意識の全てで世界にサヨナラを




全ての想いを乗せ、デュークの一撃を交わして彼の身体を貫いた

自身らとは違う世界の在り方を求め、世界を愛する彼が背後へと倒れる

それに気付いて誰かがユーリの横を横切ろうとする

敵意もない、その親しんだ気配を振り向くこともなく、ユーリは通り過ぎるのを許した


(…姉ちゃん…)


仲間を、そして自分よりもデュークを選んだミクニは、傷ついた彼の身体を労る様に抱きしめる


「…すまぬ、エルシフル……約束…守れそうにない…」

「…デューク…」


デュークが悲しく言葉を出せば、ミクニが小さく首を振り、その手を握りしめた


「……エルシフルがどんな奴だったのか知らねぇ俺が言っても説得力ねぇけど…、人魔戦争で人の為に戦ったエルシフルってヤツは…ダチのあんたに人間を否定して生きる事なんて望んじゃいないと思うぜ…」


エルシフルという始祖の隷長を通して固い絆で結ばれている二人の姿を静かに見つめていたユーリは、エルシフルはそんなことを望んではいなかったと思う、と口にする


「―――…姉ちゃんも、そう思ってんだろ?」


“エルシフルは、私達を…人を愛してくれた”

“きっと人を殺めてほしくないだろうね”

“でも私は、デュークと共に歩むことにしたの”


亡きエルシフルがデュークに人を否定することを望んでいなかったことをミクニは理解していただろう

だが、それでもデュークと最後を共にすることを告げたミクニは、酷く儚げに微笑んでいた

彼女はどんな気持ちで言ったのだろうか?

それ程にデュークが大事だったのだろうか?


「ユーリ!急がないと!」

「…ああ、やるぞ」


それを今聞くことは出来ず、ユーリはフレンと共に仲間の元へ向かう

テルカ・リュミレースに生きる全ての者を星喰みという闇から救うために


「いくわよ……エステル、同調して。ジュディス、サポートお願い」

「はい!」

「了解よ」


リタが世界中の魔導器を繋げる術式を展開し、仲間の生命力を糧に光り輝く


「ユーリ、いくわよ!」

「ドキドキなのじゃ……」

「…、……」

「たのむぜ〜、大将〜!」

「ああ!」


ユーリが明星を天へと掲げ、それに反応して眩い光が迸った

彼らの想いを感じ取り、かつて始祖の隷長であった精霊が姿を現し、大いなる4つの力が共鳴する

それに呼応するかのように、魔核の光が天空へと集い、星喰みの暗闇を打ち消すために明るさを増していった


「うぉぉおお―――!!」


その力を支える明星がユーリの意識に反応して、空を―――星喰みを突きぬこうとする


(くそ、たんねえのかよっ)


光の柱と暗黒の海の間でお互いの力が均衡し合っているかのように渦が出来るばかりで、空は晴れない

それどころか、明星を掲げるユーリへの負荷は増していき、身体が軋む


「っ、だめ、か……」


自分達の未来を創るためにも、人間がやり直せることを証明するためにも、諦めるわけにはいかない

だが、想像以上に星喰みの力は―――人間が犯した過ちは根深く、星を死に至らしめる猛毒であった


「―――、!!」


星喰みの力に押し負けそうになった時、ユーリを包み込む光が膨張し、身体が軽くなる

微かな足音に振り向けば、違う未来を求めていた二人が傍にいた

言葉を交わすことなく、視線だけでお互いの意志を汲み取る

姉はもちろん、デュークもまた、自身らが築き上げる未来を信じてみようとしているのがわかり、ユーリはデュークの手助けを得て、精霊達の力を支えようとした


「っ、姉ちゃん!!」

「ミクニ、何を!」


古代と現代の、二つのリゾマータの公式が力を合わせようとした瞬間、ミクニの身体から、空を翔けてきた精霊の光と同様の光達が立ち昇る


「…私が取りこんだ魔核を精霊に還すだけだよ」


その様に動揺の色を見せるユーリとデュークに対して、ミクニは得意の微笑みを浮かべる

何も心配することなどないと言うように―――


「さぁ、やろう。ユーリ、デューク」


何故だろうか?

一瞬、ミクニに対して違和感を覚える

その瞳に、声色に、表情に、姿に、存在に…


何に…―――?


(…姉ちゃん…?)


