシフルに問いを投げかけようとしてきた


「…ガイアスの身体、本当に―――」

「言っただろう、ミクニ」


不安を孕んだ言葉を遮り、慈しむ微笑みを向ける

自分の言葉を言い聞かせるに頬へと触れて、自身から視線を逸らせないようにした


「あの者は変わりない。少なくとも、あの時ミクニに触れたことでガイアスの身体に変異が及ぼされた可能性はないはずだ。私の言葉では信じられないか?」

「そうじゃない。エルシフルが言うなら、大丈夫なんだろうけど…」

「…会えなくて、不安なのかい?」


此処にはいない存在に想いを馳せているような表情に言えば、ミクニは戸惑いの色を見せる

けれど、すぐにその色は消え、彼女は気恥かしさでも隠すように微かに微笑んだ


「…きっと、そうなんだろうね」


その可愛らしい様子に頬に触れていた手で彼女の髪を撫でるように梳く


(ガイアスが大事なのだな…)


ミクニの中で少しずつ、けれど着実にガイアスの存在が大きくなっていくことなど予想していたとは言え、少しばかり妬んでしまう

もちろん、そんな素振りなどエルシフルが面に見せるはずもなく、自分の指先に擽ったそうにするミクニを愛しそうに見つめた


(…だが、ミクニにはああ言ったが…)


平然を装う表情の裏でエルシフルは先程ミクニに告げたガイアスへの影響について思考を巡らす

ミクニに対して嘘を吐いたわけではないがエルシフルには気になることがあった

確かにエルシフルは、ガイアスがミクニによって死ぬことはないとわかっていた

それは、ガイアスがデュークと同様のマナの流れ――エアル適合者だと知っていたため

過剰のエアルはその者を構成する情報に悪影響を齎し、最悪の場合死に至らしめる

ミクニの力はそれに近かった

だからこそ、ガイアスならば耐え抜くとわかってはいたが、幾分も変わりないのはそれでは説明できない

確かに明星があることで力を抑えられ、運が良かったためだと片づけられるかもしれないが、エルシフルがそれで片づけることはなかった


(やはり…すでにガイアスは…)


人間の中で抜きんでた力を有するガイアス

それはガイアスが才能に恵まれたのもあるだろうが、それ以上に己を鍛錬したためだろう

けれど、本当にそれだけだろうか?

人間には――その身体には限度があり、エルシフルが知る人間の限度をガイアスの力は超えている

普通ならば、逆にその力がガイアス自身の身体を傷つけていてもいいはずだ


なのに、何故?


その答えを今回の件でエルシフルは得た様に思える

ただその答えはあくまでも可能性が強まっただけであり、正確な答えではなかったが、エルシフルにはその可能性しか考えられなかった

ガイアスに感じていた違和感からエルシフルが考えていた可能性、それは


――ガイアスはすでに、影響を与えられている身と言う事


だが、そうだとは思うが、一体いつ?


(…ガイアスから感じていた違和感)

(ミクニの力を受けた後のデュークと似ているとは感じていたが…)

(それならば、その原因は?)


少なくともエルシフルが知る限り、ミクニの力が不安定になったことなど今回以外ではない

ミクニが進んでガイアスに対して力を使うはずもないだろう

相手が瀕死に陥れば別だろうが、その時はエルシフルを呼び出すはず

ならば、ガイアスは一体いつ、ミクニに影響を受けた?

そう考えていき、エルシフルははっとする


(……ミクニと同様の存在がいるのか?)


