雨の日、わざと傘を忘れて行った




青い空の向こうが濁っているのが少年の目に映る

粗末な室内で下町の子供に物事を教えてくれている大人の声など、少年には届いていなかった


(…早く、こっちに来い)


綺麗な青色が消え去り、どんよりとした色に世界が染まる事を願っていれば、こつんと頭に衝撃が落ちてきた


「っ…何すんだよ!」

「よそ見をしておるからだ」

「…俺、絵本なんて興味ねぇもん」


ぷいっと顔を逸らす可愛げのない彼に、大人は小さくため息を吐く

周りでは他の子供が楽しそうに笑い、彼を残して読み聞かせが始まった

それを気にするでもなく、彼はただ窓辺を見やり、願う


(時間になる前に、早く…)





屋根を打ち付ける音が部屋に響いている

世界が濁ったものになっていた

その中を自分以外の子供が傘を差して帰っていく

次々と人気がなくなる中で、少年は少し寂しい気持ちになりながらも外の世界を見守る

あんなに期待していたのに、時間が少し経つだけで心細さが強くなる


「なんだ?傘を持ってこなかったのか?それなら送って、」

「いい!」


未だに残っている彼に気づいて一応先生である大人が手を引こうとするが彼は拒む


(絶対、来てくれる)

(…絶対に)


きゅっと拳を握りしめ、想い人が現れる事を待とうとする


「―――すみません」


雨に混じって声が届く

その声が耳に入り込み、脳が理解すると、少年は外に続く場所へと向かった

入口の前で傘を差した1人が目に飛び込む


「雨、降ったでしょ?」

「姉ちゃん…!」


少年よりも年上の子供が呆れた微笑みで迎える


「帰ろうか。ユーリ―――」

「うん!」


手が差し伸べられ、ユーリと呼ばれた少年はその手をぎゅっと握る

姉と呼ぶ人の感触と仄かに温もりが感じ取られて、寂しさが消え去り、心が満たされていく


「わざわざ迎えに来たのか?ミクニちゃん」

「ユーリが傘を持って行かなかったから…行かせる時に言ったのに」

「…なるほどな。そういう事か…」

「っ…なんだよ!」

「ユーリ…」


ユーリの思案に気付いた先生の口元に笑みが見え、ユーリは睨みつける

そんな弟に姉であるミクニは宥めるように柔らかく呼ぶ

ミクニの優しい声にユーリは大人から視線を逸らした


「それじゃ、先生。失礼します」

「ああ。気を付けてな…ミクニちゃんに迷惑を掛けるなよ、ユーリ」


そのままミクニの身体に寄り添うように雨の中を歩み出す


(…迷惑…)


先程の先生の言葉を心の中で反復して、手を繋ぐ存在を見上げる


「…姉ちゃん」

「ん?…何、その顔?」


姉に負担を掛けたいわけではないが、自分の行動は姉にとったら迷惑なのだろうかと思い、不安気にユーリは眉を寄せる


「俺のこと…嫌いになった?」

「え?なんで?」

「だって、俺…」


(…雨が降ること…自分でもわかってたのに…)


「変なユーリだね。私が大好きなユーリを嫌いになったりなんかしないよ」


しゅんとなったユーリに温かい声が掛り、安心させるような笑みを向けられた

たったそれだけで沈んでいた気持ちが温かさを取り戻す

元気になった弟の姿にミクニは「それじゃ、家に早く帰ろうか」と手を引き、ユーリもその声に笑顔で頷いた



二人が家に着く頃白に白雨は終わり、涼しい風が幼い彼らを包んだ―――



雨の日、わざと傘を忘れて行った



そうすれば、大好きな貴方が迎えに来てくれるから






―――***

群青三メートル手前「彩日十題」より

ユーリがまだ小さくて主人公も10代前半
姉が大好きなユーリは、姉と少しでも一緒にいたくて、傘を持って行かなかった
下町に学校があるかわかりませんが、週1で下町の小さな子供に読み書きを教えたりしてくれる感じです。
子供ユーリはやんちゃでツンとした部分がありますが、姉にだけは甘える感じです。
一応、ユーリと主人公は姉と弟の間柄です







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