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今にも壊れて消えてしまいそうなその背中を抱きしめ支えて、言いたいことがたくさんあった。伝えたいことが、1つあった。長い黒髪をくるくると指先で回しながら、私は冷たい表情で思考を巡らせている。以前は親しげに私の名を呼び微笑んだ彼らの視線は冷たい。背筋にぞくぞくとくる痺れるような快感を噛み締めてにやりと笑んだ。悟られてはならない。彼を、佐久間を、助けられるのはおそらくたった一度きり。その瞬間を逃してはならない。浴びせられる憎悪や嫌悪は私が今ここに存在しているという証。私は緩やかに冷たく笑う。もっともっともっと。抑え切れない欲望は私を貪欲に、そしてより強くさせた。今この瞬間にも。本当は助けて欲しい。そんな怖い目で見ないで欲しい。嫌わないで欲しい。けれど私が彼らを深く知らないように、彼らは私の深くまでを知らない。誰も踏み込めない聖域。それが私。誰も助けてくれない。誰も助けてくれようとなんてしない。佐久間がボールを取った。空気が変わる。ぞわりと鳥肌がたった。行かなきゃ。足を踏み出した瞬間にぐっと強く腕を捕まれた。振り向くと、険しい顔をした小鳥遊さんが、いた。「小鳥遊、さん」「今、何、しようとした?」「は、何が?それよりさ、皇帝ペンギン1号って痛そうだよねぇ。うってみたくない?」「…きもちわる」「どうも」というか皇帝ペンギン1号って、これしかうてないなら使う意味もないよね。やっぱり使いたくないかも。助けられなかった。佐久間くん。ごめんなさい。あーあ。負けちゃった。もっと生きてるって実感したかったのに。思ってたよりあっけなかったかな。揺れてる。地面が揺れてる。潜水艦が揺れて、いる。もしかして、沈むのだろうか。これ、死ぬのかな。ま、やりたいこともないし。サッカー楽しかったし。別にいいか。怖いよ。死にたくない。でも動かない。足が、動かないどころか、立つこともできない。「名前!」佐久間くんが呼んでる。けれど声を上げることはおろか、もう、意識を保つことすら難しい。もう、いいかな。私は、「名前!」「…佐久間くん、うるさいなあ」ね、わたしが誰だか教えてあげようか。そんなこと…どうだっていいよ。私は私。私はアンタ。アンタは私。「円堂っ頼む!名前を、助けてくれないか…!」「あ、あぁ!任せろ!」佐久間くん佐久間くんって自分のことを投げやりにした、アンタの心が産み出した白血球みたいな存在。辛いものぜーんぶ消えたら、さよなら。なに、それ。アンタはいつまでたっても私の存在を認めてくれなかったけどね。アンタが私を認めてくれたら、きっと、立てるよ。「立てるか?」小さく首を振った。「わからないよ」「わからないって…。うわっと、とにかく急がないと…!ほら!早く!」逃げないで。アンタを助けたがってる人はたくさんいる。この目の前にいるGKもそうだし、こいつにアンタを助けてくれって言った佐久間くんも。私、逃げてた。佐久間くんを助けられなくて、壊れてく佐久間くんを見たくなんてなくて、死んでもいいかなって。それで、あなたが。そう。私。ひきずるように体を動かして、目の前で背中を向けてしゃがみこんだ雷門のGKの背中にしがみついた。人の体温を、久しぶりに感じた気がした。「名前、よかった…」佐久間くんのとなりに降ろしてもらった私は、立つこともままならずに、べしゃりと崩れ落ちた。佐久間くんの笑みを見た私は、なんだか寂しくて哀しくて虚しくて、涙が出た。目の前でぎょっとしたように驚いた佐久間くんにゆるく抱き着いて、「怖かった」とただ一言口にした。「ごめんな、ありがとう」このとき、私は初めて佐久間くんが、私が洗脳されてなどいないことを知っていたのだとわかった。なぜ誰にも何も言わなかったのかは、私の都合のいいように解釈しておこうと思う。

わたしはわたしを誰にも悟らせず、わたしの中のパンドラの柩(ハコ)へとそっとしまっておく。それがわたしの償いで、希望なのだ。



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メモログの創作を元に
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テーマ「人外ファンタジー」
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