喪失



身体に風が当たり、視界が明るくなる

エルシフルに抱えられたミクニは、広がった景色へと軽やかに降り立ったが、その瞬間、身体が倦怠感に襲われ、耳鳴りがし出した


「うっ…何、これ…」


突然のことに身体が倒れそうになるのをエルシフルに支えられる

頭の痛みにミクニは反射的に僅かに開いていた精神を閉ざした


「…ミクニ、平気か?」

「うん…でも…」


エルシフルに寄りかかるように立ち、周囲を見渡す

肥えているどころか、荒れた大地

僅かに緑は見えるも、それらには瑞々しさがなく、朽ちていっているようだった


「これが…此処が、エレンピオスなの…」


マナが薄いことでまるで酸素自体が薄いように息をして、ミクニは目の前の現状が何処なのかを口にする


(…テルカ・リュミレース…なの…)

(こんな、世界が…皆が守った…せか、い…っ?)


何かの間違いだと思いたく、身動きが取れずに立ちつくすミクニ


「…エルシフル…」


恐怖を感じさせるこの景色に意識が呑まれようとするミクニの手をそっとエルシフルが触れる

見上げたエルシフルは何も言う事はなく、ただこの心情を理解して、労るような瞳をしていた


「っ……」


半身の瞳により、ミクニはこの現状を否定することを諦める

そうすれば、この変わり果てた世界に胸が圧迫されていき、ミクニはそれに耐えるためにエルシフルの手を握った


「…ミクニ…」


その時のミクニの手は僅かに震えていた

この事実に苦しいためもあったが、それ以上に彼女を苦しめるのは“孤独”だった

仲間が存在していた頃の面影がない世界

そのせいか、隣には確かにエルシフルが存在しているというのに、自分だけが取り残されているように思えてならなかった


「…大丈夫。マナが薄くてきついだけだから」


いつまでも此処に立ち尽くすわけにもいかない

ミクニは心を落ち着かせるために一度瞼を下ろし、息を吐く

それに対してエルシフルは何も言わなかった


「ん?待って…あれは!」


一旦この場から離れようとした時、少し離れた先に誰かが倒れているのを見つける

それは先に空間を通り抜けたはずのミラ達だった


「気を失っているようだね」


異空間の流れに身体が影響されたのだろう


(私は、明星があったから影響がなかったのか…それとも)


それに対して自分が意識を保っている理由として、ミクニは時空を斬り裂いた力を見せた“明星”を見下ろした後、エルシフルを見る

それについてエルシフルと言葉を交わしたいのは山々だったが、一先ずミクニは明星をしまい、ミラ達に歩み寄ろうとした

だが、寸での所で歩みは止まる


「っ―――君たちは…」


ミラへ近づくことを防ぐように展開された4つの紋章

光が弾けるように現れた姿は、四大精霊だった


「この者たちがミラが言っていた二人か」

「ふーん、本当に大精霊みたいだね」


初めて対峙する者のような口調の火の大精霊と風の大精霊

そこで改めて彼らは自分達が共にいた“彼ら”ではないと実感した


「…本当に記憶がないようだな…」

「記憶?何言ってんの、アンタ」

「……お前は風の大精霊シルフ、なのか?」

「は?それがどうかしたの?…って、何だよ、その顔…」


少年に似た姿をした大精霊に確かめるように聞けば、彼は怪訝そうに肯定する

それによりエルシフルは珍しく悲痛な表情となり、それを見てシルフは変な者でも見るような視線を送った


「いや…何でもないのだよ」


得意な微笑みを浮かべるエルシフルだったが、彼が自分以上に傷ついているのをミクニはわかっていた

同胞の中でも四大精霊とは、エルシフルが精霊となる前からの長い付き合いなのだ


同胞、仲間、朋友、そして娘―――


長い付き合いである“彼ら”がいないことはもちろんだったが、何よりもエルシフルの心に衝撃を与えたのは、“娘”のことだろう

風の大精霊シルフのクローム

それがエルシフルの娘であり、ミクニの友でもある存在の名だった

二人の親子関係は、周囲から見ると親子と言うよりも同胞の方が近かっただろう

だがそれでも、クロームはエルシフルを父として見ており、エルシフルもまた、クロームを同胞としてとは別に、娘として大事にしていたのをミクニは知っている


「貴方達がミラの言っていた、ミクニとエルシフルですね」

「ミラを助けてくれてありがとうでし」


複雑な二人の心境など露ほども知らず、ウンディーネが確認するように名を紡ぎ、唐突にノームが礼を述べてきた

それに対して意味がわからずに首を傾げれば、その理由を教えられる


「ジルニトラの折に貴方がミュゼの攻撃を消し去ってくれなければ、ミラは死ぬつもりでした。彼らを守り、マクスウェルであろうとするために」

「ホント、バカだよ。こいつらを守るために自分1人で槍にマナを注ごうとするなんてさ」

「バカじゃないでし!ミラは、優しいんでしよ!」

「そういうことだ。ミラのこと、礼を言う」


つまりあの時、ミクニが無茶をしなければ、ミラは1人で槍にマナを注ぎ、死んででもジュード達を守ろうとしたということだろう


(ミラ、死ぬ気だったんだ…)


それは、人と精霊を守るマクスウェルとしての使命もあっただろうが、それ以上にミラにとってジュード達の存在は大きく、掛け替えのない存在だったのだろう


(…良かった)


