三回目の喧嘩で学んだこと
例の影を捉えた瞬間、アグリアの目が鋭くなり仕込み杖を取り出した
相手に気づかれる前に全力で突進すると、そのまま勢いよく相手の頭に振り下ろした
「今日こそ死にやがれぇぇぇええ!化石!!」
ひょいっ
ズドォォォオオン!!
けれど、アグリアの行動を見切っているように“化石”と称された彼女は軽やかに飛び退いたため、彼女の頭の代りに大岩を砕くような音を立てて、廊下の地面が抉れた
その様子に近くを通りかかっていた者たちが「アグリア様がまた御乱心だ」と叫びながら去っていく
「アグリア、何してるの?」
「避けんじゃねぇええ!!」
自分を狙っての攻撃だとわかっているはずなのに、頬笑みを湛えている女―――ミクニにアグリアは毛を逆立てた猫のように吠えた
「何が?」
「わかって言ってんだろうが!」
「そんなに怒らないでよ。遊んでほしいんでしょ?」
「っ!?何言ってやがる!誰が化石に遊んでほしいだ!てか、あたしは子供じゃねぇ!」
「私から見たら子供だよ。15歳は十分に」
「化石を基準にしたら、この世界のやつら全員子供だろうが!!」
「確かにそうだね」
けらけらっと笑うミクニの年齢は、人間が生きられる年月を軽く超えていた
それを知ってからというもの、アグリアはミクニを“化石”と称している
嫌みを込めての呼び名だったが、相手はその呼び方に最初は驚いていたものの、別に気にすることでもないのか、今となっては軽く流すだけになっていた
いや、むしろ喜んでいる素振りさえある
それがアグリアにとっては無性に腹立たしい
「もういい!表へ出ろ!お前の息の根を止めてやる!!」
「けど今から私、ウィンガルの所に行くから…」
「鳥頭なんか知るかよ!だいたい鳥なんか、待たせておけば、」
「またお前か…アグリア」
ミクニの背後に現れた顔にアグリアは声を詰まらせて見上げる
細身の男が金色の瞳を破損した廊下を見渡し、アグリアを見下ろした
その静かな瞳の奥には確かに怒りがあり、アグリアは「げっ」と声を漏らす
「騒がしいと思って来てみれば…これで何度目だ!」
「うっせーよ!!」
「ウィンガル、落ち着いてよ。アグリアはただ遊びたかっただけなんだから」
ウィンガルを宥めようとミクニが仲裁に入ろうとするが、彼女の声にウィンガルの視線が鋭いままミクニへと向く
「だいたいお前もだ!ミクニ!」
「ひっ!」
「どうせお前がアグリアの攻撃を態と避けて、こうなっているんだろう!わかっているなら、受け止めろ!」
まさかの飛び火にミクニが肩をびくつかせると、突如腕を、身体を引っ張られる
「待てアグリア!まだ説教は終わっていないぞ!!」
「お前の話なんか聞くかよ!あたしは、化石にようがあんだ!邪魔すんじゃねー!」
「らしいので、ウィン、ウィン。ちょっと遅れるね」
「っ―――……あいつらめ…」
アグリアに引かれて向こうへと去っていくミクニの呼び方にウィンガルは頬を引き攣らせる
「…後で覚えていろ」
気に入らない呼び方をしたミクニと、城の一部を破壊したアグリアを後でどのように煮るか考えつつ、ウィンガルは密かに怒りを燃やした
訓練所に入ると先に訓練していた兵士をアグリアはすぐさま追い出した
そのまま化石と対峙しようとするが、まだ相手の手を握っていることを想い出し慌てて離す
「いつまで手を繋いでんだ!」
「アグリアが握ってきたんじゃ、」
「うっせー!変な事ほざくんじゃねぇよ!」
「はいはい」
苦笑い混じりになるも、その余裕な感じにアグリアは歯を噛みしめると、構えどころか武器も持っていない相手に斬りかかる
「っ!化石はさっさと土に還ればいいんだよ!」
それでも相手は四象刃であるアグリアの攻撃を全て見切って避けていき、アグリアはイラつく
ようやく弓を取り出したと思えば、アグリアの急所は愚か、避けやすいように矢を放ってきて更にイライラさせる
「ちゃんとやれ!あたしは、全力のあんたを倒したいんだ!」
全力でなければ意味がなかった
全力を出したミクニに勝たなければ意味がなかった
(でないと、意味がないんだよ)
自身を認めてくれたガイアスが頭を占める
ミクニに刃を向ける理由は、全てが王に関連していた
最初はミクニという異世界人のことを知らされた時、興味などほとんどなかった
けれど、陛下が気に掛けている事実が気に食わなかった
それに加えて、陛下と対等に刃を交えるときた
絶対的君主であるべき存在に屈服しない存在など、アグリアは認めたくなかった
そして、その追い打ちをかけるようにミクニを愛しそうに見る陛下の目
(認めるわけにはいかねえんだよ)
他の四象刃は、陛下の恋を応援しているようだがアグリアはそうはいかなかった
だからこそ、ミクニに勝ち、陛下には相応しくない事を立証したかった
「アグリア、平気?」
「………」
なのに、またアグリアは地面に臥しており、心配そうに眉を顰めてミクニが覗きこんでくる
そんな相手にアグリアは刃を振り上げ、遠のけた
一歩間違えれば顔に大怪我を負っていたかもしれないのに、相手は機嫌を損ねるわけでもなく、余裕を崩さないでいる
(怒れよ、この馬鹿化石!)
(なんでこんな奴なのに、あたしより強いんだよ!)
三回目の喧嘩で学んだこと
どんなに吠えても、認めざるを得ない強さが相手にはあった
―――***
群青三メートル手前「彩日十題」より
アグリアから主人公は「化石」と呼ばれております。
アグリアは、陛下に好かれている主人公がイヤ。
まだ弱いなら陛下の足手まといになるから認めなくてもいいが、強いから認めざるを得なくて更にイヤ。
その上、主人公の余裕さが自分が本当に子供のように思えて、イヤ。
ただ単に、素直に認められないアグリアは、別に主人公が嫌いなわけではない。
実際、ツンなアグリアは主人公にじゃれているように周りには見えているし、主人公にとっては反抗期な可愛い子供。
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