微笑む君の幸せを疑いもしなかった




夜の砂漠は寒暖が激しいと聞いていたが、思ったよりも酷くはなかった

ただ、砂漠での旅をしたことがある経験者―――ミクニがいたおかげだろう


「…ミクニちゃん、何処に行くのかねぇ」


深夜になりエステルが何処かへ行き、ユーリも彼女を捜しに行ったのか此処から離れた

それからすぐの事、横になっていたミクニが起き上がり、二人とは別の方向へと向かったのをレイヴンは目撃していた

彼女の背が見えなくなる頃、レイヴンも散歩ついでに彼女の後を追うことにする


(あれま…ミクニちゃん、見当たらないわ)


周囲を見渡すが見えるのは砂丘ばかり

人影は見当たらなかった

誰もいなく、静かな砂の上でレイヴンはため息交じりに息を吐く


「…そういや…此処、なんだよな…」


いつもの表情を失せさせ、レイヴンはぼんやりと物想いに耽る

正確には此処ではないが、この大陸であの出来事は起こった


栄光と誇りを分かち合った仲間

なりたかった自分になれるかもしれないと夢見ていた自分

光り輝くような騎士としての日々


それが崩れた場所が此処だった


“死”というものによって、それは全てなくなった

仲間の死、ダミュロンという人間の死

何よりも、キャナリの死――――


(何考えてんだ…ダミュロンはもう死んだんだ…)


過去を考える自分から逃げるようにレイヴンは止めていた足を動かす

皆の元に戻るわけでもなく、ただ足を進める


(っ…な?)


砂を踏みしめていた音がやむ

月夜の砂丘に誰かが立っていた

黒に近い髪を靡かせ、弓を番えた姿


「―――…キャナリ…」


無意識にそう口にしていた

夜風に吹かれる凛々しい横顔は、正しくキャナリだった

その存在を確かめるようにレイヴンが走る

彼の足音でその姿が揺れ動き、彼を見た


「レイヴン?」


きょとんとして彼女が首を傾げる

ミクニだった

キャナリの姿は其処にはなかった

ミクニにキャナリの影を重ねたのだとわかり、レイヴンから渇いた笑いが漏れる

すぐにそれをいつものへらへらした笑みへと変えて、ミクニへと近づく


「こんな夜中に1人で出歩いてちゃ危ないわよ。ミクニちゃん」

「もしかして、心配して捜しに?」

「そうそう。おっさん、ミクニちゃんのこと大好きだから」

「私もレイヴン好きだよ」

「え!?そ、それじゃ、おっさんのこいびt「仲間としてね」…おっさん、悲しいわ」


態とらしいレイヴンの落ち込みにミクニは楽しそうに笑う


「…んで、ミクニちゃん此処で何してたわけ?」

「エステルとユーリの物音で起きちゃって…それに」

「それに?」

「…この砂漠で友達が死んだから」

「――――…え?」


レイヴンはその小さな囁きに息を呑む


「…ごめんね、レイヴン。変な事言って。何でもないんだ。気にしないで」


苦笑い混じりに謝るミクニに対して、レイヴンはすぐさま反応出来なかった

誰が死んだ?何故死んだ?どうやって?

その答えをレイヴンは知っていた

そして、ミクニの謝った意味も何となくわかっている


(…本当は、わかってんだよね?ミクニちゃん)

(俺が…あいつだって)


ギルドの巣窟で出会った時、彼女はレイヴンを見て、騎士だった“ダミュロン”を口にした

だが、レイヴンは勘違いだと否定し、ミクニも追及する事はなかった

けれど、ミクニはずっとレイヴンがダミュロンだと思っているのだろう

そして、その話はダミュロンにとって酷だから謝ったのだ


(…ごめんね、ミクニちゃん)

(でも、ダミュロンは死んだんだわ)

(だから…謝る必要なんてないのよ)


「帰ろう、レイヴン。明日はまた暑い砂漠を歩くんだし」

「ミクニちゃんとせっかくの二人っきりの時間だけど…これ以上遅くなったら青年に俺様殺されちゃいそうだしね」

「あはは。ユーリの印象って、そうなの?」

「笑い事じゃないのよ!ミクニちゃん!ミクニちゃんのことになると青年、鬼なんだから…そのお陰でおっさん何度怖い思いをしたことか…」


くすくす、と自分には関係ないように笑うミクニに、いつもの調子で振る舞う



微笑む君の幸せを疑いもしなかった



キャナリが可愛がっていた少女も死んでしまった、という誰かの囁きから耳を塞ぐように




―――***
NERURATORATE「泣き方を知らない君へ10」より

フェローを捜しに行く途中の話
レイヴンと主人公は人魔戦争前に会っている
正確にはダミュロンと主人公がキャナリを通して
頻繁に会っていたわけではないが、少なからず交流があった






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