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私はゆるんだ笑みを浮かべる彼が好きだ。なんでもできて性格もよくて顔は最高。けれどそれを鼻にかけるようなことはせず穏やかに笑って私の苗字を呼ぶ彼が、好きだ。だから正直サッカーをするときにたまになる、"アツヤ"は苦手だった。私は"士郎"とサッカーがしたいのに、いつも"アツヤ"が出てくるとそれを邪魔された気分になる。彼はモテる。いつだって彼の傍には女の子たちがいて、一人が嫌いな彼を一人にはしなかった。それはどこだって、同じことだ。彼の世界は広がろうとしていた。北海道にあるこの小さな白恋中から、全国へ。ここを離れるということはつまり、そういうことになるのだろうと私は思って、そして置いて行かれる哀しさを噛み締めた。この試合に負けた私たちに彼を引き留める術はなく、彼の世界が広がっていく邪魔をする気もなかった。どうか次に会うときからはDFの彼とずっとずっと、サッカーができますようにと祈るばかり。ただただ寂しさを隠して、ぎゅっとユニフォームの裾を握りながら笑みを貼付けた。「吹雪くん、いってらっしゃい。」無理しないでね、頑張ってきてね、そう言おうとした私の言葉たちは宙に放たれることはなく、代わりに言葉を発したのは彼だった。「苗字さんも一緒に、」別れを告げた私に申し訳なさそうに微かに震えた声でそう言った彼の顔色は伺えない。「来て欲しいって、皆が…」「…いいのかな」「うん。さっき皆が苗字さんのこと上手いって言ってたんだよ」一瞬だけ浮かんだもやもやを奥底に押し込んだ。私は何を期待していたのだろうか。彼と一緒に行けることだけでも嬉しいことなのに。すぐに答えを返そうと口を開いた。「吹雪くんは、どうなの?」けれどでてきた言葉はさきほどのもやもや、だった。「私に、来て欲しい?」吹雪くんは驚いた顔をして、少しだけ困ったように笑みを浮かべて右手を出した。「皆が上手いって言ってたときに、僕が誘いたいって言ったんだ。苗字さんと、サッカーしていたくて。」「…ありがとう、」「ううん」「私行くよ」「ほんとう?嬉しいな」本当に嬉しそうに笑った彼も、少し俯いている私も、いつもは白い頬がほんのりと紅色に染まっていた。私は彼に差し出された手をそっと握り 行こっか と小さく言った。
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