ミクニのような力を持つ者とガイアスが接触したことがある

そうだとすれば納得は出来るし、エルシフルも一度はそのようなことを考えた事はある

だが、2000年余り生きてきて一度もそのような噂さえ耳にしたことがなかった


(長く生き、精霊となった身とは言え、所詮は私も一つの存在だからな)

(何処かにミクニのような存在がいる可能性もあるだろうが…)

(…それとも、私が知らないだけで――――)


「エルシフル?」


深まっていく思考の渦に声が入り、エルシフルの意識が現実を鮮明に捉える

マナの循環を器用に続けていたとは言え、エルシフルの様子が可笑しいことに気付いたミクニがエルシフルの顔を覗き込んでいた


(今考えても欲しい答えをくれるものなどいないと言うのに)


それに気づき、エルシフルはそれ以上考えても答えが見つからないのもあり、その件について今は忘れることにして、小さくため息を吐く


「疲れてる?」


それを見たミクニが心配げな瞳を向け、温かな掌でエルシフルの頬に触れてきた


「…ごめんね。私が無茶をしたから、エルシフルにも影響が出てるんだよね?」


契約者であるミクニの現状によりエルシフルにも悪影響が出ているためだと思っているのだろう

確かに二人はマナを共有し合う特異な関係であり、ミクニのマナの影響がエルシフルにも響くのは事実

彼女がそう思っているのを知ると、エルシフルは少し困り気に言った


「全くだ。それがわかっているなら余り無茶をしないでくれると嬉しいのだけどね」

「うっ…ごめん」


もちろん原因はそうではないが、それが嘘だと思うはずもなく、ミクニはすまなさそうな顔をする

それに伴い、エルシフルの頬に触れていた手が離れようとするが、それを防ぐようにエルシフルが手を重ねた


「ふ…冗談だよ。どうあっても、これだけは折れてくれないのはわかっているから」

「エル…」

「ただ、私が傍にいることは忘れないで、ミクニ」


マナの循環をやめ、絡めた指と触れる掌から、ただミクニを感じる

それに対してミクニは言葉を失ったようにしていたが、すぐに瞳を細めると、エルシフルの胸へと寄りかかってきた


「忘れるわけないよ…君は、私の半身なんだから」


どのような意味を込めて、そう口にしたのかはわからない

それでもその行為は、何処かエルシフルという存在を手放さないように思え、彼もまたミクニの存在を掴むようにその身体を包む


(ミクニ…私は何があろうとお前と共に在るよ)


その存在が腕の中で納まる中、やはり自分はこの子のためにありたいとエルシフルは思った

そして、この時間だけは彼女の身が少しでも休まるように願うも、それを許さないようにエルシフルは一つの感覚を拾う


「―――、どうやら、此処に来たようだな…」

「…っ…エルシフル、これって…」

「ああ、あの者だ」


エルシフルの異変を知り、ミクニもまたその感覚を拾い、エルシフルを見上げてくる

その視線を受けると、エルシフルは立ち上がった


「ミクニ、心配することはないよ」


あの者が此処へとどのような目的で来たのかが容易に浮かんだことで、気を張り詰めようとする彼女を安心させるために微笑むと、エルシフルは1人でこの地に来た者の所へと向かう


(手っ取り早く、カン・バルク諸共破壊する気か…)


カン・バルクを呑みこむように広がる術を捉えて、エルシフルは怪訝なものとなりながら、カン・バルクの地を守るように術の前に立ちふさがる


「―――やめよ」

「っ―――!」


術の向こうに佇む影に鋭い刃にした声で射抜く

そうすれば、その声に驚いたように術が掻き消えた

何故消したのかはわからなかったが、構わずにエルシフルは来訪者を瞳に映す


「やはりお前か…ミュゼ」

「…、エルシフル…」


使命のために自分らを殺そうとするミュゼは、エルシフルの姿を捉えると少し脅えたような表情をする

それでも構うことなく、エルシフルは徐に彼女との距離を縮めていった


「…どうして…どうしてなの…?」

「何がだ?」


攻撃も逃げる事も愚か、身動き一つしなかったミュゼが漸く口を開いた

唐突な問いかけに、エルシフルは彼女の目前で留まる


「…貴方は一体…私の、何なの…?」


明らかに様子が可笑しく、ミュゼの声は脅えと言うよりも切なく苦しそうなものだった

自分にとってエルシフルは何者なのか?

