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蝉の声がうざくなってきた今日この頃。私はうっかり歴史の課題を2度ならず3度までも忘れてしまったために(3度目のとき、うっかり口が滑って"2度あることは3度あるって言いますよね"なんて言ったのが運の尽き)、こうして夏休み中にほぼ毎日学校なんぞに通うはめになってしまった。倉庫から引っ張ってきたホースで水やりをしようと蛇口を捻り、水が出て来るのを待った。…待った。おかしい。出てこないぞ。視線をを手元から蛇口の方まで滑らせていくと、ホースが途中で捻れていた。くるくると手元のホースを回して捻れを無くした、瞬間、視界の隅に茶髪が映った。「つめてー!」気づいたときにはもう遅い。呆然と立つ私とぽたぽたと水を滴らせた彼の視線が交わった瞬間にはっと我に返った。自分はなんてことをしてしまったんだろう。人気が無くてよかった。彼らのファンクラブとやらに見られていたらと思うとぞっとする。慌てて蛇口を閉めてから彼に駆け寄って、私の肩にかけていたタオルを彼の頭に被せた。「ごめんなさい…!あの、風邪ひくと悪いんで、早く拭いてください」「あ、いや、い、いいよ!大丈夫だから!」「…それ、あげるんで好きに使ってください」「だから大丈夫だって」「でも、」「あー、でもこれ濡れちゃったな。今度洗って返すよ」「だから、」「クラスと名前、教えてくれね?」「…1年B組苗字名前。…あの、じゃあ千鶴経由で返してください。幼なじみさんですよね」何を言っても無駄だと悟ってしまった。千鶴の名前を出すと目を見開いて驚いていて、ちょっと面白いと思った。「お友達なんです」「そ、そっか」「お名前聞いても?」「藤堂平助。平助でいいよ、あと敬語もなしにしてくんね?なんかむず痒くてさ」「うん……あのさ」「ん?」じっと平助の水が滴る髪を眺めて、それから彼の目を見てはっきりと告げる。「座って。拭くから」「…えっとさ、なんか、怒ってる?」「…座って」「う、うん」半ば無理矢理段差に座らせて、タオルを掴みゆっくりと髪を拭いていく。すばらしく質のいい髪だ。まったく羨ましい。「…怒ってないよ、話すの苦手なだけ。怒る理由なんて、ないし」「そっか…よかった」「平助は部活?」「んー…ついさっき終わったところ」気持ち良さそうに目を細める彼を眺めていると、ファンクラブができる理由がわかった気がした。「そっか」「名前は?部活やってないだろ?」「…なんで知ってるの?」「いや、その、なんつーか、勘、みたいな」「…なにそれ!」笑い声をあげると、平助はこっちを真面目な顔してじっと見て(ちょっとどきっとした)、それから太陽(でもじめじめした嫌な太陽じゃなくて、暖かくてきれいな太陽)みたいな笑顔を私に向けて、「やっぱり名前は笑った方が可愛いよ!」「あり、がと…」ファンクラブができた理由、なんとなくわかったかも。なんて。「ほ、ほら、髪、乾いたよ!」さっきまで水気を含んでいた髪はもう既にさらさらと風に靡いている。もうちょっと、乾かないでいてくれればよかったのに…なんてね。「ありがとな、じゃあ……また明日!」「う、うん…また明日…!」彼にとってはきっと何気ない一言だったんだろう。また明日、なんて、誰だって言う言葉だけれど、私は、今ものすごく嬉しい。鼻歌まじりにホースを片付けながら、私は土方先生にありったけの感謝の言葉を胸内で告げ続けていた。

恋をするきっかけなんてほんの些細なことと決まっているのですから
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