蛍火を纏い、光の帯を舞いあがらせるミクニの姿に意識を奪われ、胸がざわめくのをユーリは奥底で感じる

けれど、ユーリ達が創りだす未来に自分も賭けるように、その指先を天へと伸ばしたミクニの動作を捉えたことで、その違和感を消し去ったユーリは、意識を上空へと向けた


(…頼むぜ、明星)


精霊の力を収束させたことで神々しいまでに輝く白き刃を形成し、全ての想いを乗せた明星の柄をユーリは一際強く握りしめる


「うわぁぁあああ―――!!!」


仲間の、始祖の隷長の、世界の人々の、


そして、誰よりも身近で大事な人――姉の未来


生ある全ての存在の未来を掴みとるための刃が今、振り下ろされた


「いっけぇえええ―――!!!」


命ある者の願いが死を誘う深淵へと入り込み、澱んだ空を割る

明星を振り下ろした時、ユーリの瞳が捉えたのは、光の軌跡が空に描かれていく美しき光景だった


「…皆…星喰みから解放されたんだね…」


同じようにその光景を見上げているミクニから零れた言葉が耳に届く

その言葉の通り、世界に降り注ぐように空を奔っていく光は、星喰みが精霊へと生まれ変わったということだった


「……やったな」


静かに歩み寄って来た親友の言葉に一つ頷く


「……本当にこれで正しかったのか」

「さぁな。魔導器を失い、結界もなくなった」


星喰みという危機は退けた

けれど、この選択が本当に正しいことなど、誰にもわからないだろう


「けど、俺達は選んじまったからな。生きてる限りは、なんとかするさ」


だとしても、ユーリ達はこの道を選んでしまった

困難がこの先に待ちうけているとしても、仲間達を始めとした多くの者達と、この世界で生きていく道を


「強いのだな」

「なに、ひとりじゃないからな」


守りたい存在が、共に歩みたい存在が、支え合う存在がいる


(俺たちは、ひとりじゃない)

(だから、選べたのさ)

(それは、あんたにもわかるだろ…デューク)


ユーリの言葉に視線を伏せた後、デュークが最期を共にしようとしたミクニを――ユーリの姉を見つめる

視線を交じり合わせる二人の姿に、独りで生きてきたような印象を与えるデュークもまた、世界のためだけでなく、誰かの――亡き友や、ミクニのために歩んでいたのが窺えた


「いいのか?」

「…いいんだよ、今は、な」


デュークとミクニの姿から視線を外して空を仰げば、フレンが聞いてくる

はぐらかしたところで無意味であり、そのように答えれば、フレンは口元に笑みを刻む

それに対してユーリも笑みを見せると、幼い頃からの付き合いである二人は、皆が駆け寄ってくる足音を耳にしながら、互いの拳を突き合わせる


「ユーリィーーーー!!」


此処まで共に歩んできた仲間達に囲まれる中、ユーリは彼らと笑い合う

今の喜びを分かち合い、これから築き上げる未来も共に歩んでいくことを確かめるように


「…ユーリ…」


希望に満ち溢れる空間に、柔らかな声が自分を呼ぶ

幼い頃から聞き慣れた声に釣られて、ユーリは少し離れた場所にいるであろう大切な人を捜す

視線が止まった先には、寄り添うようにデュークと共にいるミクニの姿があり、わかっていたはずなのに心臓が痛もうとした

だが、それよりも早く、ユーリの胸は再びざわめく

精霊の光が流星の如く流れ落ちる光景を背にしたミクニは、今にも消えてしまいそうなほどに儚く映り、その唇が動きだした


駄目だ

止めなくては

でないと、―――


奥底から這い上がる恐怖を感じ取り、ユーリはその唇の動きを止めようとした

けれど、ユーリの神経が動くよりも早く、ミクニの神経が音を作りだしてしまう


「幸せになって、…―――」


頬笑みを向けようとミクニが唇の端をあげようとしたが、それは最後まで上がらずに崩れ落ちる


意識の全てで世界にサヨナラを


最後のように告げられた言葉がユーリの身体に木霊していく中で


「…え…っ…」


魂の抜け殻と化したかのように、弟の目前で、ミクニの身体が重力に向かって堕ちていった



―――***
消極SADIST「はじめに言葉ありき」より

「だからさよなら。」のユーリ視点
最後に自分ではなく、デュークを選んだ主人公
でも、その最後の言葉をデュークではなくユーリに対して言ったのはきっと、主人公にとって一番大事だったのは最愛の弟であり、最後の最後でユーリを選んだ証拠
その想いがユーリに届いたかは・・・現状では伝わっていないだろうな

(H24.4.8)





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