だからさよなら。




ユーリの一撃を受けて倒れるデュークを目の端に捉えた途端に、ミクニは攻撃の意志をやめ、彼の元へと駆け寄る

細身ながらも男であるデュークの身体を優しく抱けば、彼の悲しい瞳がミクニの瞳と交わった


「…すまぬ、エルシフル……約束…守れそうにない…」

「…デューク…」


ミクニの向こうにエルシフルがいるかのようにそう呟いた彼に小さく首を振り、その手を握る


「……エルシフルがどんな奴だったのか知らねぇ俺が言っても説得力ねぇけど…、人魔戦争で人の為に戦ったエルシフルってヤツは…ダチのあんたに人間を否定して生きる事なんて望んじゃいないと思うぜ…」


ユーリの言葉が胸に響き、反応する


「…姉ちゃんも、本当はそう思ってんだろ?」

「ユーリ…」


弟の声にデュークから視線を外し、彼を見ようとした

一瞬だけ視線が合うと、ユーリはミクニを視界から追い出した

それが侘しかったが、仕方のないことであり、ミクニは何も言えずに再びデュークを見やる


「……エルシフルの、望み…、世界を守る事…」

「生きとし生ける者の、心ある者の安寧…」

「…そうだったな…ミクニ…」


ユーリの言葉にエルシフルの本当の願いを想い出してくれたのか、彼は天を仰ぐ

それに釣られてミクニも頭上の後景を見た

結界で守っていた空はなく、赤黒いモノが世界を呑みこむように這っていた

1000年前と同様の空がそこに存在しており、ミクニは眉を寄せる


「ミクニ…怖いのか?」


星喰みから生まれる魔物の気配にミクニの手が震えた

その震えと気持ちを共有するようにデュークが握り返してくる

デュークの存在に意識を向ける中、ユーリが仲間達の元へ向かっていった


「…大丈夫だよ」


1000年前のことを想い出しているのだとデュークは思ったのだろう

ミクニはいつもの穏やかな笑みを浮かべる

紛らわしの笑みだと知られないように、自然な笑みを


「…見て、デューク…」

「…本当に魔導器を捨てたというのか」


ユーリを中心に空へと光が収束してくる

それが全て魔核の力―――精霊だと感じながら、ミクニはデュークを支えながら立ち上がった


(始祖の隷長の…精霊の力…)

(…星喰みが消える…でも…足りない)

(精霊も…彼らを支える力も…)


星喰みに精霊の力が届くも、世界の空を覆う闇には敵わないのか、光の動きは止まる

悔しそうに天を睨みつけるリタ達の一方でデュークが静かに呟く


「始祖の隷長…精霊…人間……エルシフルよ…、世界は変われるのか…?」

「…変われる可能性は残ってる。少なくとも…ユーリ達はそうしようとしてる…」


デュークと瞳を交わすと彼は宙の戒典に視線を下ろし、ユーリの明星に呼応させるように天へと掲げ、力を与える


「デューク、ありがとう…」


その行動は、彼がユーリ達の意志を認めてくれ、この世界で生きてみようとしてくれている証拠だった

絶望していた親友が少しでも光を見出してくれたことに感謝をし、ミクニはデュークと共にユーリの元へと向かう

精霊の力を支える明星の力が増し、己への負荷が和らいだことでユーリが近づいてきたデュークとミクニへと振り向いた

そして言葉を発することなく、デュークとユーリが力を合わせようとした瞬間、ミクニは胸に手を添え、意識を巡らして体内の奥深くで眠る光を捉えた


“世界を、どうか”


皆が守ろうとするテルカ・リュミレースを再び守ってほしいという願いを込めれば、その意志に呼応するようにミクニの身体から光芒が飛び出し、明星へと集っていく


「っ―――姉ちゃん!!」

「ミクニ、何を!」

「…私が取りこんだ魔核を精霊に還すだけだよ」


二人が驚きの声を出すが、ミクニは何でもないように頬笑みを向ける


「さぁ、やろう。ユーリ、デューク」


二人の背を押すようにいつもの笑みを向けると、ミクニは己が取りこんだ始祖の隷長の魂を解放するために手を空に伸ばす

それを見てユーリも明星へと再び集中しだすが、デュークはミクニの意志を察したように瞳を通わせていた


(ごめんね…デューク)


心の中でそう呟く間にもミクニから光の筋が立ち昇り、それが過ぎ去る度に声が脳裏に響いた


“ありがとう”

“我らが同胞よ”

“貴方のためにも、我らがためにも”

“幾星霜を超え、星喰みから世界を守ろう”


送られる言葉を噛みしめつつ、星喰みに立ち向かっていく精霊らを仰ぐ


“ ミクニ ”


最後に懐かしい声が自身の名を紡いだのがわかり、ミクニは幸せそうに一際強い輝きを放って己から離れた光を見送った


「いっけぇえええ―――!!!」


皆の強い意志と祈りが重なり、始祖の隷長の―――精霊の世界を守ろうとする力が一つの白い光となり、世界を覆っていた星喰みを切裂いた

まるで包み込むような精霊の力により、星喰みが崩れ、光へと転じていく


「…皆…星喰みから解放されたんだね…」


眩い光が世界へと降り注いでいき、星喰みも精霊へと変わったのだと察する

苦しみから解放された始祖の隷長達だった者の歓喜の声が聞こえる中、ミクニは身体を襲う異変に気付いた


(…やっぱ…こうなったか…)


「…ミクニ」

「デューク…」

「お前…っ」

「…ごめんね…あと、お願い…」


その異変が始まっていることに気づいてデュークが哀しみを見せていた

彼にも言いたいことがたくさんあったが、もう猶予がないことに気づき、皆と喜びを分かち合っている最愛の弟―――ユーリを見やる


「…ユーリ…」


皆と笑いあっていた表情のままで弟が顔を見せてくれた

それが嬉しくてミクニはとびっきりの笑みを零そうとする


「幸せになって…―――」


全ての想いを込めて、その一言を口にした瞬間、ミクニの視界が歪み、全身の力が奪われだした

同時に全ての感覚が薄れ出し、皆の姿が、声が、温もりが、全てわからなくなる


(ごめんね、裏切って)

(こんな私が言ってもあれだけど…)

(…幸せになってね、ユーリ…)


視界が黒に塗りつぶされ、何もかもが聞こえなくなり、思考が閉じられて世界が遠くなっていく


(……これで…やっと、…おわ…、…)


ようやく己に訪れてくれた終焉を、ミクニは拒むことなく受け入れた



だからさよなら。



ちゃんと、笑えていたかな…―――


―――***
群青三メートル手前「涓々十五題」より

原作最期の星喰みを精霊にした話
その瞬間、主人公死亡した感じです……
原因は、主人公が体内に取り込んでいた始祖の隷長を解放したのに繋がります
TOX夢でも重要になってきます
察しがいい人は、わかっているとは思いますが
原作ではいい話なのに、シリアスですみません






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