そう聞いてきたミュゼに、過去の世界から来たエルシフルが答えられるはずなどなかった

けれど、エルシフルはその答えを自分は持っているような気もした

その答えを得るようにエルシフルは、ミュゼのマナの流れを読むように彼女の視線と交える


(あの時の力…あれは…)


ミュゼ自身が許しているのか、彼女の鼓動が少しずつ伝わりだし、何かが見えてくる

その何か――奥深くに隠された光の筋をエルシフルは掴もうとした

だが、その光が鮮明になってエルシフルが触れようとした時にそれは滞る


「…ミュゼ…」


耐えきれなくなったようにミュゼがエルシフルへと腕を伸ばし、胸の中へと飛び込んできたのが原因だった

殺意の一欠片も感じさせない彼女の唐突な行動に驚きはしたが、エルシフルは拒む事をせずにそれを許す

何故このようなことをするのか理由を問いたかったが、エルシフルはミュゼの様子に口を噤んだ


(……まるで子供だな…)


自分の胸に縋りつくその姿の表情を垣間見ると、脅えはなく、何処か安心しきった顔だった

それは幼い子供が母の胸の中に包まれている様に似ているとエルシフルは感じ、少し笑いたくなる

けれど、使命がなくては生きていけないと感じさせたミュゼの一面を思うと、それは間違っていないように思え、笑いの代りに憐れむ感情がエルシフルの中に生まれた


(大精霊として生まれたが…自分では判断できないのか?…お前は)


大精霊はその力の巨大さもあり、他の微精霊達の上に立ち、導く存在とも言えよう

だが、ミュゼは巨大な力を持つが、上に立てるだけの意志を持ち合わせていないのだ

それは、まだまともな判断の出来ない子供が無理に大人にされたようなものだと例えれよう


(何故、このようなひ弱な存在にした…マクスウェル)

(やはり…お前には荷が重すぎたか?)


「―――エルシフル!」


このような存在を生んだ“精霊の主”と称されるマクスウェルに対して、心の内で苦笑した時、自分の名を呼ばれた


「ミクニ…」


気配を辿り、地上からその姿を見つける

自分の身を按じて外に出てきてくれたのだろう

未だに完治していない身を思うと部屋で待っていてほしかったが、その行動に嬉しく思ってしまい、心が穏やかになる

けれど、穏やかになっていった時、それを壊すように胸を押す感触がした


「っ、…何で…そんな目で…」


それは、ミュゼが拒絶するようにエルシフルの胸から離れたためだった

先程の安心の色など消え失せ、その瞳は揺らいでおり、彼女の視線が地上へと向かうとそれは鋭くなる


「……ミュゼ」


狂気を孕んだ空気へと変えたミュゼ

彼女は地上を見た後、エルシフルを一瞬たりとも見ずに空の向こうへと飛び立って行った

その背をエルシフルは呼び止めることが出来ず、ただ彼女の変化を浮かべる

地上を――ミクニを捉えたことで豹変したミュゼ

それは、ミクニが断界殻を知っている者であり、ミュゼが排除すべき人間だからだろうか?

そのように解決してもいいだろう

でも、ミュゼのあの様子はそうじゃない


苦しそうにエルシフルへと吐かれた声

悔しそうにミクニを睨む視線


まるでそれは、嫉妬をしているようだった

そう感じるのは、エルシフル自身がその感情についてよく知っているせいだった

だがそうなると、ミュゼがミクニに対して嫉妬する原因が自分ということになり、エルシフルは眉を顰める


「困ったものだな…」


ただ一言それだけ呟くと、素知らぬふりでもするようにエルシフルはミクニの元へと戻っていった


病魔に侵され、狂わせるように惹かれる


―――***

「時」の文を分けただけです

(H24.2.12)



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