他人を危険に晒すくらいならば自分が犠牲になった方がよく、自己犠牲のような行動

ガイアス達を守りたい気持ちは本当だったが、自己満足に近いもの

それでも、万に一つでもあったミラの“死”という可能性を防げることができ、こうやって礼を述べられることを嬉しく思った


「私が好きでした事だから。それにしても…君らはミラを大事にしてるんだね」

「大事…そうですね。私達は盟主を裏切り、ミラと共に行動をしました。そうしたのは、彼女が大事だからなのでしょう」


こうやってわざわざ出現し、ミラが生きていることに感謝をしてくる四大精霊

本来ならば“マクスウェル”の傍にいるはずの彼らが“マクスウェル”ではなく“ミラ”の傍にいるのは、彼らにとって“ミラ”が単なる存在ではないことの証明だった

言葉の節々から伝わるミラを大事にする想い


“…まるで家族のように想っているようだな…”


そんな彼らの姿と背後で横たわるミラの姿を捉えたことで抱いた感想をエルシフルが代弁してきた


“そうみたいだね…”


四大精霊とミラの間には確かな絆が存在していることにミクニは微かに笑む


――羨ましい


良い意味でもあったが、悪い意味でも“羨ましい”と思った


「それでアンタ達、これからミラをどうするわけ?」

「どうする?」

「ジルニトラでのことは感謝しています。ですが、貴方達は断界殻の解放を望まない様子」

「ミラは断界殻を解放することを望んでいる。お前たちとは対極の意見だ」

「ミラに手を出す気でしか?」


出現してきたのは、礼を述べるだけでなく、ミラに危険を及ぼされることを危惧したためだと知る

詳しい事は知らないがミラ達は断界殻を解放する気でおり、それはミクニとエルシフルとは正反対だった


「確かに断界殻を解くことを私とエルシフルは認めれない。でも、ミラ達に手を出す気はないよ」

「本当でしか!?」

「…ですが、断界殻を解くことを認めないのならば、いずれは…」

「対立することはあるだろう。だが、お前たちはどうなのだ?その様子では、ミラの意見に賛同のようだが」


まだ何も彼女達から聞いてもいなければ、何もされてはいない

ミラ達に手を掛ける程の理由は今のミクニ達にはなかった

けれど、いつかは対立する時がくることは否定できない


「僕は、ミラが大好きでし…だから、ミラの望みは叶えてあげたいでし」

「ミラに手を出さないでいてくれるのならば、私達からも貴方達に手を出すつもりはありません」

「ミラのために行動をするということか…精霊の意志ではなく、一つの存在としての気持ちのようだな」


ミラが大事であるために、そのミラのために行動をする

そこには精霊の意志などはなく、感情が大きく絡んでいた


「何か言いたいわけ?」

「いや。お前たちがミラのために行動することに対して何かを言うつもりはないよ。だが、断界殻を解くことでリーゼ・マクシアが危険に晒されるのはわかっているのか?」

「それは…そうかもしれないでし…でも、このままじゃいけないでしよ」

「貴方も大精霊ならば、このエレンピオスを見ればわかるはず。断界殻によるマナが無ければいずれエレンピオスは滅びてしまいます」

「だとしても、その後はどうする?断界殻を解いたことでエレンピオスの命は長引くだろうが、何の解決にもならない」

「きっとミラが方法を見つけてくれるでし!」

「それに盟主もミラと彼らを認め、断界殻を解くことを受け入れてくれたのだ」


四大精霊が言いたい事はわかる

このまま放っておけば、あと数年足らずでエレンピオスは滅びるだろう

それを防ぐには断界殻が蓄える膨大なマナが必要なのは誰が見ても明らかだ

だが、少しだけ寿命が長引くだけで何も解決しない

そのための方法はミラ達がきっと捜しだしてくれるとノーム達は信じ、これは盟主であるマクスウェルも同様だとイフリートは言った


「…本当にそうだろうか?」


だが、そのことを否定するようにミクニは言葉を零す


「マクスウェルは断界殻を解くことを認めたのかもしれない。けれどそれは、ミラ達の言葉を信じ、彼らがこの問題を本当に解決できると思ったからだろうか?」

「精霊ならまだしも、人間なのにまるであの方のことを知ってるような口を聞くんだね」

「…そうだね。私は君達のように“精霊”ではない。けど、精霊である君達であってもマクスウェルの気持ちはわからないんじゃないの?」


疑問形ではなく、見抜いているようにマクスウェルの気持ちを君らは理解していないと言われて、四大精霊は少なからず驚きを見せる


「私達の知らない大精霊を従え…まるで盟主を理解しているような口ぶり…貴方は、いえ、貴方達二人は一体何者なのですか?」


自分達の正体を問うてきたウンディーネを始め、大精霊達の視線が二人の胸に突き刺さった

もう理解しているが、自分達と共に過ごしていた“彼ら”を望む心が消えるはずもなく、“彼ら”を求める気持ちが面に現れようとする


「…、…私達は…」


けれど、ミラを守るように自分達の前に立つ彼らの姿に、ミクニは口籠もるしかなかった


いつの間にか喪失しているのを知り、抉られる心



―――***
夢主もだけど、エルシフルはシルフに娘の意志が残っておらず、精神的にショックを受けています。
そして、二人は“自分達にとっての四大精霊”を取り戻したいが、ミラと彼らの絆を知り…

「暁」の文をわけたものです

(H24.3.8)



  |



top