だれにもやらない




神秘的な光を軌跡として空に描くように舞っていた

けれど、疲れたように鳥でもなく、ましてや人とは違う存在は地へ落ちてしまう


(何なの?此処)

(…帰らないと)


少し先に見える自然物ではない黒い塊から届いてくる気配に、彼女は脅えていた

早く己がいた場所に―――緑溢れる地へと帰りたいと思い、彼女は少し弱った身体を持ち上げようとする

けれど、空から掛った影に彼女の動きは止まった

空を仰ぐと魔物の一種と思わしき影が彼女の近くへと降りてきていた

彼女はそれに恐れることなくじっとしていたが、その背から降りてきた影に首を傾げる


(人?)


その人を見上げているとゆっくりと近づいてきて、顔立ちがわかる距離まで来ると歩みが遅くなった


「―――ミクニっ」


(なんで知っているの?)


それは確かに彼女の名だった

見た事もない存在に己の名を言われ、彼女はじっと見上げていたが、不意に身体を抱きしめられる


「ミクニ…ミクニ…っ」


共に傍にいてくれる存在とは違い、痛いくらいに強く抱きしめてくる相手にどうすればいいかわからなかった


「ようやく見つけた…ようやく…。……あの男はいないのか?…」


近くに自分達以外の気配がないことがわかり、男が微かに笑む


「…だれ…?」


ようやく拙いながらも人がわかるように言葉を出せば、男が眉を上げた


「…ミクニ……俺を…」

「きみは…だれ…?」


もう一度問えば、男は少しだけ力を緩め、悲しそうな目を向けてくる


「…そうか…記憶がないのか」

「きおく?」

「まぁ、いい…ないのなら、それで…それにその方が」


悲しい目が嬉々に染まり、男は辺りの空気で弱っていたミクニの身体を抱き上げた


「俺の名は、ガイアスだ」

「…がい、あ…す?」

「そうだ」


(ガイアス…)


心のうちで復唱していれば、ガイアスはそのまま魔物へと跨り、ミクニを前へと乗せた

秘境では見慣れない魔物にミクニが触れてみようとするが、腰を掴まれてミクニは男の胸へと密着させられる

直後、己の力ではなく魔物の力により空へと飛び上がった


「どこにいくの?」

「お前が本来いるべき場所だ」

「えるのところ?」


傍にいてくれる存在の所に連れて行ってくれるのかと聞けば、ガイアスは怪訝な色を見せる


「……もっといい所だ」

「いいところ…?でもわたし、もどらないと」

「安心しろ。その男と俺は知り合いだ」


(エルと知り合いなの?)


そう言って、男は魔物を翔けさせていく


「顔色が悪いようだな」

「…ここ、へんなの…くうきがちがうから」

「…黒匣のせいか…」


秘境では感じられなかった纏わりつく感覚に身体が気だるくなり、弱弱しく声を出す


「……える…」

「…少し休んでいろ」


助けを求めるように紡いだ名に、ガイアスが再び顔を歪めたがミクニが気づくことはなかった

マナが薄い空間に慣れないミクニは、そのままガイアスから感じるマナと温もりに釣られるように意識を落とそうとしていく


「…ミクニ……」


傍にいてくれる存在のように優しく、そして歪んだ声が掻き消える意識の中で届いてきた


「これからは…俺が…俺だけがいる…もう―――」



だれにもやらない



その声の裏に潜む狂気を理解できるはずもなく、ミクニは夢の中へと沈んでいった



―――***
群青三メートル手前「籠鳥十題」より

主人公は死に、エルシフルによって聖核から精霊となっています
そして人の頃の記憶はまったくなく、エルシフルと共に過ごしていました
ガイアスは精霊となっているだろう主人公をずっと捜していて、ようやく見つけた感じ
精霊化した主人公と病んでるガイアス様を書きたかったんだよ!
でも、精霊と表現してないし、ちょっとしか病んでる空気出てないという罠
時間があればガイアス様かウィンガル視点でそれを色濃く出したい。
(H23.11.24)





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