そろそろ肌寒い季節だ。微かな梅の香りが鼻を擽る。本来ならここは不良や不審者さえも寄り付かない程人気の無い小さな公園のはずで、もちろんベンチに座るのは自分一人のはずだった。いつの間にか隣に座っていた帝光中の制服を着た少女は、白澤ななみと言うらしい。本を読んだままでいいから、話を聞いたふりで実際には聞いていなくていいから、助言なんて求めないから、隣で話していて構わないだろうかと言う白澤に小さく頷くと、暫くの沈黙の後、訥々と語り始めた。
「私、もともとバスケ部の三軍マネージャーの中でも本当にしたっぱだったんだ。でもある日、同じクラスで同じバスケ部の仲のいい男の子が3軍から1軍に一気に上がっていったの。寂しかったっていうのもあるんだけど、でも頑張れば私も上に行けるかもと思って、頑張って頑張って頑張って、……1軍のマネージャーになれたの。1軍の選手は凄い天才ばっかりで、強くて、かっこいいんだけど、マネージャーも凄いんだよね。私も1軍マネージャーだけど、だからって他のマネージャーに比べたら全く使えない。でもね、それでも、今まで大した取り柄も無かった私に唯一誇れるものができて嬉しかったし、頑張りが認められたって嬉しかった。皆のために頑張りたくて、何かを任せられるのも新鮮で。楽しくて、楽しくて、仕方なかった。楽しかった、けど、やっぱり、私じゃ、ダメだったのかな。皆に認められたいなんて考えたことなかったけど、無意識にでも思ってたのかも。靴隠されたり、仲良しだった2軍とか3軍のマネージャーに無視されたりして。最近は、ずっと一人ぼっち。まだ、1軍の他のマネージャーがかばってくれるし、一緒にいてくれるから学校にも行けてるけど、部活を引退したら、私……」
やけに饒舌に話していたと思ったら、急に黙り込んでしまった。こいつは1年先の心配をしているのか。視線だけ白澤に向ければ、俯いて体を震わせていた。こわい……と小さく呟やかれた声は掠れているうえ、白澤が追い詰められていることが一目でわかるほど優れない顔色で、まるで何かに怯えているかのようだ。
「読書の邪魔して、ごめんね。話し聞いてくれて、ありがとう。」
「……コーヒー買ってこい。ブラックな」
「は?」
「ほら、財布。自販機はそっちな」
小銭しか入っていない可哀想な財布をずいっとつきだせば、慌てて首を振られた。なんだよ。
「お、おごります」「ふはっ!そーかよ、物好きなやつ!」
バタバタと走っていった白澤を見送って、白澤が来てから全く進んでいないページに視線を落とした。

戻ってきた白澤から受け取った缶コーヒーはきちんとブラックだった。冷えた指先を温めながら、隣で同じようにココアを持っている白澤にぽつりと呟く。
「私、白澤より年上なんだけど」
「え!?」
「中2。敬語使えよ」
「す、すみません!」
「いいよ、今からで」
「すみません、ありがとうございま……」
「なわけねぇだろバァカ」
「!?」
「謝るくらいなら生意気な口聞いた数だけコーヒー奢れよ」
「えっ…え!なんで!?」
「はい1本」
「あ……!」
「今日の持ち合わせ少ないな……もう少し持っとけよ」
「あれっそれ私の財布ですよね!?いつの間に…!!」
「ふはっ!仕方ないから明日また来てやるよ」
「え?あ、明日……明日も、いいん、ですか……」
「コーヒー、忘れんなよ」
本の入ったトートバッグを肩にかけ、呆けている白澤を無視して公園から立ち去った。今の私を飯島が見たら、温かい眼差しを向けられる気がしてムカムカした。

白澤がこの公園を訪れる頻度というのは初めこそほぼ毎日であったのだが、私にも部活があるので、週に1度、土曜日の夜のみとなっていた。しかし週に1度とはいえ、よく会話の種が尽きないものだと感心すらしてしまうほど、白澤はよくしゃべった。その内容の7割はどろどろとした女の世界の様子で、最近では、彼女は学校中のほとんどの女子に嫌われているようだった。次第に嫌がらせも酷く狡猾になっているようだが、それでも友人や好きな人はいるようで、初めて会ったときのような、今にも死んでしまいそうな風になることはほとんど無い。白澤はいつも、私が公園へ来る前にブラックコーヒーとココアを持って、ベンチにちょこんと座っている。私がカカオ100%のチョコが好きだということを知ってからは、たまに板チョコを持ってきていることもあった。不思議なやつだと思った。嫌がらせをする女共の気持ちがわからんでもないときもある。いい子すぎるのだ。きっと妬ましいのだろう。
「真ちゃん先輩!勉強教えてください!」「もー!早く卒業したいですよー!」「私って目も当てられないくらい不細工ですか?」「高校は、先輩とおんなじ霧崎第一にしよっかなーって思ってるんですけど」「この前、机の上に蛾の死骸がおいてあって……」「それでね!」「はぁー……カッコイイなぁ……」「真ちゃん先輩!」
笑いながら私の名を呼ぶ、馬鹿で、素直で、とても愛らしい女の子。彼女が私の前から姿を消した日、ベンチの上にはいつものように缶コーヒーとココア、それからカカオ100%の板チョコが並べてあった。


『つぎはぎだらけのお祈りでも聴いてくれますか』





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