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夜空に広がる星たちの中から、たった一つ、周りと変わらない輝きを放つ星を、どうやって見つけるというのだろう。私は運がわるい。自由を手に入れて、間もなく世界を失ってしまうのだから。
「私の野望のためには、ハイソルジャーだけでは意味が無いのです。新人類を味方につけたという事実が必要なのです。教会とは話がついています。協力、していただけますね」
「はい」
心にも無い返事をして隙あらば逃げだそうとすらしている諦めの悪い自分には、はたして未来があるのか。
にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべて話す目の前の男が教会から見限られているのは既に承知していた事実である。何故って、パルスと記憶が他人の操作で簡単に消えてしまうほどの微かな繋がりでしか残っていないような、もうすぐ普通の暮らしに戻る予定だった、新人類とは程遠い私なんかを寄越されるのだから。
この計画が失敗して、退屈で仕方がない普通の生活に戻れることが、どれだけ幸せなことだろう。割り当てられた真っ白な部屋で、薄暗い外を窓越しに見つめた。



所謂世界征服とやらであの男が選んだ手段は、暴力ではなく、スポーツだった。思わず笑ってしまいそうになる。スポーツ…しかもサッカーで世界征服、だなんて。
体にぴったりと張り付くユニフォームを脱ぎ捨てて、染み一つない真っ白なワンピースを頭から被り、両手でてきとうにシワをのばした。質素なベッドの上に乱雑に服が積み重なっているのは、私がそこで寝ていない証拠のようなものだ。ここではどうしてもゆっくりする気にはなれなくて、あの男に会った日から、この施設の中で一度も深い眠りについていない。
「どこに行くんだい?」
「さぁね。日付が変わるまでには帰るけど」
「着いていこうかな」
「監視のつもり?いいよ、好きにしたら」
「…いや、やめておくよ」
「あっそ」
転送装置を使って人気のない公園へ一瞬で移動した瞬間、ぐらりと視界が揺れて地面に膝をついた。白いスカートが汚れてしまうのも構わないで、そのまま流れるように砂の上に倒れ込んだ。
「アイリス?」
「…福原?」
「なんでここに…もしかしてゲームの最中なのか?」
「話は後。とりあえず寝かせて欲しい」
「わかった。けどそこじゃなくてベンチに寝た方がいい。汚れるし、目立つだろ」
「かたいから好きじゃないんだけど。…一時間したら起こして」
のそのそとベンチで丸くなり、ゆっくりと瞼を閉じた。



「アイリス、起きてくれ」
「…」
「1時間たった」
「ありがとう」
ぐっと背筋を伸ばすと、ばきばきと大きな音が鳴って思わず顔をしかめた。雑にワンピースの土を払うと、元の真っ白な生地が綺麗に浮かび上がる。
「ねぇ…また、会える?」
「わからない。けど、会えないと思う」
「…そうだね。もし会えたとしても、覚えてないだろうし」
「…」
「ねぇ、オリビアは?前会ったとき、福原と組むみたいなこと言ってたんだけど」
「戻ったよ」
「そっか。…会った?」
「会ったよ。普通の女の子だった」
「…普通って、いいよね。何が普通かって聞かれたらちょっと困るけどさ」
「…オリビアは、あの中にいても、何も変わらなかった」
「頑固だからね」
「それでも普通だった」
「私も、そうありたかった」
「そうだな」
「じゃあね。お姉さん、見つかるといいね」
「アイリスも、戻れるといいな」
「うん」
またねともさよならとも言わない。お互い無言でその場を離れて、私は大分離れた場所で静かにうずくまった。本当に、戻れるのだろうか。



河原のサッカーグラウンドを眺めながら、誰かが忘れて行ったらしいサッカーボールを何度も何度も蹴りあげた。あそこで蹴らされるサッカーボールよりもずっとずっと軽くて、ついいらない力が入りそうになる。
「そろそろ時間かな、帰らないと。…帰るって、なんなんだろう」
福原はゲームをやっていた風ではなかった。きっとあれから家へと帰ったはずだ。それならば。
それならば、私の帰る場所は、いったいどこなのだろう。
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